ミルウーダにとどめを刺したのは、サマンサだった。別に誰かがそれを仕組んだわけでもなく、サマンサがそれを望んだわけでもない。ただ、どういう巡り合わせか、サマンサが魔法でとどめを刺さざるを得ない状況が出来てしまった。
ミルウーダ率いる骸旅団の一隊は、団そのものの求心力が低下していく中で、勇敢に戦ったと言って良いだろう。レナリア台地という、比較的高低差の激しい場所の高地に陣取ったという地形的有利も働いたが、その最期の戦いぶりは、ラムザたち士官候補生を苦しめるには充分すぎるほどのものだった。
「ちっ、強えな」
「ああ。盗賊の砦の時とは違う。守りきるんじゃなくて、勝って活路を開こうとしてる」
後方でサマンサの回復を受けながら、オーウェルとバグシーがそんな会話を交わす。その間に、ラムザやディリータ、エリーが前進し、傷つけばまた下がり、サマンサやオーウェルから回復を受ける。一気に攻め込むことのできない、膠着状態のような戦いが続いていた。
「ここで私は死ぬわけにはいかないのよ……革命の途中で……」
幽鬼迫る、といった表現がぴったりの形相で、ミルウーダが剣を振るう。妹をさらわれ、怒りに震えるディリータでも、易々とは倒させてくれない。
その時、前線にいたエリーが、黒魔道士の反撃に遭い、負傷。そこに、ミルウーダの追い打ちが迫った。
「……あ、ヤバイ、かも」
後方から、オーウェルとサマンサが飛び出す。一番に飛び出したのはオーウェルだったが、その後ろにサマンサが続いたことに、誰もが驚いた。
(オレがあの女を食い止めて、エリーはこいつに任せる)
オーウェルは驚きながらも瞬時にそう決め、サマンサより一足早くミルウーダに対峙した。
しかし、ミルウーダの眼を見て、オーウェルは思わず怖れてしまった。それは何も彼が臆病というのではなく、それだけ、危険を察知する能力に長けていたということである。オーウェルに恐怖を感じさせるほど、彼女の眼は黒く濁り、見る者全てを喰い殺しそうな深さがあった。
気がつくとオーウェルは、負傷したエリーを抱え、退いてしまっていた。行きがかり上、ミルウーダに対峙するのはサマンサになる。
「あ……」
サマンサが硬直したのは、当然すぎることだった。飛び出した時点では、彼女もオーウェルと同じ事を考えており、よもやこうなるとは思いもしない。
サマンサにとって幸運だったのは、予期せぬ敵の出現で、一瞬ミルウーダが正気を取り戻したことだった。
「あなたも、上流貴族ね。分かるわ。前に戦った時もいたわね……」
ミルウーダは剣を引いたわけではなかったが、静かな低い声で、サマンサに語りかけた。正気を失っていた時とは違う冷酷さが、声にはこもっている。
「きれいなローブね。私は、そんなの一生着られない。私だけじゃないわ。そのローブに生涯一度も袖を通すことなく死んでいく人が、何人もいるの。あなたにその気持ちが分かる?」
オーウェルによって、わずかに回復を受けたエリーが、サマンサに逃げるように促した。しかし、サマンサはエリーの方を向くこともなく、ミルウーダの眼を見つめていた。
「……け、剣を引いて下さい。もう、勝負はついてます。話し合いましょう。そうすればきっと……」
ミルウーダの腕が、サマンサに向かって振り下ろされた。剣ではなく、平手打ちだった。
「ふざけないで……。あなたたちと何を話し合えと言うの? あなたたちはいつもそうやって私たちを騙そうとする。私は、革命に身を捧げた骸旅団の戦士。そんな甘言につられるものか……」
「革命を起こす必要があるんですか? 私たちがあなたたちを苦しめているんですか? 何がいけないんですか? 私には分かりません……」
