215 :五年後にて ◆dJsTzPZ4UE:2007/12/26(水) 18:48:17


 選択の余地はない。
 きっと藤ねえは怒るだろう。
 だが救うためには、最速で確実の手段を取るしかない。
 迷わず、当て身で藤ねえの意識を刈り取った。
 兄妹の姿は見なかった。

 思い悩む暇はなかった。
 藤ねえを肩に、走り出す。
 担ぐのは容易かった。
 俺はこの五年で確かに大きく、強くなった。
 それでも、抱えていられるのは藤ねえ一人だけだった。
 何のために魔術を学んだのか。
 普通の人たちでは救えないものを救うためではないのか。

 呻き声が聞こえていた。
 自分の声だった。
 まなじりから、水滴が流れた。
 獣の吐息を間近に感じている。
 後ろを振り返りたかった。
 肩が重い。
 それは何の重さなのか。
 助けたかった。
 生きたかった。
 だから、重くとも、背負っていくしかない。
 平穏の待つ岸が遠い。
 ここまで来たのは俺自身だった。
 だから、俺が走っている。
 逃げるようにして走っている。

 足場が崩れた。
 紙一重で側の鉄骨に掴まった。
 橋が半ばから割れ、崩れていく。
 足場自体が、かろうじてぶら下がったような状態。
 橋上のアスファルトが、鉄塊が、車が、死体が、雪崩を起す。
 残骸が上から降り注ぎ、川面に水柱が立つ。

 河の中洲に物が漂着するように、幾つかの残骸は鉄骨の網にかかった。
 車が、ぎりぎりの位置で引っかかっている。
 衝撃で出口が出来たのか、兄妹がそこから這い出ようとしていた。
 上からでも、はっきりと見える。
 ――最後まで見ろ。
 そう言われているようだった。
 切嗣も……かつて、こんな想いを感じたのだろうか。

 ::::::::Last Flight:::::::::

 いつの間にか、水平線の上に陽が落ちている。
 かつて橋上で見た夕日は穏やかなものだった。
 あのときは、横に彼女が居た。
 新都からの帰りだった。
 彼女は何を見ていたのだったか。

 遠く、斜めに見上げた。
 走った方向とは正反対の岸。
 足場が崩れたことで、河の中央に引き戻されている。
 如何に強化の魔術といっても、超人になったわけではない。
 藤ねえを抱え、岸に至るまでにどれだけの時間がかかるのか。
 橋はすぐにでも、完全に崩壊する。
 それに間に合うのか。
 河に飛び込むのは論外だ。
 着水時、河の中の鉄骨にぶつかれば藤ねえを危険に晒す。
 そうならなくても、上から鉄塊が振ってくる。
 橋の崩壊に巻き込まれても死ぬ。
 藤ねえを連れて、圏外まで泳ぎきるのは不可能だろう。

 赤い世界で、何かがふと動いた。
 兄が妹を胸に抱いて、無謀にも鉄骨をよじ登ろうとしていた。
 通常の手段として、救助を待つ、という手もある。
 だがそれは絶望的だと、あの子も判っているのだろう。
 目を逸らして、空を仰いだ。
 生き延びる方法は、他にもある。
 恐らく確実なものが一つだけ。
 ――人間に不可能なら、人でなくなればいい。
 世界との契約。
 自分を奴隷として売り飛ばす。
 倫敦で、ある講師が訊ねもしないのに教えてくれた。
 世界からのバックアップさえあれば、藤ねえはおろか、あの兄妹すら救えるだろう。
 冷静に考えれば、これが最善の手段だ。

 妹が泣いていた。
 声を上げたいのに、それを堪え、兄にしがみついている。
 見たくなくても、目に入り、耳に入ってくる。
 ……あと一つ、賭けにしかならない手段がある。
 あの兄妹も助けられるかもしれない。
 しかし、百が億になるような賭けだ。
 固有結界で、俺を含めて四人を取り込み、崩落圏外へ再出現。
 理想的だった。
 だが、理想でしかない。
 今まで再出現座標の移動をした事がない。
 実際に出来るのかが判らない。
 出来たとしても、あの講師の話では、岸まで移動するのは難しい。
 かといって、起動すれば俺の魔力は数秒で底をつく。
 疲労した俺では、圏外の河に出現しても泳ぎ切れない。
 それでは藤ねえも子供たちも助かるまい。
 都合よく中州でもない限り、この方法は使えないのだ。

 岸までの距離を測った。
 …俺一人ならば、確実に間に合う。
 だが、それは許されることなのか。

 橋が軋んだ。
 決断は、今、しなければならない。


 1:鉄骨を登っていく。
 2:河に飛び込む。
 3:救助を待つ。
 4:「――契約しよう」
 5:「――I am the bone of my sword.」
 6:藤ねえを置いて、一人で岸まで登る。
 7:でっかい剣を作って河に立っていられないものだろうか?
 8:藤ねえを起して、それぞれに岸を目指す。

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最終更新:2008年01月17日 18:13