教王護国寺の背後にある日が、もう間もなく地平の下へと消えようとしている。その模様を視界いっぱいに捉えながら、僕は近鉄東寺駅の改札をくぐった。五時を回るにはまだ少し猶予のあるホームは想像以上に閑散としていて、とても都会の真ん中にある駅とは思えない。晩秋の冷たい風が、僕の身体を通り抜けていくかのように、ホームを駆け抜けていった。
丹波橋・大和西大寺・奈良方面行きホーム。三年前、いくどとなく立ったホーム。生活圏が少し変わった最近ではこの駅に来る回数も数えるくらいになったが、それでも僕の中の、このホームに立つことの安心感だけは変わらない。このホームで、僕は色々なことをした。暑い夏の日、なけなしの小遣いで買ったアイスを頬張ったこともある。寒い冬の日、戯れに買ってみたブラックコーヒーがあまりに苦かったのに、もったいなくて最後まで必死に飲んだこともある。初めての煙草も吸った。そんな青春が染み付いたホームに今僕は立っている。あの日と同じように、これから電車が来るであろう右側を見つめながら。
滑り込んでくる電車をぼんやりと眺めているうちに、僕の身は一瞬凍りついたようにこわばった。今まで沈み行く夕日を捉えていた視界の真ん中に、何か見慣れたものが横切った気がしたからである。
「澪・・・・・・」
僕の口は、無意識に一つの名前を呟いていた。織村澪。僕が三年前愛していた人の名前。その姿が、一瞬視界の真ん中を横切ったのは、錯覚だったかそれとも現実だったか。今の僕には確かめる術はなかった。
僕が乗り込んだのは前から五番目の車輌。あの姿が過ぎったのは、先頭の車輌。ホーム同様閑散とした車内なので、先頭車輌に行くのは雑作もない。しかし、僕にはそんな気は全く起こらなかった。止めよう。そんなことをして何になる。
三年前の寒い晩秋の日、ちょうど今日のような日、僕はこの駅で澪を捨てた。受験があるから。そんな汚い隠れ蓑をまとって、一方的に澪を置いて電車に乗り込んだ。その僕に、今更彼女に会う権利などない。ましてやそれが、急に懐かしくなったからなどという空虚な動機であれば、なおさらだ。
澪の降りる駅は分かっている。桃山御陵前駅。今目の前を伏見駅が通り過ぎて行ったから、あと二駅。四両の車輌に隔てられた空間で、僕はあと五分だけ、静かに、昔愛した人との邂逅を噛み締める。
最終更新:2009年07月23日 22:16