34 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/17(金) 01:18
俺は、その言葉の雰囲気や表情とのあまりのギャップに一瞬、いったいどういう反応をしたらいいものか、
と考え込んで、答えを出すのに失敗し、
「————ぷっ」
耐え切れなくなって、思わず吹き出した。
……可笑しい。可笑しすぎる。
こういう言い方は失礼かもしれないけれど、それこそ化け物じみていて、機械みたいなライダーが”玄関
の場所が判らない”なんて理由で、あんな真剣な顔をして立ち往生をしていたかと思うと、こんな出鱈目
な状況だっていうのに笑いを堪える事が出来なかった。
「な、なにも笑わずともいいでは無いですか、シロウ」
口を手で押さえて何とか笑いを抑えようとするのだが、努力虚しくライダーに怒られる。
その声があの無機質で感情の無い声音だったら俺も直ぐに取り直すことが出来たのだろうけれど、
「ごっ、ごめっ……く——っ」
髪の毛を振り乱す、とまではいかないけれど、僅かに肩を震わせながら、心なしか羞恥の感情の篭った声
で俺を咎めるライダーの姿は可笑しくて、同時にすこし……いや、今までの無機質なイメージが雪崩の如
き勢いで崩れ去るほどに、つまりは反則級に可愛らしかった。
「……マスター、何時までそうしている気ですか」
それから一頻り笑った後、そんなライダーの抑揚の無い声で我に返る。
俺のことを”シロウ”ではなく、”マスター”と呼んでいるということは、これ以上笑い続けるというの
ならばこちらにもそれなりの考えがある、という事なのだろう。しかし、先ほどの男を石化させた直後の
ような心臓をナイフで抉られるような恐ろしさはない。
「は——っ、……ご、ごめん。つい」
けれど、流石に以上こんな事で時間を浪費するのも勿体無いし、何より説明を聞く、という当初の目的を
早く達せねばばならない。よく見ると僅かだけれど眼帯がずらされているような気もしないでもないし。
「……えーと、玄関はこっちだ、ついて来てくれ」
一度深呼吸して気を取り直し、先だって歩き出してライダーを促す。
そのときライダーが小さな声で「……申し訳ありません」と呟いたので、今度は苦笑しそうになったが、
これ以上怒らせる——拗ねているようにしか見えないのだが——と、本当の本気で石にされなかねないと
いう保障も無いので気合で堪える。
再び凍ったように静まりかえった庭を歩く。
「…………」
「…………」
あれからライダーはずっと無言である。が、重苦しい雰囲気は無い。
俺は、話をするならやはり茶を出すべきだろうか、ライダーはやはり紅茶かな、などということ考えなが
ら歩き、玄関へまわり、扉に手をかけて……どうしてそうしたか判らないが、音を立てないようにそっと
引き開けた。
からからからと、聞きなれたいつものそれとは少しだけ小さい音を残して戸が開かれる。
玄関は勿論真っ暗だ。俺は蛍光灯のスイッチを押し、靴を脱ぎ、框に上がり廊下へと進む。
後ろからは俺に合わせてライダーも続いて来る気配。靴を脱ぐ音や足音すらしなかったがちゃんとついて
来てくれているようだ。
35 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/17(金) 01:19
ひたひたと板張りの廊下を歩く。
そのまま居間に入って電気を点け——俺は大きく溜息を吐き出した。
……すっかり忘れてた。
居間は窓ガラスが全壊して夜風が吹き込み、ガラスの破片も散らばっているのでとても話が出来るような状
態では無い。
どうしたもんか、と思案して、居間の隣、一応「応接室」という役割を与えられている普段は滅多に使わな
い和室を使うことにする。
「シロウ、これは」
と、後から続いて居間に入ってきたライダーに後ろから声を掛けられた。
その声は確かに戸惑っているようで、すなわちライダーでさえ戸惑うほどこの部屋の惨状は酷い、というこ
となのだろう。
「あぁ、これはアイツに襲われた…………とき、に……だな……その、色々あって……」
こりゃ修理が大変だな、と思いながら振り向いて——初めて明るい場所で、しかも間近ではっきりとラ
イダーの全身を見て——瞬時にライダーから視線を逸らして何とか説明する。
「……ふむ。確かにランサーの魔力の残滓が感じれられます」
一瞬怪訝そうな雰囲気を醸し出したライダーだが、直ぐに合点がいったようでそう呟いた。
