2007年、夏。
小学校最後の夏休みは、すでに10日を過ぎていた。
「姉ちゃん、宿題終わった?」
「え?」
「俺もう終わっちゃったんだよね~」
自慢げににこっと笑う弟の康宏。私よりちょっとばかり成績が良くて、夏休みの宿題も4年連続(小学校入学以来)1週間~10日で終わらせていた。
「姉ちゃんも早く終わらせたほうがいいよ。去年・・・、覚えてるだろ。」
私は素直に頷いた。
去年の夏休み。小5の私は、夏休み最終日――8月31日まで宿題を何もやっていなかったのだ。筆跡なんて気にしてられず、家族を巻き込みみんなで宿題をやった。
だからって、今すぐ宿題をやろうという気にはなれない。でも、家族を巻き込みたくはない。とにかく、今は宿題なんてやる気分ではないのだ。
「そのときの気分で決めてるからダメなんだよ、姉ちゃんは。けじめつけてきちんとやれよ。今年は手伝ってやんないから。」
康宏の言葉を無視して、私は何気なく机の上を見た。はがきが一枚、置いてある。しかも、宛名は・・・「森川香里」。私だ。
差出人の名前を見ると、「菊池美鈴」。確かにそう書いてあった。
美鈴。その名前に聞き覚えがないことはない。でも、聞き覚えのないことにして、忘れてしまいたかった。
「あれ、手紙?誰から?」
運の悪いときに康宏が口出しするから、「見ないで!」と引っ手繰って、私は仕方なく読む。
“暑中お見舞い申し上げます
香里、元気ですか?わたしは元気です。
突然手紙なんかだしてごめんね。でも、出さずにはいられなくて。
私ね、色々考えたんだ。だけど、どうやっても香里が許してくれないとなると、どうしていいかわからない。
取り返しのつかないことは、分かってる。香里が許してくれないことも分かる。
でも、どうしても言っときたかったんだ。
ごめんなさい。
お父さんは、今でも刑務所にいます。こんなこと言うのもなんだけど、来年の4月に釈放予定なの。香里にとっては、辛いことだと思うけど。
私、香里のこと、大好きだったよ。今でも、大好き。
でも、私たち会わないほうが良かったんだよね。
だから、もう会いません。
実は、夏休み明けから大阪に引っ越すんだ。いい機会だと思う。
逃げてるようで嫌だけど、弱い自分が嫌いになるけど。
これで最初で最後の手紙だから。
菊池美鈴”
「美鈴・・・」
私は急に恥ずかしくなった。6年前、美鈴のお父さんが私の父の会社に押し入って、父をピストルで射殺したことなんか、美鈴には何の罪もないのに。
今年になって転入してきた、罪もない美鈴のこと嫌って、「私の視界に入ってこないで」なんてひどいこと言って、そんな自分が恥ずかしい。
お父さんだって、そう思っているはずだ。美鈴のことを恨んだって、喜ばないに決まっているのに。
私は決心して、引き出しの中からはがきを取り出した。
今からでも間に合うよね、暑中見舞い。
『暑中お見舞い申し上げます』
美鈴がはがきを目にするのを頭に浮かべて、私はペンを走らせた。
<END>
最終更新:2007年12月29日 14:47