藤岡編

とある日曜の朝、藤岡は目覚ましの音で目を覚ました。
今日は南たちと遊園地に行く予定だったからだ。
しかし、肝心の南は風邪でこれない上、ハルカさんまでダウンしたらしい。
しかし、すごく楽しみにしていた千秋ちゃんの為にも、一緒に行ってくれとハルカさんに頼まれ、日曜の朝早くに起きたわけだ。

一応駅までは来たが……正直、少し気乗りがしなかった…
もちろん南がこれないと言うのもあるのだが、問題は千秋ちゃんと二人きりと言う事だ。
どうやら南とハルカさんが言うには、千秋ちゃんはオレの事を好いてくれているらしい……
千秋ちゃんは可愛いと思うし、オレも大好きだ。…しかしそれは妹みたいな存在であって、
南の事を思う『好き』と言う気持ちとはまた違っていた。
つまり、これ以上オレなんかに好意を抱いてもらっても、オレは千秋ちゃんの気持ちに答える事が出来ないからだ。

そうこうしている内に、千秋ちゃんが待ち合わせ場所に現れた。
いつもの千秋ちゃんとは違い、ふりふりのスカートと頭には髪飾り、
さながら何処かのお姫様と言った感じだ。

「あれっ?千秋ちゃん、どうしたの?今日は凄いおしゃれだね。」
「あたりまえだ。今日の私は一味ちがうぞ。」
「??? そうだね、すごく可愛いよ。」

服装は違えど中身はいつものクールな千秋ちゃんだった。
オレは千秋ちゃんに、「少し待ってて」と言って電車の切符を買いに走った。
電車に乗り込み、最寄りの駅まで約一時間…その間、珍しく千秋ちゃんの方からよく話しかけてきた。
いつもとは違い、上機嫌で笑いながら話す千秋ちゃんは新鮮で、オレは相槌を打ちながらつい見とれてしまった。

「お…おぃ藤岡、わ…私の顔に何か付いてるのか…?」
「えっ?…あっ、ご…ごめん!」

オレは慌てて目をそらしたが、その後千秋ちゃんは顔を赤くしたまま黙りこんでしまった。

駅に到着していたオレ達を、どしゃ降りの雨が迎えた。
まったくひどい話だ。昨日の予報では降水確率は10%だったはずなのに。
とは言えこればかりはどうにもならない。オレはついて早々帰りの切符を買う事にした。

「あの、千秋ちゃん。残念だけ……」
「…………」

茫然と立ちすくむ千秋ちゃんの耳には、オレの言葉は届いてないようだ。
その上、さっきまで明るかった千秋ちゃんの笑顔はあっという間に曇ってしまった。
そんな顔を見ていると、とても帰るなんて言えず、

「千秋ちゃん、少し待ってて。」

そう言ってオレはコンビニへ傘を買いに走っていた。
傘を持ってきたオレを見て、千秋ちゃんは不思議そうな顔をしている。
オレは傘を開き手を差し伸べた。

「雨はやむかもしれないし、それに室内の乗り物なら動いてるよ。」

途端に千秋ちゃんの表情が明るくなった。
雨が降って傘をさしたら千秋ちゃんの表情が晴れた…今日はややこしい天気だ。
しかし、こんなに元気に笑う千秋ちゃんは初めて見た気がする…千秋ちゃんが笑うとこっちまで幸せな気分になった。



「……ぃ…ぉぃ!…藤岡!!」
「えっ…あ、ごめんごめん。」
「お前、今日少し変だぞ?大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ!それで、どうしたの?」
「あぁ…藤岡、傘は一本しか買ってないのか?」
「え?……あっ!」

オレが買った傘はせいぜい65㎝幅の小さなビニール傘。
オレは慌てて「コンビニでもう一本買ってくるね」と言って、コンビニに行こうとした。
しかし手を千秋ちゃんに掴まれ、引き留められた。

「いいよ、お金がもったいないだろ。」
「え…でも……」
「し…仕方ないから一緒に入ってやるよ。」

そう言った千秋ちゃんの顔は真っ赤だった。
意地を張りながら顔を真っ赤にする千秋ちゃんを見たオレは、何故かドキッとしてしまい、何かが心の中で変わっていくような気がした。

