208 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/06/18(月) 04:34:43

その言葉を出すまでに散々に迷った。
だがそれでも、衛宮士郎の結論は決まっていた。
迷いの時間は、ネガティブな思考を切り削ぐ為だけに用いられた。
心構えを作り、知った上で進む。
かつて無知故に大切な人を傷つけた故か、ただただ衛宮士郎の在り方としての思考故か。
ともかく、結論は一つだった。
「……話してくれ、イリヤ」
イリヤはその言葉を、光が100万キロほど進む時間反芻する。
そして一度だけ深呼吸し。
「そうよね、シロウだもん、そう言うわよね」
寂しそうに笑顔を見せた。

「もしかしたら、不和の種を撒くために、わざと私にこの話を聞かせたのかもしれない、ってことは頭に入れておいてね」
笑顔を止めて、険しい顔になる。
その言葉に頷いて、耳を傾ける。
「今日の朝、笑い声が聞こえたの」
「笑い声?」
「そう、笑い声……耳障りな、男とも女とも分からない、二人が全く同時に発したような笑い声」
双子の姉妹が同じ歌を全く同時に歌う映像というのを以前テレビで見たことがある。
原理はどんなものだったか忘れてしまったが、僅かに声のトーンを変えることで互いに増幅させ、より素晴らしい歌声になるのだと言う。
あれを男と女に置き換えて笑わせる……どうにも想像できないが、そう言った物なのだろうか。
「それが気になってね、そっちに向かったわ、あの壁に開いた大穴の所よ」
「土蔵の近くのあそこか……そういえば修理はしていなかったな」
穴を塞いで塗り直すとなれば一日がかりの大仕事となるが、魔術による修繕ならばすぐに終わると言っていたし、後で遠坂に頼んでおこう。
「隠れていたから姿は見えなかったけど、その人物は言ったわ『君は機を見て衛宮士郎君を裏切り、アレを手に入れてくれ』ってね」
「裏切る……だって?」
「そう、そいつはシロウを裏切る、と言ったのよ……相手も見えなかったからこの話はシロウにしかしていないわ」
思わず周囲を警戒する。
周囲には誰も居ないが、それでも急激に居心地が悪くなる。
この家の中で裏切りだって?
とても信じられるモノではない。
「一応、殆ど一日中シロウの側でチェックしたけど危険要素は見つからなかったから、危害を加えるつもりかどうかは分からないけど……それだけに不気味ね。
 ヴェルナーの話でもそれらしい存在は確認できなかった、と言っているわ」
だが、イリヤが嘘を言っているようには思えない。


……しかし、『アレ』とは何だ?
心当たりは全くない。
例えば……値打ちの代物?
だが思い当たるような代物はない。
家やら土地の権利書なんかの類は藤村の爺さんが一括して管理してくれているし、そもそも対象が資産的価値の高い代物だとすれば他の場所に幾らだってあるだろう。
遠坂やルヴィアの私物の中には魔術的価値の高い代物はあるかもしれないが……だとすれば『衛宮士郎を裏切り』の部分と繋がらない。
「それでね、一応精神操作の可能性を追跡してみたわ」
思考の海の中に沈んでいきそうだったところでイリヤの声が耳に入ってくる。
「それじゃ、結果は?」
「まず、ユキカ達はシロだったわ、微弱な魔力を流して反応を見てみたんだけど、特に異常は確認できなかった……とは言っても、魔術を用いない方法、後催眠の可能性を考えれば万全ではないけど」
そっち方面は全くもって分からないからパスせざるを得ないわね、とイリヤが続ける。
「そっか、とりあえず……一安心、かな」
実のところちっとも安心ではないが、最低限巻き込んではいない、と考えて良いだろう。
「それでね、この家のサーヴァントの何人かにも同じようにしてみたんだけど……シロウ、聞いてる?」
恐らく緩みきった顔をしていたのだろう、イリヤが睨み付ける。
「ああ、聞いている、ちょっと気を抜いただけだよ」
勿論、気を抜いていい話ではないのだが。
「シロウのキャスターに関しては問題無さそうね、魔術への抵抗力が一般人と変わらないのには驚いたけど、宝具の一点特化型だとすればあり得ない事じゃないわね。
 それから同じようにルヴィアゼリッタのジェネラル、サクラのライダー二人も同じくパスしたわ、まあ、通常状態との比較を行えていないからその点でも完璧じゃないのは自覚しているけど……」
イリヤの声が僅かに沈んだのが分かった。
そしてそれが何を意味するのか、すぐに想像できてしまった。

