「チアキちゃん?」
2人は一斉にドアの方を向いた。ハルカに至っては驚きのあまりなのか、声すら出していない。
チアキは藤岡の声で我に帰ったものの、何て言えばいいかわからない。
「あ…。」
2人の視線を浴びてしまい、言いたいことを上手く言葉として表せない。
ハルカに藤岡を奪われた、いや、藤岡にハルカを奪われたとも言い換えることもできるのか。
とにかく、こうしてあってほしくない現実を突きつけられているのは確かである。
しかし、大好きな2人を憎めるわけがなく、ただ悲しみで涙が溢れていた。
「ハルカ姉さまぁ…、藤岡ぁ…。」
2人の名を呼んでも、より悲しみが増すばかり。それに比例して涙の量も増えていく。
藤岡は泣きじゃくるチアキをただ見ることしかできなかった。
「…ごめんね、チアキ。」
体を起こし、体に着いたものをティッシュで拭き取ると、ハルカがチアキに歩み寄ってきた。
チアキは逃げ出すことを考えるが、足が言うことを聞いてくれない。
「そんな、…謝らないでください。」
謝られると余計に惨めな思いになるから、止してほしかった。
しかし、ハルカは立ち止まることなくチアキに近づき、その体を引き寄せ、抱きしめた。
「!!」
抱きしめられても引き離す所か、ロクに抵抗する気も起きない。
チアキは例え裏切られたとしても、この姉のことが好きで、嫌いになれないのだ。
「うっ……、うっ…。」
抵抗することなく、抱きしめられたまま、ハルカの胸で泣き崩れるのだった。
「落ち着いた?」
チアキが泣き止むのを確認すると、ハルカは優しく声をかけた。
「…はい。」
その返答に偽りはなく、胸の中の蟠りが大分減っていた。
ハルカもそれがわかったのか、チアキを自分から離し、自分の部屋のドアを閉めた。
「カナ、起きちゃったかしら? でも、起きてここに来ないってことは大丈夫よね。」
今更である心配を焦ることなく口にし、ハルカは再びチアキの方に笑顔を向ける。
「さっきも言ったけど、ごめんね、チアキ。
私、最近自分のことばかりで、チアキのことをちゃんと見てあげられなかったわね。」
「いえ、そんな…。」
改めて謝られると妙にくすぐったくなり、照れくさくなる。
「私、チアキがこの部屋に入ってくるまで、全然気づかなかった。姉として恥ずかしいわ。」
そっとチアキの頭を撫で、ちらっと藤岡の方を見た。
「チアキも藤岡君のこと、好きだったのね?」
「「!!」」
チアキはハルカに気づかれたことに体を震わし、藤岡はチアキも自分に惚れていたことに驚愕した。
ハルカは驚愕している藤岡を見て、やっぱりと言うような表情で言い出した。
「藤岡君、私が言うのも何だけど、気づかなかったの?」
ハルカの時も言われるまでは気づかなかったぐらいだから、当然といえば当然なのかもしれない。
「…あ、いや、てっきりオレがハルカさんを取っちゃったからだと思いました。
チアキちゃん、ハルカさんのこと本当に慕ってますし…。」
「あっ、そっか。そうだったわね…、チアキは私のこと、大切にしてくれるものね…。
バカね、私。そんなこと、わかっていたはずなのに。」
藤岡に言われて、思い出したかのような顔をし、ハルカは少し悲しそうにしながら笑みを浮かべた。
「そんな! ハルカ姉さまはちゃんと私の気持ちに気づいてくれたじゃありませんか。
それでいいんです、十分です。」
ハルカも藤岡も自分のことを完全にわかっているわけではない。
しかし、2人がそれぞれ自分なりに自分をちゃんと考えてくれたことは嬉しく思った。
それに、藤岡が気づかなかったことをハルカが、ハルカが気づかなかったことを藤岡が気づいてくれたという
お互いが気づかなかった点を補い合う形になったのが不思議と嬉しさに拍車をかけていた。
「ありがとう、チアキ。私も藤岡君もあなたから離れたりはしないわ。ずっと側にいる。」
「はい、ハルカ姉さま!」
ハルカは再びチアキを抱きしめ、チアキもまたハルカに応えるように抱きしめた。
藤岡はその様子を微笑みながら見守っていた。それで今回は無事解決となるはずだった。
「…藤岡、頼みがあるんだ。」
チアキはハルカから身を離すと、今度は藤岡の方を向いた。何やら1つの決意をしているように見える。
「何だい?」
「私にも、…その、ハルカ姉さまと同じ事をしてくれないか?」
「え!?」
チアキの頼みごとに思わず戸惑ってしまい、返答に困ってしまう。
