23 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/14(火) 23:38

俺は、

「————何者だ、おまえ」

半歩後ろに下がって、警戒しながら低い声で尋ねた。
————魔眼キュべレイ。
あまりに有名で、同時に身も凍る畏怖の存在でもあるソレ。
古代ギリシャの英雄にしてゴルゴーンの怪物、支配する女メドゥーサの象徴たる神代の呪いの具現。
視界に捉えた者全てを石に変えてしまう、最高位の力と呪詛を持った魔眼。
未熟な魔術使いである俺でさえここまで知っているソレを、この女性が『発動』した。とはいった
いどういうことなのか。
光の中から突如現れ、先ほどの常識、人間のレベルを大きく超え外れた身体能力に戦闘能力。
——そして、男を石に変えた、女性が持つ未知の力。
頭の隅に持っていたこの女性に対する、おかしい、とんでもない、そういった警戒の感情が、今の
魔眼キュべレイという言葉を聞いて、恐怖やそういったものを押しのけて瞬時にして膨れ上がった。
見惚れていたりびびっている場合じゃない、コイツはとにかくとんでもないヤツだ。正体が判らな
い、知らないままに気を許したり、話をしていい相手じゃない。

「何者もなにも、私はライダーのサーヴァントです。
 己の宝具の詳細をマスターに告げておくのは当然ですし、なにより貴方が私を呼び出したのです
から、確認するまでもないでしょう」

やはり今までと同じ静かな声で、眉一つ動かさず女性は言った。

「ライダーのサーヴァント……?」
「はい。ですから私の事はライダーと」

さらりと、石になった男をバックグラウンドに湛えながら言う。
その口調や声音は慇懃なうえに無機質で、けれど透き通るような美しい響きで、なんていうか、耳
にするだけで、さっきみたいに頭の中が白く————

「—————っ」

……って、なにやってんだ俺は……!

「そ——、な、なんていうか、変な名前だな」

石になった男や魔眼や宝具のことで混乱している思考などお構い無しに熱くなる頭を軽く振ってか
ら、とんでもなく馬鹿な返答をした。
……いや、それ以外いったいなんて言えばいいのか。
魔眼のことを尋ねるのか、俺が呼び出したとはどういうことかと尋ねるのか、槍の男のことを尋ね
るのか。それとも何でそんなに早く動けるのかとか何でそんな服を着ているのかとかその眼帯は何
なのかとか何で俺の事を————って、

————ひとつ、肝心なことを忘れていた。

「……俺は士郎。衛宮士郎っていって、この家の人間だ。
 その、ライダー……、助けてくれてどうもありがとう。あのままじゃ俺、完璧にやられてた」

本当にどうかしてる。さらに間抜けな返答をして、尚且つまったく正体の判らない相手に向ってお
礼を言うなんて。……けれど、名乗られたら名乗り返すのが礼儀だし、何より、このライダーとい
う女性に俺が助けられたのは紛れもない事実だ。
頭は混乱と恐怖と二重螺旋でぐちゃぐちゃだけれど、どんな相手にだって筋は通さないといけない。

24 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/14(火) 23:39

「————————」

女性は……ライダーは変わらず————いや、じっと彼女の顔を見つめていなければ見過ごしてい
ただろうほど小さな変化ではあったが、確かにライダーは眉を顰めて、怪訝そうな戸惑いの表情を
浮かべた。
……拙い、俺はやはりとんでもない間抜けで場違いなことを口走ったってしまったのか。
先ほどの戦闘の中でさえまったく表情を変えなかったライダーが、初めて感情らしい感情、しかも
疑問の感情を示している。

俺がそんな危惧に混乱を深めていると、ライダーは表情と居住まいを正した。

「マスター、態々私に謝を述べる必要はありません。
 契約を交わした以上、サーヴァントがマスターの危機を救い、敵サーヴァントを打倒するのは当然
です。……それと、貴方を裏切ったりする事はありませんのでそのように警戒しなくても大丈夫です」