(……なんなんだよ、まったく)
そんなライダーを視界の端に捉えながら俺は心の中で愚痴る。
今のライダーは黒のボディスーツと肌の白の対比が蛍光で強調されて、その彫りの深い綺麗な貌とか、豊か
な胸の谷間とか肩や腕とか髪の毛とか、……あのブーツみたいなヤツは脱いだのだろう、すらりと伸びた滑
らかな生足とか、そんな全てがとにかく綺麗なうえに色っぽくて、俺には色んな意味で刺激が強すぎた。
(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け)
念仏を唱えるように繰り返して、ばくばくいっている心臓と火が出そうな顔を落ち着かせる。
……説明を聞くっていう事は、必然的にライダーと正対するってことだからあんまり意味が無いような気も
するけれどしないよりはマシだろう。
「……話はこっちの部屋でしよう」
なるべくライダーの方を見ないようにそう声を掛けて、ライダーがガラスの破片を踏まないように、進路に
落ちている破片を除けながら歩いて隣の部屋に入る。
この際電気を点けないで……というわけにもいかないか。
電気を点け、座布団を二枚敷いて、そのうちの一枚をぽんと叩いてライダーに座ってもらうように促す。
「……どうも」
何故か台詞までに微妙な間があったが、ライダーは滑らかな動作で座布団の上に正座した。
俺はそれを——なるべく直視しないように確認し、座布団に座らずにそのままお茶を淹れに台所へ行く。
「シロウ、何処へ行くのですか」
「あ……、いや、説明長くなるって言ったからお茶でも淹れようかと思って……」
部屋を出たところでライダーに声を掛けられ、首だけを回して返答する。
と、ライダーは何が気に食わない、というか困ったのか、僅かに眉を顰めた。
「シロウ、私は貴方のサーヴァント。そういった要らぬ気遣いは結構です」
「……あ、あぁ」
その台詞には反論したい事山々だったのだが、ライダーは本当に困っているようだったので、俺はそのまま
身体も回転させて振り向き、曖昧に返事して自分の分の座布団の上に正座した。
それでライダーと正対する形になる、のだが、ライダーが醸し出す雰囲気の所為か。心臓が暴れすことはな
く、逆にこれからようやくこのとんでもない出来事の説明が始まる、という緊張で背筋が伸び、ごくり、と
息を飲む。
意外なライダーの一面を垣間見たりで忘れていたが、そもそも俺はあの男や宝具、といったモノどころか俺
を助けてくれたライダーのことさえ何も知らないのだ。男を石にしたであろう魔眼のこともある。俺はライ
ダーの説明を聞き、しっかりと把握、吟味して思考し、然るべき行動をとらねばならない。
風が止んだのだろう。隣の部屋から聞こえていた風音は途絶え、かちかちかちと、壁掛け時計の音だけがさ
きほどのやり取りから沈黙に包まれている部屋に響く。
そして室内の隅々まで緊張の糸が張り巡らされると同時、ライダーが静かに口を開いた。
「————それでは説明を始めます。
…………まずは聖杯戦争、と呼ばれるもについてですが————」
36 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/17(金) 01:20
interlude-1
「……なんだと」
バゼット・フラガ・マクミレッツは苦虫を噛み殺したような表情で忌々しげに呟いた。
続いて己の左手の甲を親の仇を見るような鋭い目つきで睨みつけ、入れ墨のような紋様——聖杯戦争に参加
するマスターの証であり、サーヴァントに対する三つの絶対命令権である令呪が消えて行くのを見届け、完
全にそれが消え去るのと同時、その左手をブロック塀に思い切り打ちつけた。
「ランサー……、君が、セイバーさえ退けた君が負けたというのか……っ!」
魔力が込められていたのだろう。手の骨ではなくブロック塀の方が派手な音をあげて砕け散る。
バゼットの令呪が消えたその瞬間、それはライダーが魔眼を開放し、ランサーが石化したその時であった。
——そう、聖杯戦争に参加する七騎のサーヴァントのうちが一騎、槍の騎士、サーヴァント。ランサーのマ
スターは彼女である。
魔術協会から聖杯戦争に参加するため選抜、派遣された彼女は、魔術師としてもマスターとしても一流で、
ルーン石で出来たピアスを触媒に呼び出したサーヴァント——アイルランドの光の御子、ケルトの大英雄ク
ーフーリンもまた超一流であった。
先刻はその力を存分に発揮し、この地の管理者遠坂凛と、彼女が駆るサーヴァント——最優と謡われるセイ
