546 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/07/13(金) 04:15:21

『その事』に最初に気付いたのは彼女だった。
言い争いが深刻になったら止めよう程度には思っていたが、これから始まるであろう争いは傍観するつもりで余り集中していなかった

ことによるのか。
それとも曲がりなりにも彼と契約を結んだ故か。
とにかく、最初に気付いたのは彼女だった。


一触即発、もしくは火薬庫での火遊び。
「あー、ちょっと良い?」
そんな状態の中、暢気な、軽いノリの声が響く。
「名城さん?」
「なんでしょう、ミスナシロ?」
当事者二人は睨み付けるような視線を送るが、名城は冷や汗を我慢するような表情でその視線を受け入れる。
「うん……それはわかってるんだけどねー」
くいくいと、ボロ雑巾のように床に投げ出されて倒れ伏す衛宮士郎を指差す。
「なんか息してないんだけど、どうしよう?」

数秒の間。
全員が言葉の意味を咀嚼するだけの時間が経過し、

『な、なんだってー!』

その直後から状況は激烈に動いた。
言い争う気持ちは微塵に吹き飛び、とにかく協力して呼吸を回復させようとする。
勿論それはそう言う状況に追い込んだ遠坂凛も同様で、飛びかかるように体に覆い被さりまず鼓動を確認する。
「心臓は動いてる、でも呼吸は全然してない、と、とにかく気道確保をして自立呼吸を回復させないと……」
「姉さん、どいて!」
桜は必死に記憶をたどりながら、気道を確保し、人工呼吸を開始した。



目が覚めてから、そんな話を聞かされた。
「……そっか」
なんだか怒る気も起きない。
とにかく生きてて良かったなぁって思った。
不意に、頬に水を感じた。
これは……涙、だ。
「桜、一体どうしたんだ?」
無言のまま、桜が胸元に顔を埋める。
「……不安だったんです、このまま目を覚まさないんじゃないかって……それに」
「それに?」
まだ他に、桜を心配させるようなことをしてしまっただろうか?
「他の誰かに、先輩を連れて行かれちゃうんじゃないかっていうのが、ずっと不安なんです。
 みんな美人だし、姉さんも、ルヴィアさんも、ライダーも、イリヤちゃんだって、先輩のこと、大好きですから、だから……」
「桜」
胸元の桜を抱きしめる。
「確かにみんな美人だ、だけどさ、俺が誰を好きかっていうのは、それと別だろ?」
「せん、ぱい」
「もしかしたらさ、そう言うことだって有り得たかもしれないけど、それは起こらなかった、俺は桜を選んだ、それで良いんじゃない

かな?」
片方の手の力を緩めて、頬を軽く掻く。
どうにも恥ずかしいことを言ってしまったなぁという自覚があった。

だけど、言わなかったこと、言っておかなければならないこともあった。
「それにさ……ずっと、ずっと考えてた事がある」
我知らず、抱きしめた腕に力を込める。
「けじめとか、そう言うことを」
「けじ、め……」
桜の体が震えている。
何を言わんとしているのか想像してしまったのだろう。
「俺はさ、『あの時』桜のやったことを、許す事も受け入れることも出来ないし、そこまで追い込んでしまった俺自身も、許せないと

思う」
それは『かつての理想<<正義の味方>>』として。
「だから、俺は笑っていて良いんだろうか、とか、そもそもここで生きてて良いのか、とか」
それは衛宮士郎自身として。
「でも、だからこそ、なんだと思う……その事を悩み続けようと思う、考え続けようと思う……桜と一緒に」
それは桜の味方としての答え。
「だからこれからも……よろしくお願いします」
「……はいっ、ずっと、ずーっと、よろしくお願いします」
桜は笑顔を見せてくれて。
「それじゃ、その……みんなと夕食に、しましょう……か?」
それだけのことで、理性と衝動のバランスが崩れてしまった。
桜の視線が顔から下へ向かって、盛り上がった一点で止まった。
「その……すまん」
「いいえ、良いんですよ、もう何日もしてませんでしたから……それじゃ、夕食の前に、私を食べちゃってください」


余談ではあるが。
隣室には心配だから、興味があるからと何人も集まっており、筒抜けであった、色々と。


甲:その隣室では
掌:一方の居間では
指:その後の居間にて

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最終更新:2007年11月24日 14:18