メルト2・藤岡
千秋ちゃんと遊園地に行ってから一か月がたち、あれから変わったことが二つあった。
一つは南の事。最近、あの一年の男が南と仲良く話しているのを見ても、気にならなくなった。
二つ目は千秋ちゃん。あれから何回か南の家に行っているのだが、あの日以来オレのひざに座らなくなった。
(ハァ…オレなんか嫌われることしたかなぁ……)
気がつくとオレは一日中千秋ちゃんの事を考えていた。
すると、ボーっとしているオレに南が話しかけてきた。
「おい、藤岡。お前最近なんか元気ないな?」
「ぇ?そうかな…」
「? まぁ別にどうでもいいけど、今日うちに夕飯食べにこないか?」
「それは嬉しいけど…先週も御馳走になったばかりなのにいいの?」
「いゃ、それが最近千秋の奴が『藤岡は来ないのか?』って毎日うるさいんだよ。」
「ぇ、そうなの?! も、もちろん行くよ!」
「???」
良かった…どうやら嫌われていなかったらしい。そして放課後オレは南の家に向かった。
すると帰り道に南からある話を持ちかけられた。
「実はさぁ、千秋のやつサンタがいないって分かってから性格が捻くれたんだ。」
「へぇー…でも何で急にそんな話?」
「ばっかだなぁ、今日は何日だよ?」
「確か…12月24……あっ!クリスマスイブ!」
「そう!そして千秋の夢を取り戻すべく、藤岡!お前にはサンタになってもらう!!」
何も持っていなかったオレは、慌てて財布を取り出した。 『350円…』
そう言えば昨日、新聞の集金が来て立て替えたんだった…。
(ハァ……すっかり忘れていた……プレゼント…無しじゃまずいよなぁ…)
落ち込みながら財布をポケットにしまおうとした時、何かがヒラヒラと落ちた。
「? ……こ…これだ!!」
「??? きゅ…急にどうした藤岡?」
「え?あぁ、いや何でもない!さぁ急ごう!」
「?」
家に到着すると、千秋ちゃんやハルカさん達の友人も集まり、クリスマスパーティーの準備が整っていた。
後で南の友達も集まるらしく、部屋は大盛り上がりだ。
気がつくと、オレは真っ先に千秋ちゃんを探していた。
部屋の真ん中、テレビの正面の特等席に彼女は座っていた。
「メ…メリークリスマス、千秋ちゃん。」
「…あぁ、いらっしゃい。…ここにでも座って待ってるといいよ。」
そう言うと彼女はハルカさんの手伝いがあると言って台所に消えてしまった。
…相変わらずご機嫌斜めな様子に、オレはまたため息をついてしまった。
メルト2・千秋
藤岡と遊園地に行って一か月がたった。
あの日以来、どうも恥ずかしくて藤岡が来るとギクシャクしてしまう。原因は二つ。
一つは、前までは当たり前に座っていた、私の特等席…そこに座るのも恥ずかしくなってしまった。
そしてもう一つはトウマだ。あいつは私の特等席をいとも簡単に奪い取り、藤岡と楽しそうにサッカーの話をしている。
(藤岡も藤岡だ!いくらトウマを男と思ってるからって…私と言うものがありながら……)
別に付き合っている訳でもないのに千秋はそんな事を考え、一人で顔を赤くしていた。
そうこうする内にパーティーの時間は近づき、内田や吉野やトウマ、ハルカも友達を連れ家に帰ってきた。
「千秋ー、こっち来て準備手伝ってくれるー?」
「あ、はぃ。少し待っててください。ハルカ姉様」
(あら?珍しいわねぇ、千秋があんなこと言うなんて。)
いつもはすぐに手伝う千秋だが、今日はテレビの一番見える席に座ったままハルカを待たせていた。
千秋には心配事が一つあった。
(あのバカ野郎、ちゃんと藤岡を連れてくるだろうか……心配だ…。)
そわそわしながら藤岡を待つ千秋は、皆に何を話しかけられても適当にうなずいて藤岡を待っていた。
すると玄関からカナの声が聞こえた。
「たっだいまー!!おー、みんな揃ってるねぇ!」
「お…じゃまします。」
千秋は藤岡がいるのを確認すると目を藤岡からそらした。
(ダメだ…どうも最近、藤岡を見ているだけで顔が赤くなってドキドキする……)
しかしそんな気持ちに気づかないのか、藤岡は私にまっすぐ近づいていた。
「メ…メリークリスマス、千秋ちゃん。」
「…あぁ、いらっしゃい。…ここにでも座って待ってるといいよ。」
(あぁ…最悪なくらい無愛想に返事してしまった……)
千秋はいたたまれなくなり、台所のハルカの元に逃げるように走った。
(はぁ…せっかく一番良い席を藤岡の為にとってたのに…なんであんな言い方しちゃったんだろ…)
そう思いながら千秋はパーティーの準備を手伝っていた。
千秋の日記。
南家クリスマスパーティーは大賑わいで開催されていた。
トウマの奴は、今日もずうずうしく藤岡の……私の特等席に座っている。
トウマが座る前に座ろうと思えば座れた……でも遊園地のデート以来、藤岡を以前より意識している私は、
今までの様に座るのが恥ずかしく、指を咥えて見ていることしか出来なかった。
(いいんだ今は……このパーティーをきっかけに、藤岡と前みたいに戻るんだ…。)
…しかし夜の8時が近づき、昼から始まったパーティーも終わろうとしていた。
一人帰り…二人帰り……気がつけば残りの客はトウマと藤岡だけになっていた。
結局トウマはずっと私の特等席に…おそらく二人は、サッカーの話でもしながら一緒に帰るのだろう。
そう思うと、今日一日藤岡を独占していたトウマに怒りすら覚えた。
「さぁーて、藤岡。そろそろ俺達も帰るか。」
「んー…悪いトウマ、今日は先に帰っててくれないか?」
「え?うん、まぁいいけど。じゃあな!」
そう言うとトウマは一人で家に帰った。
予想外だ…どうして藤岡は残ったんだ?やっぱりカナと一緒にいたいのか?