バーを仕留める、とはいかないものの、ランサーの持つ宝具——刺し穿つ死棘の槍≪ゲイ・ボルグ≫——を
使い、深手を負わせて退けたところである。
ところが、そこで順風満帆、最高のスタートを切ったと思われる彼女とランサーとの聖杯戦争に一つの邪魔
が入った。一般人の目撃者、偶然に戦場である校庭を通りかかり、その戦闘を目撃してしまった衛宮士郎で
ある。
彼は直ぐに逃げた——その時は別に逃しても構わないと思った、見られたのはセイバーを撃退した後、槍を
しまうランサーの姿だけだった。それだけなら普通の人間には何も判るまい。バゼットもランサーも要らぬ
殺生は好まない——が、士郎が強化の魔術を使って逃げた、魔術師に見られたとなっては話は別だ。
彼女はすぐさまランサーに追って殺すように命令し、自分は離れた、見晴らしの良い交差点で待機していて
——現在のこのザマだ。
「……住宅街の奥、大きい武家屋敷」
バゼットは金の短髪に飛び掛かった破片を苛立たしげな動作で右手払いのけ、怨嗟の声を搾り出した。
ランサーとの最後の念話は「宝具を使う」だった。ということは、そのとき彼が戦っていた相手はサーヴァ
ントで、あの少年もマスターだったということだ。しかもそのサーヴァンとは、最速であるランサーに逃げ
る宝具を使わせる暇も、暇も与えずに殺す、という芸当をやらかしたとんでもない相手。
「無謀だ、無謀極まりない」
だがそれがなんだ、とバゼットは吐き捨てた。
このまま教会——あの男の所に逃げ込む事が別段嫌だという訳ではない。いや、正直なところ嫌だった。ま
だ開始が宣言すらされていない此度の聖杯戦争の最初の脱落者だと彼が知ったらどう思う、どんな顔をする
だろうか。歪んだ彼の事だ、自分に遠慮の欠片も見せずに喜び、愉しみ、哂うだろう。
そんなのは嫌だ、それこそ、このままその屋敷に攻め入って敵のサーヴァントに縊り殺されるよりも。
37 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/17(金) 01:21
「ランサー、私は戦う、どうか見守っていてくれ」
魔術にも格闘にも、驕りではない確かな自信とまわりの評価がある。
代行者の銘は伊達では無い。たとえランサーの後を追う——厳密には彼は死んだのではないが——ことにな
っても、せめて一矢、いや、一死報いてやる。
あの時あの少年から感じた魔力は微々たるものだった。厄介なのは強力なサーヴァントだけ。
「……行くぞ」
そしてバゼットが全身に魔力を張り巡らし、住宅街を駆けようと脚に力を込めた、その瞬間。
「————ねぇ、あなたってマスターでしょ」
——目的地からは逆の坂の上、そこからぞっとするような、怖ろしく冷たい声が響いた。
「チ————」
……しまった、別のマスターか。小さく舌打ちし、振り返るバゼット。
彼女が視線を遣ったその先、爛々と輝く月を背景にバゼットを見下ろすように佇む声の主は、まだ年端も往
かない銀の髪をした小さな少女であった。
「……そういう貴様もマスターだな」
張り巡らした魔力をそのままに、油断無く酷く大人びた、悪戯めいた微笑を湛える少女をはっきりと見据え
る。
こと魔術師を外見で判断してはならない。この少女から感じる魔力は、遠坂の末代や自分のそれに匹敵——
いや、信じられない事に上回っていた。となれば、今は霊体になっているのか姿は見えないが、この少女が
駆るサーヴァントもまた強力であろう。ランサーが居ない今、果たして勝つ——馬鹿な、この相手では逃げ
切れるかどうかさえ判らない。
「……えぇ、私の名前は————って、あれ? 貴方、女だったの」
少女が言葉を区切り目を丸くする。
今のバゼットの格好は上下共に男物のスーツ。しかも鍛えていて体格がよく、短髪の彼女は、夜、遠目から
見ると男にも見えなくはない。だが彼女は確かに女性である。男装の麗人、といったところだろうか。
「……まぁそんなことどうでっていいわ、だって貴方はここで死ぬんだもん」
何が嬉しいのか、少女が歌うようにそう言うと同時、辺りが濃密な殺気に包まれる。
それが少女から発せられるモノにしては禍々し過ぎる、と直感的に察知してバゼットは身構える。
38 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/17(金) 01:23
(……くそ、サーヴァントは隠れているのか……!)
