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タイトル未定でございます - (2012/06/16 (土) 19:06:18) の編集履歴(バックアップ)


題名「りんぐ↑」

 


「ああ、やっぱVHSのビデオだよなぁ」
 俺以外には誰もいない自室。そこでテレビを観賞しながら、時折コメントを呟く俺。暇人だなとか突っ込むな。悲しくなるから。
「今じゃ世間だとDVDばっかで、だんだん数も減ってきたし、そろそろ本格的にお別れかもしれねぇな」
 まぁ、この世からVHSが消えたとしても自分のだけは死守するだろうけどな。なんて、一人どうでもいい決心を固めたところでビデオの映像が終わってしまった。終わった後の砂嵐もいいもんで、ビデオが切れるまで再生を続ける、なんてこともよくやっている。ついついビデオ流しっぱなしで眠ってしまっていることも多々あるがそれはまぁ気にしないことにしている。
 同僚から「そんなんだから彼女いないんだよ」とか言われたが、毎月女をとっかえひっかえしているような奴には言われたくねぇ。まぁ、実際正論なんだろうが。
「――と、もうビデオが終わっちまったし、次のでも見るか」
 さて、ここまでで俺の趣味はよくわかるだろうが、ビデオ鑑賞だ。VHSのビデオ限定だが。ただし、残念な

がらそのほとんどはレンタル品だ。流石にアナログ放送が終了してからはいちいちVHSのビデオにするのも労力がいるのでしていないし、元々そこまでビデオを持っていたわけでもない。
 だから、大体二週間に一度レンタルビデオ店に行って数本借りてはそれを見る、というのが俺のお決まりの行

動になっている。誤解しないでほしいのが、俺は別にDVDが嫌いとか、最近の映像が面白くないとかそういうことでビデオが好きなんじゃない。とりわけVHSのビデオの映像が好きなだけだ。
 まぁ、昔の方が性に合ってるといえば確かにそうなんだが。ちなみに特に嫌いなジャンルもないのでビデオであるなら大体片っ端から借りているぞ。流石に優先順位くらいはあるがな。
 そんなどうでもいいことをいまさら頭の中で考えながら俺はビデオデッキからカセットテープを取り出して別のカセットテープと入れ替えた。
「さてと、これで確か借りたのは全部だったかな、と言ってもまた見直すけど」
 前述の通り俺は大のビデオ好きなので(暇とか言うな)借りたビデオを数日後にもう一回見る、なんていうことは当たり前のことだ。
 ビデオデッキのリモコンを手にとって、再生ボタンを押す。
「そういや、何借りたんだったかな。 確かホラー物からゴソっと取ってきたんだが」
 再生ボタンが押されたことで、ビデオデッキからテープを流す音が聞こえる。それと同時に、今まで真っ暗だったテレビ画面はビデオの映像を流し始める。そう、それが普通のことだ。そんなことはDVDですら変わらないことだ。
 今の場合、レンタルビデオであれば当然、著作権を含めた取り扱いの注意が映ることだろう。
 テレビ画面は、なぜか砂嵐から始まっていた。
「ああ? 戻し忘れか……?」
 個人経営のレンタルビデオ店だと時々そんなことも起こったりするものだが、ビデオデッキに表示されているビデオ残量はきちんと始まったばかりであることを示している。
 そんな風に俺が戸惑っていると、映像に変化があった。砂嵐から、暗闇になった。真ん中にはぽっかりと穴が開いていて、そこから光がこちらに向かって入り込んでいるようだった。
「なんだ……?」
 俺が疑問に思う間に映像は切り替わる。時々妙な人影が写りこみながら意味不明な映像は尚も続いていく。頭の中ではちょっとした焦りと困惑ばかりが充満し、リモコンの停止ボタンを押すという簡単なことさえ思い浮かばず。ただ淡々と映像が流れる。
 そうしていると、突如映像が固定された。それはどうやら鬱蒼とした林の中で、奥の方には小さな井戸がぽつんとあるだけの寂しい風景だ。と同時に、俺の中で決定的とも言える予測が浮かび上がった。
「もしかしてこれ、リングじゃないか?」
 リング――1998年に公開されたジャパニーズホラーブームの火付け役とも言われる映画で、「見たら一週間で死ぬ」と言われる呪いのビデオを見てしまった主人公がどうにかして死なない方法を探る、そんな映画だ。
 その映画では、作中における「呪いのビデオ」の映像が流れるわけだが、その内容が先ほどの映像とだいたい一緒だった気がする。最後には貞子と呼ばれる女性の幽霊が井戸から上ってくるはずだが。
「しかし、そんな冒頭で流れるものだったかな……とりあえず、一回出してみるか」
 と、俺がビデオのタイトルを確認するためにテレビに近づいた、まさにそのときだった。
 映像が勝手に途切れたのだ。
「……消えた?」
 不審に思うが、今はとりあえずビデオのタイトルを確認しよう。
 デッキからビデオを取り出して、俺はそのタイトルを見た。
 タイトルは、何もなかった。
「……ラベルが貼ってない?」
 いくらなんでも、ラベルの貼ってないビデオがレンタルビデオ店で貸し出されているわけがない。じゃあ、俺が今見たこのビデオはどっから来たんだ。そこで俺は、ビデオを借りたときのレシートの存在に思い当たった。
「そ、そうだレシートだ! レシートなら俺が何を借りたか分かる!」
 まず、レンタルしたビデオが何本あるのか確認するためベッドの側に積んであった視聴済みの奴を引っ張ってくる。ちょうど五本ある。ということは持ってるのと合わせて俺は六本借りた、ということになる。
 次に俺はレシートを見た。上から順に、一本、二本、三本、四本と見ていく。
 レシートは、五本で終わっていた。
「……嘘だろ?」
 だが、紛れもなくレシートにはビデオタイトルは五本しかない。値段も五本分で間違いない。ではそれなら。
「存在しない、六本目――?」
 