そんな事を考えてると、いつの間にか藤岡が居間から消えていた。
「おい、カナ。藤岡はどこへ行った?帰っちゃったのか?」
「あー、なんか珍しくハルカが部屋に連れていったぞ。」
「ハルカ姉様が…?」
確かに珍しい…いったい何を話してるんだろう……
しかし気になって居間から覗いて見ても、見えるのはハルカ姉様と藤岡の後姿だけだ。
しばらくすると、ニコニコしたハルカ姉様と、緊張したような顔の藤岡が戻ってきた。
そして、良く分からないが藤岡が私の方をずっと見ている…
「千秋ちゃん、ちょっとこっちに来てくれるかな?」
「ん…なんだ藤岡?」
そう言われ私が藤岡に近づくと、藤岡は簡単に私を持ち上げ特等席に座らせた。
「な…なにするんだいきなり!!」
「えっと、千秋ちゃんが座ってなかったら寒いって言うか…ここが千秋ちゃん席だし……」
「そ、そんな事言っても…さっきまではトウマが座ってたじゃないか!」
「その…ごめんね、千秋ちゃん。」
(何故藤岡が謝ったんだろう…勝手にやきもち妬いて怒ったりしたのは私なのに……)
そう考えると、私は藤岡に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「いや…いいんだ。悪いのは私だし……えっと…ごめんなさい。」
なんだか心の中がすっきりした気分だ。清々しいって言うのはこう言う事か。
私は藤岡にもたれ掛りながら、久々の特等席で話をしたりテレビを見たりしていた。
遊園地での話に夢中になっていると、あっという間に10時を過ぎていた。
藤岡の日記
南にクリスマスパーティーに呼ばれ、イブの夜を南家で過ごすことになった。
このパーティーでオレがしなくてはいけない事は2つ!
まず一つは、サンタクロースに扮し作戦を成功させること!
そしてもう一つ、千秋ちゃんとのギクシャクした関係を修復することだ。
…とは言っても、あの日以来千秋ちゃんを「妹の様な存在」ではなく「女の子」と意識してしまって、
なかなか上手く話せないと言うか…どう接したらいいのか……
顔を見るだけで緊張して、まるで少し前までの、南と話したりする様な感じだ。
今日もオレの前には、千秋ちゃんではなくトウマが座っていた。
トウマはサッカーもやっていて、話も合うし楽しいんだけど…やっぱり気になるのは千秋ちゃんだ。
いつもトウマと話していると機嫌が悪くなり…今日もご機嫌斜めのようだ。
夜も8時になり、パーティーも終りが近づいていた。
気がつけば、残っている客はオレとトウマの二人だけだった。
「さぁーて、藤岡。そろそろ俺達も帰るか。」
「んー…悪いトウマ、今日は先に帰っててくれないか?」
「え?うん、まぁいいけど。じゃあな!」
この後サンタ役をするオレは、そう言ってオレはトウマの誘いを断った。
千秋ちゃんが寝るのは10時頃らしいので、皆でテレビを見ることにした。
テレビを見ているとオレはハルカさんに肩を叩かれ、話があるらしく他の部屋に連れていかれた。
「ねぇ、藤岡君。最近千秋の様子がおかしい事気づいてた?」
「はぃ。…えっと、遊園地に行ってから、なんかオレ避けられてるみたいで…」
「…フフッ。それは違うと思うよ…。私はね、千秋は照れてるんだと思うの。」
「え?でも、前までは普通に一緒に座ってテレビ見たりしてたのに最近は…やっぱり嫌われて……」
話している途中に、ハルカさんは何かに気づいたのか、少し居間の方に目をやった。
「でも千秋…さっき居間から心配そうにこっち見てたよ?」
「…え?」
「千秋はね、藤岡君と遊園地に行って、きっと今まで以上に藤岡君の事が好きになっちゃったのよ。」
「………」
「だから恥ずかしくて…藤岡君と話とかしたいけど、どうしたら良いのか分らないんじゃないかな…」
さすが高校生と言った感じか…説得力と言うか…確かにそんな気がしてきた。
「ハルカさんはそんな事まで分るなんて凄いです…。さすがは年上と言うか……」
「藤岡君だって千秋からすれば年上のお兄さんなんだから、しっかりリードしてあげなくちゃ…ねっ!」
そう言うと、ハルカさんはいつも通りニコニコしながら居間へ戻った。
今思えば、この時すでにハルカさんは、千秋ちゃんだけでなくオレの気持ちまで気づいていたのかもしれない。
居間に戻ったオレは、緊張しながらも千秋ちゃんを呼んで前に座らせた。
トウマを座らせていた事を怒られたが、謝るとすぐに許してもらえた。
その後は千秋ちゃんも上機嫌で、一緒にテレビを見たり話をしたりしていた。
遊園地の事などを話していると、あっと言う間に時間は10時をまわっていた。
最終更新:2008年02月24日 21:58