911 :907:2007/12/06(木) 20:42:41



 何が起きたのかを理解するために、俺は現状の分析に努めた。

 まず、藤ねえと久しぶりに剣道の試合をすることになった。
 次に道場で道具入れを漁ったところで、防具が発酵していることに気がついた。
 よって、試合は防具なしの寸止めの勝負となった。
 防具のない状況で魔術で強化した打ち込みを藤ねえにする訳にはいかない。
 だから、俺は魔術は使わないことにした。
 OK、ここまではいい。
 俺が試合前にちゃんと確認済みのことだ。
 なら、問題はそれ以外にあるのだ。

 ここ五年の間で、俺はそれなりの修羅場を潜ったという自負があった。
 魔術師との命のやりとり、戦場での活動、二体のあくまによる虐め、および人災。
 それらを経て、俺が強くなったことに疑いはない。
 だが、その自信こそが落とし穴だったのだ。

 俺の見落としていた事実。
 第一に、道場は特殊な舞台であること。
 隠れる場所も障害物も、なーんにもない。
 つまり俺が培ってきた技術の半分は使用不可能だ。
 第二に、これはあくまで剣技による勝負であり、体技は使用しないこと。
 これにより残った技術の三分の二ぐらいは使えない。
 第三に、相手が藤ねえであったということ。
 どうも忘れがちなのだが、彼女は剣道にかけては怪物である。
 青春の多くを費やしたその実力は疑いようもない。
 おまけに五年前の敗北は、藤ねえを剣術家として一回り成長させていたらしい。
 さらに、藤ねえは実力を十二分に発揮でき、俺の成果は半減する状況下での試合だ。
 だから、床に這いつくばっている現状は仕方がないことだった。
 負け惜しみでも何でもなく、違う状況なら勝ち目もあったに違いないのだ、たぶん。

 さて、俺が床に顔を着けるまでの経過はこうだ。
 最初の数本は秩序ある試合形式だったのだが、なにしろ第三者の居ない決闘である。
 俺たちは回を重ねる毎に熱が入り、ついにカウンターで打ち込みをくらってしまったのだ。
 無様にリングに沈んだ俺を、藤ねえはさながらガキ大将の如く見下ろしていた。
 ちなみに、俺は藤ねえから一本も取っていない。

「平気? もー、士郎はやっぱり剣の方はダメね~」
「…くそ、思いっ切り打ち込みやがって。
 寸止めの約束はどうなったんだよ」
「大丈夫、大丈夫。危ないところには入れてないから」
「そういう問題じゃないだろーが。
 ……もう一本だ、藤ねえ」
「あれ、まだやるの?」
「やめない。
 藤ねえを慌てさせるまではやめない」
「へー、諦め悪いのは士郎の専売特許だものねー。
 本当にゴキブリ並みなんだから」
「……悪かったな」

 俺は一息で立ち上がった。
 あれだけ見事に打ち込んでおきながら、どこかが痛んだりはしない。
 それが実力差をはっきりと示しているようで、このまま引き下がる気にならなかった。

「よろしい。では、かかってきなさい」

 ぎゅっと両手の内を締め、俺は藤ねえに竹刀を向けた。
 切っ先に藤ねえの姿が見える。
 構えからして、明らかに純粋な剣の腕が段違いだと理解できた。
 敵うわけがないのだが――それで諦めるつもりもない。
 俺は掛け声とともに藤ねえに斬りかかった。

 だが、展開としてはそれまでの試合と変わらなかった。
 藤ねえは最初、俺に攻めさせる。
 俺は引き出しを総動員して打ち込んでいくのだが、その悉くを防がれるのだ。
 さっきも、思いついた攻め方を難なくあしらわれた。
 そして、俺が攻め手を失ったと見るや否や、藤ねえは攻勢に出てくる。
 二度三度とそれを防ぐ間に、詰め将棋のように俺は敗北を喫している。
 それが何度となく繰り返されたパターンだった。

 それまでと違わず、俺は構えが崩されたところに打ち込みをくらってひっくり返った。
 だが、そこでパターンとは違う事態が起こった。
 何かがひしゃげる音がした。
 メキ、とかミシリ、みたいな音だった。
 見ると、手にした竹刀が折れていた。
 無理矢理に避けようとしてすっ転んだ俺は、竹刀に体重をかけてしまったらしい。

