大沼には、守山の意図は分かっていた。その程度の付き合いは、守山としてきたつもりだった。
「行っちゃったね、ナナと守山くん」
乱痴気騒ぎの中で、大沼と同様にまだ冷静さを保っていた、小池菊美という女の子が、大沼の隣に移動してきた。手には、日本酒のグラスが握られている。大沼は、彼女が日本酒をぐいぐい飲み干すほどの酒豪になっていたことを、今日初めて知った。
「分かってたんか、小池さん」
「分かるよお。守山くんはどうか知らんけど、アタシ、ナナとは付き合い長いもん」
大沼の目には、頬がわずかに赤くなった小池が色っぽく見えた。中学時代は葉山と同じ陸上部に在籍していて、どちらかといえば明朗闊達な女子だったのだが、五年という月日は、結構人を変えてしまうものだ。スポーツをしていた面影は残っているものの、性格も体つきも、女性らしいそれへと変貌を遂げつつあった。
「オレも、守山とは付き合い長いしな。すぐ分かったわ」
大沼は、ジョッキの底に残ったビールを一気に空けた。酔いが回り始めているからか、アルコールの苦みを感じるようになっていた。
小池は何を話すでもなく、大沼の横に居座り、グラスを舐めるように残った日本酒をいつくしんでいた。楽しかった時間も、そろそろ終わる。終電の時間も近づいてきている。三次会があるのかどうかは別にしても、もうほどなく、この場所は後にしなければならない。
「そろそろおひらきかな……」
「そやねえ。何かこれが終わったら、もうホンマに大人になっちゃうって、そんな気がする」
そうなのかも知れない。今、ここで出来る精一杯の乱痴気騒ぎが、彼らが子どもでいられる最後の時間なのかも知れない。そう思うと、誰もがみな、その事実から目を背けるように、必死になって騒ぎを起こしているように見える。ビール、酎ハイ、カクテル、日本酒。小道具はもう大人になってしまったが、やっていることは子どものバカ騒ぎ。
「ナナにしても守山くんにしてもさ、人と人の出会いって、ホンマに分からんよね」
小池の持っているグラスの日本酒は、もう最後の一滴になっていたが、それでも彼女は、グラスを放そうとはしない。慈しんでいるのは、酒なのか、それともこの時間なのか。
「こうやってさ、また成人式で会えたのも、元々はあの町で生まれて、育って、中学の時に会ってたからやもんね」
「まあ、そうかなあ」
「そうやって。アタシと大沼くんだって、そうでもないと多分ずっと知らん人同士やで」
自分と守山だってそうだ、と大沼は思った。まさか、守山のようなヤツが隣の小学校から入学してくるなんて思いもせず、最初の席替えで隣同士になっていなければ、喋ることもなかったかも知れない。
「でもさ、大沼くんって、ホンマに面倒見良いよねー。今やって、ほら、誰か酔いつぶれちゃいそうな人探してない?」
小池の指摘は当たっていた。大沼は、自分から積極的に物事に首をつっこみはしないが、いざ目の前で面倒なことが起こると放ってはおけず、何だかんだで世話をしてしまうタイプの人間だった。
「いや、まあ……」
「私はあんまり面倒見とかよくなくて、いっつもナナとか友だちに迷惑かけてたタイプやから、ホンマにすごいと思う。尊敬する」
小池はそう言って、慈しむように舐めていたグラスを放すと、大沼の目をじっと見た。これまで普通に話していた目とは違う言葉を、語りかけているようだった。
「小池さん、オレさ……」
「大沼くん……」
期待をかけて良いと思ったのか、大沼は、今日ずっと考えていたことを切り出そうとしていた。キレイになったのは、何も葉山ばかりではない。小池も、中学時代からは変わっていた。
「私、大沼くんに……うちの妹とか弟の面倒見てもらいたいくらい。うちって兄弟多くて、まだ一番下の弟小学校二年生やし、手間かかるで、ホンマに。……あー、もうこれで最後やし、私もあっちに混じってこよ」
小池はそう言い残すと、後ろも振り返らずに行ってしまった。
……頑張れ、大沼。負けるな、大沼。キミにもきっと、春は来る……はずだ。
最終更新:2009年07月23日 22:10