ひまわりが太陽を追いかけて咲くように、僕も彼女を目指して咲いているだけで良かった。それだけで、僕がそこにいる価値は充分にあり、ただそれだけが僕の生きている証だった。
彼女は、他人を幸せにできる人だった。僕自身も、その幸せを目一杯享受し、まっすぐに伸びることができた。彼女が輝く方に向かい、自分の心のままに、腕を、身体を、心を、伸ばしているだけで、日々は光に包まれていた。
あの日、彼女は何も言わずに、何も言わせずに、僕の前から姿を消した。「ありがとう」も「さよなら」も、まだまだ言い足りないことは溢れ返っていたのに、彼女が姿を消したその瞬間から、全ての言葉は意味を失った。
ただ逢いたくて、それだけで、幾度となく僕は泣いた。袖も、枕も、何もかもを濡らし尽くした。彼女がそこにいないという事実だけで、それほどまでに涙が出ることを、僕はその時初めて知った。
多くの人にとって、太陽の輝きというのは、当たり前のようにそこにある。例えば日本人が、ごく一般的な人生を送っていれば、その輝きが全くない、漆黒の闇の世界などというものは、容易に想像すらできない。人間の認識として、それは埒外のことで、もしそんな状況が現出すれば、ただちに気が狂ってしまうだろう。
僕は今、そんな世界に生きている。もちろん、実際の太陽の輝きは、僕の頭上にある。その光は、地上の色々なものに平等に降り注ぎ、その姿を映し出している。それでも、僕にはその姿が見えない。かろうじて見えても、それはくすんだモノクロームのようにしかならず、大抵は墨塗りのような闇の向こうに隠れている。
彼女の声が、笑顔が、小さな手がないだけで、多くの人間の認識にとって埒外の世界は、いとも簡単に僕の前に現れた。
彼女を忘れることができれば、或いはこの世界から抜け出せるのかも知れない。でも、残念ながら、それは到底できそうにない。僕は、たとえ生涯どんな世界に生き続けることになろうとも、彼女に逢いたくて、触れたくてしょうがないから。多分この気持ちだけは、一生消えることはない。
いつか僕の生きる世界に、また光が差し込む日が来ることを待ちながら、僕は今日も眠りに就く。電気を消した部屋も、いつもの世界と変わらなかった。
最終更新:2009年07月23日 22:21