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こころひとつ 2-10

 オーウェルは、この話をまとめることに、義務感のようなものを感じていた。一行の財布役を担っているという責任感もあるが、それ以上に彼の脳裏には、サマンサの涙がこびりついて離れなかった。彼女に重荷を背負わせることに、抵抗を感じ始めている彼がそこにはいた。
「ガフガリオンだって……?」
 翌朝、その名前に真っ先に反応を示したのは、ラムザだった。その反応でオーウェルや他の一行も、男の正体に思い当たった。
「ガフ・ガフガリオン。平民出で、東天騎士団の分隊長にまでなったが、戦い方や征服の仕方があまりに残忍すぎて、戦後すぐ、騎士団を追放された男」
 バグシーが補足して説明するまでもなく、彼らは男の評判を思い出していた。
「アンタ、そんな危険人物と約束してきたの!?」
「騒ぐな、男女。別に、雇われるつもりがなければ、行かなけりゃいいんだよ」
 とは言え、彼らに残された選択肢はあまりに少ない。働く場所などそう簡単に見つかる訳もなく、いくらベオルブ家が多少のお目こぼしをしていたとしても、そういつまでも放っておいてはくれない。それに、真実を探す「旅」を、彼らはしなくてはならない。それには、傭兵という職業はうってつけだ。
「アンタはどう? サマンサ」
「わ、私は、その、あの」
「ラムザ、お前が決めろ」
 ラムザに現実を知らしめる、などという大それたことを考えたわけではなかったが、このような決断はリーダーの資質を測る上で重要なことだと、オーウェルは考えている。仲間の意志を汲むことも大切だが、時にはそれを押し切って、決断しなければならないこともある。目の前の男に付いていくことの是非を、オーウェルは見極めようとしていた。
「お前がリーダーだ、決めるのはお前だ」
 自分はリーダーの器ではないと、オーウェルは思っている。エリーたちはオーウェルの資質を充分に認めているのだが、そうではないことは、彼自身がよく知っている。旅を続けるためには、リーダーが要る。頭を失った集団は、生きては行けない。ラムザには、何処か人を惹きつけるカリスマ性のようなものはある。しかし、まだ決断力は充分ではない。自分の決断で仲間を引っ張っていく勇気が、彼には必要だ。
「ちょ、ちょっと、ラムザ一人に決めさせるなんて、そんな……」
 エリーがそこまで言ったところで、サマンサが彼女を制した。右手の人差し指を唇に当て、左腕をエリーの胴体に押し当て、動きを止める。いつもの気弱そうな表情はそのままだったが、有無を言わせぬ迫力がある。その迫力に押されたのか、バグシーとブランドルも、何も言わずにオーウェルとラムザを見守っていた。
「僕は……」
 今まで、ラムザが「当然」と思って生きてきた世界は、あの、ジークデン砦で脆くも崩れ去った。今の彼は、自分をどの世界に寄せる訳でもなく、生きている。それを打開し、何らかの寄る辺を作るのは、自分の決断しかない。
「僕は……」
 これ以上追いつめるのは酷なようにも思えるが、オーウェルは譲らない。今ここが、自分たちにとってのターニングポイントになることを、はっきりと分かっているからだ。それはラムザや他の仲間たちにとっても同じことで、ラムザが仲間に話を振ったりすることはなかった。
「……集合は今夜八時だ。決心が固まったヤツから、今から言う店に来い。但し、ラムザが来なかったらこの話はナシだ」
 オーウェルは一旦話を止め、判断を各個に任せることにした。
 部屋に戻ろうとしたオーウェルを待っていたのは、エリーから呼び出しだった。
「アンタも、ホンット損な性格よね。憎まれ役ばっかり買って出てさ」
 呼び出されて向かった、宿の裏手にある汚い井戸端は、彼が初めてサマンサに本音を見せた、ガリランドの深夜の井戸端をオーウェルに思い起こさせた。
「当たり前のことだ。別に、憎まれ役を買おうと思った訳じゃない」
「それが損な性格だって、言ってんのよ」
 オーウェルは、憎まれ役を買って出ているのではなく、ただ、皆に好かれ、賞賛され、心を一つにまとめ上げるのが苦手なだけだった。それを避けている内に、いつの間にか憎まれ役になっているのである。
「さっきは、ゴメン。最初は、ラムザ一人に決めさせるなんて―って思ったけど、それが一番良いのよね、やっぱり」
「お前に謝られるとは思わなかった」
「らしくないって言いたいの? 言っとくけど、私はまだ、サマンサの件は許した訳じゃないからね。アンタも、けじめはつけなさいよ」
 またその話か、とオーウェルは少しうんざりしたが、彼にとってこの話は、もう放置していられるものではなくなっている。勢いとは言え、彼は一度、サマンサを腕の中に抱きしめてしまっている。もう、後戻りはできない。何より、ラムザに大きな決断を強要した彼自身が、逃げる訳にはいかない。
「さっきのやりとりの時、真っ先にアンタの思いを理解したのが誰か分かってる? 私は長い付き合いだけど、すぐには分からなかった。ラムザもバグシーも、ブランドルだってそう。でも、あの子はすぐに分かった。だから、私を止めたのよ」
 オーウェルは俯いて押し黙っていた。言われなくてもそんなことは、彼自身が一番良く知っている。しかし、サマンサが自分に対して注いでくれる想いが、まだ彼には痛かった。
「……脱走に、何かあったの?」
 あの時、サマンサの口から発せられたのと同じ言葉が、エリーの口からこぼれ出た。オーウェルの身体がぴくりと強張る。その反応までもが、あの時と同じだった。
「今は、まだ話せん。悪いな」
「……アンタに謝られるとは思わなかったわ」
 オウム返しのようなやり取りにも、オーウェルが怒り出すことはなかった。普段はのらりくらりと話をかわしているが、核心を突かれるとつい怒ってしまう彼にとっては、珍しいことだった。多くの仲間が変わりつつある中で、オーウェルにもまた、等しく変化が訪れているようだ。
「お前に、頼みたいことがある」
 オーウェルは、逃げるのを止めることにした。自分に課せられているものに直面した結果がどうなるのかは、まだ分からない。それでも、逃げ回るのだけは止めようと、そう決心した。
「アイツに、六時に宿の前で待ってるって伝えてくれ」
「あの子には、言うの? 全部」
 オーウェルは少し逡巡したが、すぐに頷いた。エリーの言う「全部」が何を指すのかまでは、彼には分かっていなかったが、少なくとも、脱走にまつわる話くらいは、洗いざらいぶちまけるつもりでいた。
「分かった。六時でいいのね?」
「頼む」
 オーウェルはそのまま、踵を返して自分の部屋に消えた。見送るエリーの目は、どこか後悔したような色をたたえていたが、彼女もそれ以上何も言わず、オーウェルに背を向けた。

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最終更新:2009年08月23日 03:38