 それからの一週間は、よく覚えていない。
 俺は生気のない顔をしながら淡々と業務をこなすだけの何の面白みもない七日を過ごした。
 

 そして、七日目。
 もしもあのビデオが本物なら、俺は今日、テレビから貞子が出てきて殺される。
 俺は一人きりで、そのときを待ち構えていた。というより、何をする気にもなれないからぼーっとしていた、の方が正しい気がする。
「そろそろ、時間か」
 その時が来たとわかるのはとても簡単だった。テレビが、勝手に映像を映し出したからだ。
 映し出されたのは鬱蒼とした林。中央には小さな古い井戸。
「とうとう、映っちまったな……」
 記憶が正しければ、この後白い服を来た髪の長い女が井戸を上ってきて、こちらにゆっくりと歩み寄ってきて。最終的にテレビから出てきて、俺は死ぬ。
 まさか、呪いのビデオで死んじまうとはな。まぁビデオが好きだった俺にはある意味ぴったりなのかもしれないな。
 自分の心臓が、まるで井戸の中に引きずり込まれるような、そんな絶望を抱きながら、俺はただ画面を見つめている。
 そのときだった。
 テレビの中の井戸から、白い服の女がすごい勢いで上ってきたかと思うと、ボルトもビックリするほどの足の早さで走り出し、って、ちょっとまていくら記憶が曖昧だったとしても映画でそんな高速で走ってきた貞子みたことねぇってちょおま。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
 30インチのテレビの画面に白い服の女がドアップになったかと思えば、次の瞬間には俺の視界いっぱいに広がって、そして。
「……家のテレビ、3Dだったかな」
 そんなわけがないのは家主である俺が良く知ってることだ。じゃあ、それなら今の不可思議光景はどうせつめいすりゃいいんだよ。
 俺は、今起こっている現実を認めたくないと思いながらも、背後にあるであろう怪奇を確かめるために、振り向かざるを得なかった。だから、首を、ゆっくりと、後ろに回した。
 そこには、ボロい白い服の女がうずくまって、じっとしていた。なるほど、確かに俺の思い描いていたものに似ているといえば似ている。例の、貞子という幽霊に。信じがたいが、俺が夢や幻を見ているのではなければ間違いなく、コイツは……
「……や」
 やばい、貞子(と思わしき幽霊)が何か言葉を発したぞ。つか、「や」ってなんだよ。「や」ってなんなんだよ!?俺はこれから何言われるんだ?
「やったーーーーー!! やったやったやったわーーーーー!!」
 えー、全国のオカルトマニアおよび霊媒師の類の連中よ教えてくれ。
 突如現れた幽霊が恨み言を俺に振り掛けるわけでもなく小躍りしながら喜んだときはどういう対処をすりゃいいんだ。
「やったわ私……長らくあの中だったけどとうとう外に出られる日が来たわ! ほんともうあの井戸の中とか退屈を通り越してただただ異臭がするわすることがないわ誰もビデオ見てくれないわ臭いわでほんとウンザリ!! フフフフ……どうしましょう私、これから私ほんとどうしましょう、フフ、ウフフ、アハハハハ!」
 いや、どうしましょうは、こっちなんだが。
 とにかく、この幽霊らしからぬテンションで高らかに笑っているこの貞子(仮)をどうにかしなきゃならん。というか、コイツ、本当に人を呪い殺すような存在なんだろうか。近所にもいるぞこういう痛々しいの。
「おい、そこの。 そこのおそらくは幽霊さんよ」
「フフフフ……外に出れたんだしこのまましばらく外をさまようのも悪くないかもしれないわぁ……いえ、そもそもまずはここを調べるのが先かしら。 ええそうね、大体どれくらいの時間がたったのかそれもわからないわけだしやっぱりそれも調べないとだめよねぇ……」