「知らないということはそれだけで罪だわ。あなたが当然と思う世界は、あなたに見える範囲だけ。あなた一人が悪いとは言わないわ。でも、現状が変わらない限り、私はあなたと、あなたの向こうにある全てを憎む。あなたの存在そのものが私の敵よ」
存在そのものが敵。このミルウーダの告白が一行に与えた影響は殊の外大きく、ラムザもディリータも、剣を降ろして立ちつくした。弓を構えていたバグシーも、いつでも魔法を撃てるように準備をしていたブランドルも、思わず武器を引く。サマンサは、言葉を失った。
「おしゃべりは終わりよ……」
再び瞳に狂気を取り戻したミルウーダが、剣を両手で握り、上段に振りかぶる。一行の中で、唯一自分を失っていなかったオーウェルが、サマンサとミルウーダの間に割って入ろうとする。
しかし、彼の腰が上がった刹那、サマンサの杖先から放たれた閃光が、ミルウーダを直撃した。剣を振りかぶった姿勢のまま、崩れ落ちるミルウーダと同時に、サマンサもまた、その場にくずおれた。
エリーが黒魔法で負った傷が、そこそこ深かったのは、一行にとっては幸いかも知れなかった。ミルウーダを自らの手で殺した彼らのショックは大きく、このまま次の戦いに挑めば、全滅することは目に見えていたからである。無論彼らは、次に臨む相手が骸旅団の頭目ウィーグラフであることを、まだ知らない。エリーの回復という名目で、はやるディリータを抑え、一行はレナリア台地でキャンプを張ることにした。
「さっき、女のモンクが一人走ってったな」
「うん。本隊に報告しに行くんだろうね」
バグシーとブランドルがそんな会話を交わしながら、回復アイテムをエリーに施す。ラムザはディリータをなだめ、かつ慰めるのに必死で、それどころではない。サマンサの回復魔法を使えば早いのだが、彼女は、以前のように気絶こそしていなかったものの、放心状態で、草の上に腰を下ろしている。
「なあ、オーウェル。そろそろチャクラで回復してあげてくれよ」
手持ちの回復アイテムがなくなりそうになったため、バグシーがそう呼びかけたが、そこまで言って、彼は口を噤んだ。戦闘直後で気の立っているオーウェルに、気安くこんなことを頼んだ自分を悔やんだが、オーウェルは存外素直に立ち上がり、エリーの側に座った。
「おら、どけよ。世話の焼ける女だな、ったく」
相変わらず口は悪いが、オーウェルは少しずつ変わり始めているようだった。オーウェルの気が、流れるようにエリーの身体に注入されていく。畑違いのバグシーやブランドルから見てもその技は完璧で、思わず見とれた。
「見事なチャクラだねえ、相変わらず」
「うっせえよ」
そう言った後、オーウェルは少しだけ小声になり、話し始めた。
「……あの女のサンダーには驚いた。あの一瞬で、あんな正確に。ブランドル、お前あんなことまで教えたのか」
ブランドルは確かに気弱だが、士官候補生の黒魔道士としては、一流の部類に入る。その彼も、オーウェルの問いにはかぶりを振った。
「あんなの、ボクにもできないよ。ボクがあの人に教えたのは、ファイア、ブリザド、サンダーの基本だけだよ」
確かに、本職が白魔道士のサマンサが、一気に多くの黒魔法をマスターすることは出来ない。ブランドルが多くを教えなかったのは、当然と言えた。
「……そんなに気になるなら、本人に聞いてきたらどうなのよ」
「あ、もうしゃべれんのかよ、男女。……別に気になんかなんねえよ。どうでもいい」
エリーはうっすらと目を開け、半身になってオーウェルに向き直った。
「またまた。ケガしてる私を置いて、助けに行こうとしてたくせに」
「……お前が友達だろうが。お前が行ってやればいいだろ」
「私はまだ動けないもの。あんな状態のあのコを、ここに呼ぶわけにもいかないでしょ。ね、バグシー、ブランドル」