(ちがう、これは恋とかじゃなくて…俺が好きなのは南なんだ……)

そう心で自分に言い聞かせ、小さな傘に二人で入ることにした。
オレは千秋ちゃんの体が濡れないように肩を抱き寄せた…何故か心臓がドキドキしてしまう。
ふと千秋ちゃんの方を見ると、さっきよりさらに顔を赤らめ、触れている方は小刻みに震えていた。
そんな姿を見ると、なぜか更に鼓動が高鳴った。

(この左手からオレの心臓の音が聞こえたらどうしよう…)

そう考えるとこちらまで顔が熱くなってきた。
オレはこの心臓の音が聞こえないように祈っていた。
心配になり千秋ちゃんをチラッと見てみると、目を軽くつむり小声でずっと何かを言っている。
オレは少し耳をすましてみる事にした。


「藤岡……大好きだよ…。」


オレは少しの間、頭の中が真っ白になった。そして神様に祈った。

(神様、お願いします。心臓が落ち着くまで少しだけ時間を止めてください。)


遊園地に着くと、天気も晴れ千秋ちゃんは絶好調だ。
オレは右へ左へ引っ張り回されクタクタになりながらも、あの時の言葉が頭から離れない。
おそらく千秋ちゃんは心の中でつぶやいていたつもりだろう。
オレは思い出すとまた顔が熱くなった。

「おーぃ!藤岡!次はあっちに行くぞー!!」

メリーゴーランドから降りてきた千秋ちゃんが、笑顔で駆け寄ってくる。
なぜだろう?触れてもいないのにドキドキする……そしてオレは気づいた。

(もしかしたら千秋ちゃんの事……)

時間も5時を過ぎたので、帰ることにした。
帰りの電車の中で千秋ちゃんはオレの肩に頭をのせている。
自分では寝ているふりをしているなのかな?でも顔が真っ赤だ。
しかし電車が30分を過ぎた頃、寝息を立てて本当に寝てしまったらしい。
まぁ、普段大人しい千秋ちゃんがあれだけはしゃげば無理もない。
可愛い寝顔だ…そう思いながらオレは千秋ちゃんの頭を3度ほど撫でた…。
しかし周りの大人たちが微笑ましい笑顔で見ているのに気づき、オレはなでるのをやめた。




電車を降りた千秋ちゃんは、行きとは違い下を向いたまま無口だ。
そしてしばらく歩いていると急に立ち止まった。

「どうしたの?」
「藤岡…その……手をつないで歩きたい…。」

千秋ちゃんの頬は今日一番赤く染まり…それに何か悲しそうな目をしていた。
その顔がどうしようもないくらい愛おしく見える。
オレは軽くうなずき彼女の手を握った。そしてその時全てを悟った。


『あぁ……オレはこの子の事が好きなんだ。』


最後の曲がり角を前に、千秋ちゃんが再び立ち止まった。

「どうしたの?」
「……もう…バイバィしなくちゃいけないのか……?」
「ぇっ…今日はそうだけど……でも、また遊びに行ったりするから!そうだ!!今度プリン買っていくよ!」

正直頭の整理が出来て無くて、これ以上何を言ったらいいのか分からなかった。
しかし間髪入れずに千秋ちゃんは話し始めた。

「……めろ………」
「え…?ごめん、聞こえなかっ……」
「今すぐ……今すぐ私を抱きしめろ!!」
「え…ぇぇぇ・??!」

思考回路が完全にストップした。どうしたらいいのか分からない。
オレがアタフタしている姿を見て、帰り道で初めて千秋ちゃんは少し笑った。
その姿を見て、オレは少しホッとした。

「冗談だよ、じゃぁまたな!」

そう言うと千秋ちゃんは走って家に向かう最後の角を曲がった。
曲がったのを見て、緊張の糸が切れたオレは情けない事に崩れ落ちてしまった。
もしあと10秒…いや、5秒千秋ちゃんが笑うのが遅かったら本当に抱きしめていたかもしれない。

(千秋ちゃんは大人だなぁ…)

そう思い、自分の情けなさに首をかしげながらオレは家路についた。


最終更新:2008年02月24日 22:00