「あちゃー、やっちゃったか…」

 真ん中から綺麗にささくれ立った、元は竹刀だったものをしげしげと見つめる。
 どうやら修復の余地はなさそうだった。
 考えてみれば、大した手入れもせずに割れもしなかったのが幸運だったのだ。

「ちょっと大丈夫、士郎?
 割れたので怪我したりしてない?」
「俺は大丈夫だ。
 …けど、こっちの方は駄目だな。
 ちょっと待っててくれ、代えの竹刀を探すから」

 こんなアクシデントで終わるのはごめんだった。
 こうなったらトコトンまでやってやるのだ。
 そう、俺はゴキブリなのだ。
 いや、ゴキブリ並みのしぶとさなのだ。

 俺は小脇にある倉庫まで跳んでいった。

 :::::::君の行く道::::::::

 倉庫の中には雑多にガラクタが詰め込まれていた。
 俺はここを使った記憶が殆どない。
 だから、備蓄されているものの大半は藤ねえか切嗣のものなのだと思う。

「うわ、埃がすごいな…」

 煙のように舞い上がる土埃に顔をしかめ、俺は足を進めた。
 中に入ると、学生時代の体育倉庫を髣髴させるラインナップが出迎えてくれた。
 球体ではなくなったボールから、用途不明の鉄棒、中身のわからないダンボール。
 そんな有象無象の中で、俺はかすかな記憶を頼りに竹刀の姿を探した。

「確か…爺さんはここから竹刀を持ってきた筈なんだけど……」

 俺は十数年前の記憶を手繰りながら発掘を開始した。
 あまり期待できないことは理解しながら、半ば意地で作業を続けた。
 考古学者はきっとこんな気持ちで遺跡を掘るんだろう。
 それをライフ・ワークにするタフさには頭が下がる。
 でも、しんどい仕事ではあっても、その代わりに成果があったときの喜びは筆舌に尽くし難いに違いない。
 現に、ガラクタの中から竹刀らしきガラクタを発見したとき、俺の口は自然に笑みの形を作った。

 だが考古学にも、肩透かしは少なからずあるのだろう。
 発掘した品は竹刀ではあったが、俺の予想したものではなかった。
 それは二刀流用の短い竹刀だった。
 詳しくは知らないが、太刀ではなく脇差の方だ。

 数分前なら、二刀用の竹刀があったことは嬉しかった。
 一応は俺の得意とする型であるからだ。
 とはいえ、太刀の方がないのでは脇差一刀流ということになる。
 二刀流でだって、魔術抜きで藤ねえ相手に戦えるか疑問符がつく。
 脇差一本ならどうなるかは言うまでもない。

 念のために土蔵の方も探してみたが、やはり竹刀はなかった。
 あるのは脇差一本きりだ。

 途方に暮れて、俺は頬を掻きながら土蔵の中を見渡した。
 そのとき、昔に作ったガラクタが目についた。

「あ、そっか。バカだな、俺は。
 『投影』すればいいんじゃないか」

 魔術禁止の試合とはいえ、竹刀を投影で作ることぐらいはいいだろう。
 竹刀がなければ試合もできないのだし。

 そうすると、投影すべきは何かが問題だ。
 脇差の方は手元にあるから、投影するのに支障はない。
 けれど、太刀はあやふやなイメージで作ることになる。
 正確に作れるか、絶対とは言えない。

 まずは試しにと、俺は脇差竹刀を投影をしてみた。
 容易い成功だった。
 しかも両の手に短剣を執るというのは、何故か体に馴染んでいた。
 初めての経験だというのに違和感がなかった。

 だが、二刀流というのは長短の刀を使うものだ。
 短刀を両手に握るのは防御に優れるかもしれないけど、もはや剣術ではないのではないか?
 それに脇差二本の手本にすべき型を俺は知らない。

「……うーん」

 両手の竹刀を振るってみた。
 やはり不思議と自然に体が動いてくれた。


 1:短剣二刀で藤ねえと試合する。
 2:やっぱり普通の竹刀を投影する。
 3:巌流島作戦でいこう。

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最終更新:2008年01月17日 18:02