……やばい。
彼女が何を言っているのか聞き取れているのに、その意味がまったく判らない。
判っているのは、彼女が俺の事を主人なんてとんでもない言葉で呼んでいる事と、どうやら俺は石にさ
れる心配はしなくても大丈夫であろうという事。

「ちょっと待ってくれ、俺はマスターなんで名前じゃないぞ」
「……では何と呼べばいいでしょうか」

後者の事実に心の中で安堵しながら、取り敢えず今の話で一番気にかかった事を俺が述べると、彼女は
またも、本当に僅かだが困ったような表情——雰囲気を纏った。

「俺の名前は衛宮士郎だってさっき言っただろう」
「……それではエミヤシロと呼べばいいのでしょうか」

エミヤシロ、発音しづらそうにそういった彼女を見て、俺は思わず男や宝具とかそんな事を忘れてずっ
こけそうになった。
普通相手の事をフルネームで呼ぶだろうか。
しかも音を区切っていないうえに上手く発音出来ていない。

「違う。衛宮と士郎のところで一端区切るんだ」

凍えそうな殺気に支配されていた空気は、何時の間にか何だか間抜けな空気に変わっていた。
俺はいったい何をやっているのか。
名前の事なんてどうでも……よくはないんだが、そんなことより魔眼やらサーヴァントやら石になった
男やそういったモノのことを尋ねないといけないのに。

「……エミヤ、シロウ」
「そう。だから俺の事は————」

丁寧に言った彼女、それでもシロウのウのところが上手く発音されていなかったが、名字で呼ぶ分には
問題ないだろう。そう思って俺が『衛宮って呼び捨てにでもしてくれればいい』と言おうとした、その
瞬間。

「それでは貴方の事はシロウと。……なるほど、確かにこの発音の方が好ましい」
「っ…………!!!」

口元に手を当てて、何か感心するかのようにそう呟いた彼女の言葉を聞いて、顔から火が出そうになった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ、なんだって名前で————」

「いつっ……!」

突如、左手の甲に痺れるような痛みが走った。

「あ、熱っ……!」

痺れた部分が燃えるように熱い。
何事かと思って目を遣ると、其処にはまるで刺青のような、おかしな紋様が刻まれていた。

25 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/14(火) 23:40

「な、なんだ————?」
「ソレは令呪と呼ばれるものです、シロウ。
 私たちサーヴァントを律する三つの命令権であり、マスターとしての命でもあります。無闇な、曖昧
な目的での使用は避けるようにしてください」
「ちょ、ちょっと待て、待ってくれ!」

俺に向って彼女が説明のようなものをした瞬間、あやふやになっていた疑問が、令呪、サーヴァントを
律する、命令権、マスターとしての命などの更なる疑問材料を燃料にして、再度爆発した。

「さっきから宝具だとか魔眼だとかサーヴァントだとかマスターだとか、いったいお前何なんだ。令呪
とか言われても俺にはてんで判らない。取り敢えずその辺のことを説明してくれないか」

ここぞとばかりに問い詰めた俺に、彼女は口元に手を当てて今度は思案するような雰囲気を纏った。
相変わらずの無表情であったが、時折小さく頷いたり首を横に振っているところからその思慮の深さが
窺い知れる。

「————————」

かなり長い、と言っても十数秒間だが彼女は思考に耽っている。
そんな姿を見て、俺はまたしてもとんでもない事を口走ってしまったのかという不安に駆られるが、問
うた魔眼の事などを鮮明にしない方がもっと不安である。
そのまま立ち住まいを正して俺が彼女の返答を待つ事、そこから約十秒。漸く考えが纏まったのか、彼
女は腕を下ろし、俺と同じく立ち住まいを正して口を開いた。