 聞いてないぞコイツ……というか、幽霊ならまず目の前の俺を驚かすなりなんなりしろよ。何一人考えにふけってるんだよ。触れるなら思いっきり殴ってやりたいくらいだが、そこは流石に幽霊。さっきから右手で触ろうとしてるんだが一向に触れる気配がない。空気とまったく同じみたいだ。見えてるはずなのにちっとも触れない。
「おい、マジでそこの。 そこの幽霊らしき痛い奴! おい!」
「むぅ……何よ、人がせっかく久しぶりの外を満喫しながら考えているっていうの、に……」
 ようやくこっちを見てくれた――そもそも幽霊に見てほしいっていうのも意味がわからんが――幽霊は、俺の姿を確認すると、明らかに「あ……」と言いかねない表情で見つめている。
 さて、ここで幽霊がどれだけ恐ろしい顔をしているんだろうかと期待と恐怖の混じった気持ちで覚悟していたわけなんんだが、はっきり言ってこりゃ拍子抜けだ。そこに恐ろしさは微塵もない。ただの、普通の女と変わらねぇいじゃねぇか。
「い、いきなりスーパーマンみてぇに飛び出してきやがって、なんなんだお前は?」
 試しに幽霊に突っかかってみる。だが、答えることはしないで、ただ「うう……」と唸ってるだけだ。
「おい、なんとか言えよ……」
 正直こっちだって微妙にビビってるんだぞ。
 しかし、目の前の幽霊らしくない幽霊にそれを言うのも癪だ。どうにかその言葉は喉元で抑え込んで相手を睨んでやる。
「う……」
「……う?」
「うらめしや……」
「それ言うの数分くらい遅ぇから」
「う、うぅ……」
 というか、うらめしやって……ここ最近聞いたことないぞホラー映画で。センスが古すぎないか。
「と、とりあえず聞くぞ。 お前、ゆ、幽霊、なのか?」
「……うらめし」
「話通じないフリすんじゃねぇ! さっきまで盛大に独り言喋ってただろうが!」
「――うらめし」
「顔を怖くしても素がバレてるからな」
 怖くするのに白目になるのはマジでやめろ。地味に心臓に来る。
「じゃあどうしろっていうのよ!」
「幽霊に逆切れされた!?」
「やっと外に出られたと思ったらぁ! いきなり怒られるし訳わかんないもん! うぇええん!!」
「さらに泣かれた!? いや、待て、頼むから泣くな。 そういうときの対処わからんし!」
「助けてぇええ!!」
「こっちが言いたいわ!」
 それから数十分の間、俺はこの貞子らしき幽霊を宥める羽目になった。
 普通、幽霊を慰めるなんてありえないと思うんだがなぁ。

 

「泣き止んでもらったところで、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「えぅ、ひっぐ、い、いいけど……」
 幽霊でも、泣いたら目が赤くなるんだな。そもそも、幽霊から涙が出てることの方が怪奇現象な気がするが無視するか。
「まず、幽霊、なんだよな?」
「そ、そうだけど……」
「まぁ、そうだろうな。 で、結局のところなんだが……お前は、あの"貞子"なのか?」
「……そうよ?」
「なんで疑問符付いてんだよ!」
「ひぃっ! いやぁ、怒らないで……」
 俺が突っ込むために叫んだだけで怯えているんだが、幽霊がトラウマ植えつけられてどうするんだよ。
「……あのなぁ、お前が貞子であるなら素直に肯定して、違うなら否定してくれれば……」
「わ、私はその、さ、貞子なの!」
 少し挙動不審で怪しいけれども、本人がそうだと言う以上こちらからはどうともできないからなぁ。まぁ信じるしかないだろう。
「あー、お前が貞子であるとしてだな。 ということは俺が見ていたビデオ。 あれは呪いのビデオだった、っていうことでいいのか?」
「……そ、そうよ」
「つまり俺は死ぬ、ってか、ハハハ……」 
 井戸から浮き上がってきた心臓が、再び底に叩き付けられた感じだった。
 まぁ、そうだろうな。貞子といえば呪いのビデオ。呪いのビデオといえば一週間で死んでしまうわけだし。
 

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