386 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/07/04(水) 04:39:19
「それじゃ桜は道場のみんなを呼んできてくれ」
消去法の選択である。
やはり運動の後は女性からタオルを受け取りたい物だと思う。
……女性陣ならば逆なのかもしれないが、言葉には既に出してしまったことだし、桜も意を汲んでくれたのかタオルをまとめて棚から出している事でもあるし、撤回するのはやめておこう。
「……さて」
こっちはこっちで、とりあえず水と温めのお茶くらいは持って行くことにしよう。
水は冷蔵庫にガラス瓶で冷やしてあるし、お湯はポットに入っているので茶葉を交換するだけで良いので用意は簡単だ。
魔法瓶とはいえ、朝方ポットに入れたお湯は僅かに冷め始めており、温めのお茶を入れる際には丁度良かった。
やることは急須にお湯を注ぎ込むだけで良い。
「それじゃ盛りつけ、頼むな」
盆の上に急須と瓶を乗せて一声掛ける。
「うむ、任された」
氷室は盛りつけに集中しているのか、振り向かずに声だけで返答した。
「……っと」
何気なく襖に手を掛けようとして思いとどまる。
昨日の風呂の時と同じように無造作に入ったら……この場合は着替え中でした、なんてことになったら大変なことである。
道場から身体を動かして良い感じに温まった何人もが勢いに任せて襲いかかってくるかもしれない。
体験した中では遠坂の正拳突き、それも顎への一撃が最も強烈だったが、この場合もっと痛い目に遭う、きっと。
そんなことを考えながらノックをしたが、返事がない。
「寝てるのかな? 三枝さん、入るよー」
休ませている、というのが眠っているのかどうなのか分からなかったがどうやら眠っているという解釈で良さそうだ。
部屋の中では三枝さんが寝息立てていた。
嘔吐こそ無かったとはいえ、確実に重度の乗り物酔いだったから心配していたのだが、冷や汗もなく状態は落ち着いている。
あとは吐き気とか頭痛があるか確認して、無ければ問題はないだろう。
自分で撒いた種だったこともあり、一日で問題が解決して安堵した。
乗り物酔いで死亡した、なんて例もあるし、そこまで行かなくても強烈な脱水症状で入院、なんて事にでもなったらいろんな人に申し訳が立たない。
「……衛宮くん?」
「あ……起こしちゃったか……身体の調子はどう? 痺れとか頭痛とかある?」
「頭がまだ少し……でももう大丈夫ですから」
三枝さんが身体を起こそうとする。
「あ、無理はしないでいいよ、もう一晩泊まってもらうことにしたから」
「……え? いいんですか?」
ぽかん、としている。
「そりゃあ、三枝さんがこんな状況になったのは俺が原因だからね、言い方は悪いけど撒いた種の処理はやらないとならないだろ?」
「で、でもこうなったのは私が乗り物に弱いからですし……」
「それを知らずにあのバイクに乗せちゃった責任もある、って事でさ……な?」
ここで水掛け論になっても始まらないし、ここは勢いで話をつけてしまうことにしよう。
「え、衛宮くん、顔、近いです……」
「あ……ごめん、とりあえず顔赤くしながら目を瞑らなくて良いからね?
そう言うことをされるとこっちまで赤くなってしまうではないか。
「えっと、立てる?」
「は、はいっ、立てますっ……」
慌てて立ち上がり、そのままふらりと倒れそうになった。
咄嗟に手を取って支える。
ここで頭を打ったらそれこそ大変だ。
……察するに、じっとしていれば大丈夫だが動くと危ないって状態かな?
「寝た状態から急に動くと危ないよ、とりあえずお茶か水を……どっちが良い?」
盆の上の急須とガラス瓶を指差しながら聞いてみる。
「ごめんなさい……とりあえずお茶飲みますね」
「あ、俺が煎れるから……はいどうぞ」
ついでに自分の分も煎れて一緒に一杯いただくことにする。
「なんだか、こういうのって落ち着きますねー」
「ああ、そうだな」
おかわりの一杯を注ぎながら相槌を打つ。
考えてみればこういう風に何をするでもなくゆっくりする、なんて言うのは何日ぶりだろうか。
ここ数日は——別にその事に不満があるわけではないが——本当に怒号の如き慌ただしさだったから、こういうほんわかとした空気に触れているのは嬉しい事だと思う。
「そういえば昨日の夜寝る前になのはちゃんとフェイトちゃんがですね——」
何気ない話をして、笑いあう。
こんな日常、その繰り返しこそ宝なんだと、心から思う。
「それじゃあ、そろそろ行こうか、立てるかい?」
最終更新:2007年11月24日 14:10