863 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/05/23(水) 04:16:35
だがそれでも心配だ、一成の後をつける事にする。
目を閉じ、一度息を吸い、吐く。
目を開け、戸を開ける前に一成の足音を探る。
……石を踏む音が止まりアスファルトを踏みしめる音に変化した。
動きに躊躇はない。
振り返って後方を確認している様子はない。
それでも一応警戒し、音を抑えて戸を開け、壁から僅かに身を乗り出す。
一成の背中を確認、振り返る様子はない。
……しまったな、身を隠すような場所がない。
つまりもし振り返られたら確実に見つかるって事か。
身を隠すような器用な魔術なんてできないし。
ちらりと逆方向を見る。人影はない。
だったら追跡は出来る。
要は発見されなければ良いんだから。
霧島家は数百メートル先の角を曲がってすぐにある。
加えて普通ならば目的の場所が見つかれば視線はそちらに釘付けになるはずだ。
時間は数秒で良い。
角を曲がって視界から消えた直後に脚力を強化し、一気に追い付く。
音を立てないように電柱を掴み、足ではなく右腕で行動を管制する。
「っ……!」
途方もなく痛い。
今は頭よりも腕が痛いが、痛いと声を上げるわけにも行かない。
右腕を押さえながら身を乗り出す。
周囲を見渡すが、やはり一成以外の人影はない。
背にした壁先の家屋から何かの音が聞こえるが、それだけだ。
考えるのはそこまでにして、意識を一成の方に向け、今度は視力を強化する。
一成の視線の先を可能な限り追う。
駐車場には、二台ほど駐車可能なスペースに一台だけ止められている。
全員が一台に同乗したと考えればあり得るだろう。
続いて視線を移した玄関先の鉢植えには苺がなっている。
実はまだ赤くなりきっておらず、食べたら甘くはないだろうが、葉は萎れることもなく青々としている。
続いて郵便受けや窓などに視線を向けていく。
郵便受けには今日の新聞が残っており、窓には全て鍵がかかっているようだった。
一成はしばし考え込んだ後、チャイムを鳴らした。
数分経過し、まるで反応がない事に少しだけ安堵する。
もしここで霧島本人か、その家族が出てきたとすれば、それはまだここがアジトだという事に他ならず、一成が危険だ。
そうなっていたとしたら……やっぱり飛びだしていたんだろうなあ。
やがて諦めたのか、不在だと確信したのか一成が立ち去るのを見送り、再び安堵した。
一応は安心だが、やはり確認しなければならないだろう。
もしかしたら何か、情報が得られるかも知れない。
特に、次のアジトの、例えヒントになるものでもあるならば……
腕を軽く振るい、深呼吸をしてから一歩を踏み出す。
予想通り、昨日と同じく玄関の鍵は掛かっていなかった。
既に深夜だったあの時と違い、屋内の様子は詳らかになっている。
靴を脱ぎ、片手に持って室内に入る。
「お邪魔します……」
残された幾つかのゴミではなく、机の上に置かれたままの地図をチェックする。
「……ま、こんな所にヒントがあるはずもないか」
幾つか折り目の付いているページはあったが、全国地図だったのもあって見事に観光地だらけだ。
地図をパタンと閉じて机の上に置き直す。
「市内の地図はないか?」
本棚を一冊一冊チェックする。
……無い、か。
替わりにというわけでもないが辞典の類が多いのは分かった。
「それに、この辺りは新しい本だらけだな」
埃や手垢のまったく付いていない新しい本は、上司としての心構えを解く本の類が並んでいた。
「……プレッシャーだったんだろうな」
なにしろあの一成の後の生徒会長だ。
多分完璧であってギリギリ合格。
そこから先は完全に減点されていくような、針のむしろに座り続けるようなものだったのだろう。
あの後少しだけ聞いた話だが、あのJ.B.という男は、心の隙間につけ込むような事を得意としているらしい。
そしてつけ込む隙は、嫌と言うほどあったのだろうな。
……今はそんなことを考えている暇はない。
地図……冬木か、S市の地図を探さなければ。
突然ごとり、と。
何か音が聞こえた。
「——!?」
壁を背に、頭の中に剣の設計図を走らせる。
咄嗟だったからなのか、それが最善だとどこかで考えたのか、靴は座布団の上に放置した。
——先程の音は入り口の方向からだった、そして戸を開けたような音はしなかった……誰だ?
気配を隠すつもりもないのか、放置された邪魔なゴミを蹴散らして歩いてくる。
——近付いている?
気付かれているのか?
気付かれていないのか?
最終更新:2007年11月24日 13:52