209 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/06/18(月) 04:37:06

「それじゃ……先生やなのは達に何かあった、って事か?」
あの三人は、ともすれば忘れてしまうが、三人ともサーヴァントなのだ。
「何かあった、ってわけじゃないのよ……セイバーは問題なかったし……ただね」
思考の沼から這い出すようにイリヤが声を発する。
「この家の子供達を調べたんだけどね……4人とも、バケモノよ」
子供達、4人。
顔が順繰りに浮かぶ。
なのは、フェイト、ノイン、ホリィ。
「バケモノだって? あの4人が?」
「シロウ、声が大きい」
「ああ……悪い、それで、それは本当なのか?」
一度だけ深く呼吸する。
そしてちらりと居間の方を見る。
「そうよ、さっきの、ホリィって子にも同様に、肌に触れて魔力を流したわ」
さっきの、玄関のアレか。
……玄関をくぐり相対したあの一瞬でそこまで考えていたというのは、感嘆する他ない。
「それで、何かがあったって事、だよな」
疑問符をつけぬ質問に、イリヤが頷く。
「そう、魔力に対する反応が、他の人間に比べて過剰だった、って言えば分かる?」
「詳しくは分からないけど……魔力が、途方もない、って事か?」
「正解、リンのサーヴァントだって言うあの二人は……これも異常だし、見た目が若すぎるけど問題はないわ、途方もない魔力を扱うってのはキャスターならば当然あり得ることだし、でもね」
「あの二人も同様だ、ってのは変、って事か」
「ええ、仮に反応がただの才能による物だったとしたら余計に、ね」
こくりと、イリヤが頷く。

確かにそうだ。
昨日この家での戦いを直接見たわけではないが、二人が展開させたという結界がきっちりと戦闘機の直撃を防いだという事実が一つ。
そして遠坂達から聞かされた戦いの内容と庭や壁に残された痕跡を見れば、戦いが非常に高度であったことを示していたし、それを生き残った、という点からしても、総合戦闘力を含めて優秀であると言うことは容易に想像できる。

壁に体重を預け、そのまま足から力を抜く。
とさりと廊下に座り込み、溜息をつく。
「つまり、残った二人が怪しい、同時に、この家に来た時期を考えれば……って事か」
そこから先は言葉にしない。
言ってしまえば、何かが壊れてしまう気がしたから。
そうだ、知ってしまった以上、誰も、家族を、友達を、知己の人間達を疑わずに居ることなんて、出来るのか?
天井を眺める。
何も考えないように、天井を眺める。

気付けば、イリヤがよしよしと頭を撫でてくれる。
その行為に、少しだけ涙が出そうになった。
「最初に言ったとおり、不和の種を撒いて攪乱させるためにわざとやっている、って可能性だってあるし、私がミスしている可能性だってあるのよ」
「そうかも、しれないけどさ」
自分の声が少し掠れているのが分かってしまった。
「それでも不安ならね? 私一人を疑いなさい、私が貴方達を攪乱させるためにやっているのだと、そう思いなさい」
頭を撫でていたその手をそのまま回し、抱きしめる。
慰められたわけではない、そして事態は何も解決していない。
だが、理由もなく安堵した。
「ありがとう、イリヤ」
それだけを言って、イリヤを抱き返した。

「うん、それじゃ私の話はこれでお仕舞い、寂しいけど、お城の方に帰らなきゃ」
身体が離れ、寂しげに微笑むのが見えた。
「そっか……今日はありがとな、イリヤ」
「ううん、私の方こそ、ごめんね、シロウ、それじゃあ、またね」
それだけ言って、イリヤが背を向ける。

立ち上がり——


フォレスト・ガンプ:イリヤを森まで送っていく事にする
ショーシャンクの空に:「ああ、またな」出来るだけの笑顔で、その背中を見送った

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最終更新:2007年11月24日 14:02