「……シロウ、聖杯戦争、という言葉を聞いた事がありますか?」
「へ————? なんだ、それ」
「……そうですか。やはり貴方はどうやら自らの意思でマスターと為った訳では無いようですね。
 判りました、私の宝具や魔眼のことも含めてまずはソレを説明することにしましょう」

予想外の言葉に頭の上に疑問符を浮かべた俺を見て一つ頷くと、ライダーは確かめるようにそう言って、
身を翻し屋敷の方へとすたすたと歩き出した。
ふわりと靡いた髪の毛が月光に照らされて美しく輝いている。

「ちょ、何処に行くんだ……っ」

思わずそれに見惚れてしまい、慌ててライダーの背中に声をぶつける。
ライダーは十メートル歩いたところで立ち止まると、首だけを回してこちらを向いた。

「ですから説明をします。少々長い話になりますので家の中で話を。……先ほどまで感じていた気配も
消えましたし」

26 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/14(火) 23:41

いい終わり、前を向くとまた歩きだすライダー。
その言葉に一瞬あっけらかんとなりながら、直ぐに意味を理解して俺も後を追う。
最後の方はよく聞き取れなかったけれど、説明を聞くというのは俺も望むところだったし、何より、今
まで忘れていたが、今の俺の服装は男に襲われたそのときのままでボロボロだ。暖冬の冬木市とはいえ
二月の夜の冷気はかなり堪える。このまま外で長話をしていたら間違いなく風邪をひいていたところだ
ろう。

……けれど、

「……あれはどうするんだよ」

歩きながら視線を遣ったその先、庭の一角には槍を構えた男の石像が夜風に曝されていた。
深く腰を沈め、きつく握り締められた長尺の槍。引き締まった肉体に、猛禽類を思わせる獰猛な表情。
まるで著名な芸術家の名品の彫刻なように見事な石像……元は人を超えた人間、であったそれが、月
光を鈍く弾いて、今は其処に居ない彼女の姿を睨み続けている。

「…………今はライダーからの説明が先だよな」

背中を嫌な悪寒が走り抜けて、思わず身震いする。
今にも動き出しそうで気味が悪いし、これをなしたというライダーの宝具、事故封印・暗黒神殿に魔眼
キュベレイ——これはよく判らない——のこともの気になるが、その疑問を解決するためにも、取り敢
えず今はライダーの説明を聞くのが先だろう。あれをどうするかは説明が終わった後に考えることにし
て、視線を前を行くライダーに戻す。

と、

「あれ……?」

ライダーは縁側、閉められた雨戸の前で立ち止まってこちらに向き直り、俺が遣って来るを待っていた。

「————」

その表情はもはや馴染みになりつつある無表情な無機質だったけれど、何故か俺には、彼女が酷く緊張
しているというか、真剣な様子であるように感じられた。

「……どうしたんだ、ライダー」

追いつき、何時の間にか早く動き出していた心臓を押さえ込むように低くなった声で尋ねる。
近くで見たライダーの顔はやはり美人——じゃなく、やはり真剣で、俺は息を呑んで、知らず頬に一筋
汗を流す。
辺りが再び緊迫した空気に包まれるのを感じながら、身構えて彼女を答えを待つ事、数秒。
彼女は俺を眼帯越しに見据えるような動きを見せた後、何故か少しだけ顔を俯けて、

「—————すみません、シロウ。
 ……そ、その……、この屋敷の入り口は何処でしょうか」

緊張の糸を強引に断ち切ってしまう、そんな言葉を口にした。

俺は、

1思わず吹き出してしまい「な、何も笑わずともいいでは無いですか、シロウ」とライダーに怒られた。
2思わず固まってしまい、「……し、仕方無いでしょう。私はこの屋敷の事を何も知らないのですから」
と早口に弁解して慌てるライダーという、何だか非常に珍しいものを見た。
3そんなライダーに何だか凄い親しみを感じ、「こっちだよ」と、苦笑しながら玄関へと向った。

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最終更新:2006年09月03日 19:31