困った顔をした藤岡を見て、チアキは上目遣いで悲しそうに見つめてきた。
「…ダメか?」
「そうは言っても…、オレにはハルカさんがいるし…。」
「私は、別にいいと思う。」
藤岡にとって、今日は本当に驚きの連続だ。しかし、おそらくこれ以上に驚くことはもうないだろう。
よりによって、ハルカがそんな二股行為を許すとは思いもしなかった。
しかも、その相手が小学生で、しかもハルカの妹であるチアキだから尚更だ。
藤岡が驚きで固まっていると、ハルカはそれがおかしかったのか、少し笑い出した。
「やっぱり驚くよね。確かに私もさっきまではそんな考え、思いもしなかった。
チアキには、そういうこと知るのも教育上まだ早いとも思っていたわ…。」
「ハルカ姉さま…。」
「でもね、さっきのチアキ見て考えたんだけど、教育上良くないとか倫理がどうとかって考えでチアキを
縛り付けるのも良くないって思ったの。それでチアキが納得なんてできるとは思えないから。」
言っていることは明らかに道徳に反しているが、ハルカなりにチアキのことを考えたのだろう。
藤岡もハルカの言うことには異論はない。
「…私の意見はここまで。藤岡君に強制はできないし、後は藤岡君がどうするかね。」
「藤岡…。」
チアキはまだ藤岡を不安そうに見つめている。ハルカはチアキを抱くことを了承し、チアキもそれを望んでいる。
この2人のことを考えれば、断る理由はなかった。
「……ごめん、チアキちゃん。…やっぱりオレにはできない。」
だが、藤岡の抵抗はそれでも拭えなかった。チアキはショックを受けながらも、疑問を投げかけた。
「どうしてだ?」
「…チアキちゃんを抱くと言うことは、ハルカさんと同じように見るということになるから。」
チアキは少しわけがわからないというような顔をしているが、藤岡はそのまま続けた。
「勿論チアキちゃんのことは好きだよ。だけど、それはハルカさんに対するものとは違うし、
オレにはチアキちゃんとハルカさんを同じように見るなんてことできないんだ。
それなのにチアキちゃんとそんなことするわけにもいかないよ。」
「…つまり、私を恋人として見ることはできないというわけか?」
チアキに言いたいことが伝わったとわかると、藤岡は無言で頷いた。
「藤岡、お前は少し勘違いをしているぞ。」
このチアキの一言を藤岡は意外に思った。意外そうにした藤岡の様子を見て、
チアキは少し笑い出した。先程のハルカを彷彿させる。
「本音を言えば、確かに私はお前の彼女に、この際愛人でもいいからなりたいと思ってるぞ。
ハルカ姉さまもそれを許してくれるだろうけど、ハルカ姉さまの彼氏とそんな関係にはなれるわけないだろ。
私はハルカ姉さまのことも大好きなんだからな。」
これはハルカにとっても予想外の台詞であるが、やはり後を引くものがあるのだろう。
「けど、それでも、こんな我侭を言ったのは、はっきり私の記憶として欲しいからなんだ。
私が、お前のことが大好きだったという証明できるものを。」
チアキは藤岡の目を見つめてきた。その瞳からは意思の強さを感じさせた。
「…何より、お前に感じてほしい。私が、お前が大好きなことを。だから、ダメか…?」
それでも、やはり拒絶に対する恐怖なのか、語尾の方の声が小さくなった。
そこまで言って中々引いてくれないチアキに、藤岡は根負けしてしまった。
「…わかったよ、チアキちゃん。けど、本当にオレでいいの?」
「今更何を言ってるんだよ、だから藤岡に頼んだんだろ?」
「そうだね。ただし、チアキちゃんとはこれが最初で最後だからね。」
チアキは藤岡の念押しに頷き、ハルカに断りを入れた。
「…すみません、ハルカ姉さま。本当はこんなこと許されるはずがないのに…。」
「いいのよ。逆の立場だったら、私もチアキと同じ事を考えたと思うから。」
ハルカの笑顔での了承を確認すると微笑みだし、藤岡の方に顔を向けた。
そして、藤岡に飛び込み、自分の唇を藤岡の唇に押し当てたのだった。
「…それから、どうすればいいんだ?」
唇を離した後、チアキが質問をしてきた。性知識に関しては全くの無知とも言えるので、当然の質問ではある。
「そうねぇ、藤岡君にはベッドに座ってもらった方がいいんじゃない?
ほら、…その、まず藤岡君には大きくしてもらわなきゃいけないし……。」
最終更新:2008年03月28日 00:14