この殺気はサーヴァントから発せられるものだ。姿を見せないということは、相手はアーチャーか、キャス
ターか、はたまたアサシンか。そのどれにしろ、相手が白兵戦型のサーヴァントで無い、という事はバゼッ
トにとっては絶望的だ。視認できない速度で飛んでくる矢や、自分では到底防ぎようのない大魔術、気配さ
え感じさえ無い暗殺。
「……なんだ、貴方のサーヴァントはもうやられちゃったんだ。……つまんないの」
少女は身構えたまま何もしない——実際は出来ないバゼットを見つめ、本当に心底詰まらない、といった風
に口を尖らせた。
そんな少女を見遣りながら、緊張を最高度に保ってバゼットは考える。
このままでは確実にやられるだろう。あの少年に恨み言の一つもぶつけてやれないままだ。
「あーあ。貴方なんか無視して直接お兄ちゃんの所へ行けばよかったなぁ」
これ見よがしに小さな肩を竦めて見せる少女。
——事を起すのなら少女が意味の無い御喋りをしていれくれている今か。
バゼットが脚と魔術刻印に力を込めた。
……自分の能力は知り尽くしている。この距離なら二息。
少年を殺す事も、ここから逃げることも出来ないのならば道は無理矢理切り開くしかない。
体つきた仕草や動作から見るにこの少女は対術に関しては素人だ。いや、そんなことはどうでもいい。
大事なのは自分自身の気の持ちようだ。ランサーがやられて自分は少々参っている節がある。そこにこんな
出鱈目な魔力を持った魔術師だ。思考が暗い方向に行くのも無理は無い。
——アイツが私を見て哂っている。
きっとそうだ。こんな状況になった私を見て愉しそうに哂っているに違いない。
私がここで殺されると思って、確信して哂っているに違いない。
——だが、そんなものは幻想だ。
私は代行者だ。私は選ばれたマスターだ。遠坂の末代にもひけをとらぬ一流の魔術師だ。
私はランサーと共に戦い、セイバーを退けたマスターだ。
そんな私がこんなところで死んでなるものか。
だから見ていろ、言峰。だから待っていろ、名も知らぬ少年。だから見守っていてくれ、ランサー。
私は全力で戦い、あわよくばこの少女から令呪を奪い、今一度マスターとして聖杯戦争に復帰——いや、ま
だ脱落などしていない——!
バゼットが左手を握り締める。
そして地を蹴り、少女に飛び掛ろうとして————
「もういいや、やっちゃえ」
——少女がそう謡うように宣言するのと同時、
1その身を無数の黒い短剣に貫かれた
2その身を無数の銀の矢に貫かれた
3半身を一本の巨大な矢に吹き飛ばされた
4心臓を何か腕のようなものに握りつぶされた
5突如目の前に現れた鉛色の巨人に身体を掴みあげられた
投票結果
最終更新:2006年09月03日 19:31