バグシーは、少し複雑な表情を浮かべて、エリーから目をそらした。ブランドルは、エリーとオーウェルの顔を見比べると、微笑を浮かべて言った。
「オーウェル。ボクも少しくらいなら白魔法できるから、エリーのことはボクに任せて。行ってあげなよ」
「……ちっ、ナマ言いやがって、泣き虫ブランドルがよ」
オーウェルはブランドルの頭をこづくと、渋々立ち上がり、サマンサの方へと向かった。バグシーは、先程の少し複雑な表情のまま、その後ろ姿を見送っていた。
「ちょっと見直したぜ、お嬢様」
お疲れ様とでも言ってあげればいいのだが、彼はまだそこまで素直にはなりきれない。そんなつもりはないのに上から目線に聞こえてしまう損な言葉とともに、サマンサの横に腰を下ろした。一拍置いて、サマンサがオーウェルの方を向く。
「……怖かったんです。あの人の目も、言葉も、何もかも。だから、何も覚えてなくて、その……」
絞り出した言葉は、かすれている。仲間の足手まといになりたくないと思っているのか、必死に弱さを隠そうとする姿は、申し訳ない言い方をすれば、哀れでさえある。
「それが、お前の選んだ道だ」
素直に慰め、抱きしめてあげればサマンサの不安も吹き飛んだだろうが、まだそこまでには至らない。相変わらずのぶっきらぼうな言葉が精一杯だった。
「……それで、えっと、杖を握ったら、勝手に魔力が集まってきて、気が付いたらあの人が倒れて、それで、あの……」
「それより」
最早ろれつが回っているかさえも怪しく、自分でも何を言っているのか分かっていないであろうサマンサの話を遮り、オーウェルは話の矛先を変えることにした。
「敵の真っ正面に立って、あんなにべらべら喋る奴があるかよ、バカ」
オーウェルの強引な勢いに押されたのか、サマンサはやや正気に戻り、ローブの裾を整えて座り直した。
「貴族だって平民だって、同じ人間ですから、話し合えば分かると思って……」
「それがバカだっつってんだよ。問答無用な敵だったらどうする気だ」
サマンサはまた、唇をきゅっと結び、拳を握った。それが、何も言い返せず、それでもそんな弱さを見せたくない時に彼女がする仕草だということをオーウェルが分かるのは、もう少し先の話になる。
「でも、オーウェルさんだってすると思いますよ」
そして、このように話の流れにほとんど関係なく、自分の言葉を口にするのは、彼女なりの反論であり、また気遣いでもあることも、オーウェルはまだ知らない。
「オレはそんなことはしない。敵は殺す。問答無用でな」
「残念ですけど、オーウェルさんはそんな人じゃないです」
何が残念なのか。コイツに何が分かるというのか。オーウェルは少しいらついた。自然、口調も荒くなる。
「そんなことしねえって、言ってるだろうが」
「オーウェルさんは、しますよ」
強情な女だ。オーウェルは心底いらついてきた。本気で何かに怒るなど、彼にとっては久しぶりの経験だった。怒りも笑いも悲しみも、真の意味で彼は、忘れていたはずだった。
「いい加減にしろよ! オレはそんなことはしねえ! そんな甘いことで、この先生き残っていけると思ってるのかよ!」
サマンサのさすがの強がりも、本気で怒ったオーウェルの前では長続きしない。じわりと涙を浮かべて、どうにか言葉をつなげた。
「じゃ、じゃあ、したらどうします?」
「あ? そんなことしたら、お前の言うこと、何でも聞いてやるよ」
「や、約束ですよ。覚えておきますから」
そう言い残して、サマンサはエリーたちの方に走って行ってしまった。そこでまた、なにやら話し込んでいるようだったが、オーウェルはそちらを見ないように、草むらに寝そべり、暗くなり始めた空に目を泳がせた。
最終更新:2009年07月23日 22:42