227 名前: Fateサスペンス劇場 ◆7hlrIIlK1U [sage] 投稿日: 2006/08/20(日) 21:33:47
二、ルヴィアを誘って泳ぎにいこう。
夕焼けに燃える海のなか、ルヴィアの髪が踊っていた。オレンジがかった黄金の髪。彼女自身はあまり好きじゃないようだけど、俺から見ればあまりに綺麗で輝いていて、太陽がもう一つあるようだった。
ルヴィアの表情は、時計塔にいた時と違っている。どこか近寄りがたい高貴なオーラが薄まっていて、そのかわり親しみやすい優しさが浮かんでいた。
揺れて踊る柔らかな体。あまりに洗練されたラインにクラッときた。本当に、信じられなくなってくる。今は水着に包まれてるあの肢体。波と戯れてこぼれるあの笑顔。女神のように魅力的すぎる彼女の全てを、俺は自由にしていたという事に。
「もうっ、シェロったら何を呆っとしてますの?」
「ああ、ルヴィアが綺麗だなって」
てっきり、当然ですわ、なんていう自信満々な反応を返すと思ってそう応えたのに、ルヴィアときたら真っ赤になって沈黙してしまった。そう予想外の不意打ちをくらうと、俺だってその、なんだ。……困るんだが、いろいろと。
気まずい沈黙が流れていく。波間に浮かんで、向き合う男女。何か言おうとルヴィアの唇が震える度、その柔らかさが脳裏に浮かんでくる。
「…………お、……泳ごうか」
「え、ええ……。そうですわね……」
太陽は既に海に潜り、空はもうすぐ暗くなる。最後に、少し泳ごう。夜までは短く、人生は長い。少し寂しい気もするけど、語り合う時間はいくらでも残っているんだから。
「星が……、綺麗だな」
「ええ……」
夜の浜辺に、二人並んで座っている。静かだ。肩が、ルヴィアの細いそれとそっと触れあう。二人とも突然の体温に驚いてしまったけど、やがてルヴィアはおずおずと寄り掛かって来てくれた。抱き寄せるとうっとりしてくれる。暖かく柔らかいルヴィアの体。二人っきりの世界。それはまるで……。
「まるで遭難したみたいだな」
「本当に遭難してますわ……」
そうはっきり言わないでくれると嬉しいのだが。まあ、それはともかく、ここの島は一体どの辺りなんだろう?
「ルヴィア、魔術でなんとかならないかな」
「連絡を取る事ぐらいはできるでしょうが……、どのみち朝にならないと泳いで海を渡るのは危険ですし、それまで少しでも魔力を温存した方がいいでしょうね」
「そうか。そうだな」
それで会話が途切れてしまった。トクン、トクン。ルヴィアの鼓動が聞こえる気がする。俺の鼓動も聞かれてる気がする。露出が多く、自然と肌が多く触れているからだろう。
そういえば、夏とはいえ夜になったのに水着姿じゃないか。
「なあ、寒くないか?」
「いいえ、私はこのくらい平気、ぁ……」
「ルヴィア?」
ルヴィアは何か思い付いたのか、突然挙動不審になる。俯いて、身を固くして、ずっと何かを考え込んでいるようだった。暫くして、決意したような瞳で俺を見つめた。
「は、はしたない娘と笑って下さい。もし寒いといったなら……、あなたが暖めて下さいますか……?」
俺に嫌われるかと思ったのか。思うはずがないのに。いや、むしろそれは反則だ。そんなに顔を上気させて、勇気を出してねだられて。俺にどう拒否しろというのだろうか。ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。ロンドンで使えたお嬢様。その彼女を、今、この場で抱きたいと渇望して仕方がない。
「ルヴィア」
「シェロ……」
抱き締めて触れるだけのキスをした。浅く短く、舌を絡めることもない子供のキス。それだけで十分刺激的だったのか、ルヴィアはとろんと酔いしれた。
「……ふふっ」
「ルヴィア?」
228 名前: Fateサスペンス劇場 ◆7hlrIIlK1U [sage] 投稿日: 2006/08/20(日) 21:35:37
ほんの少し愉快そうに。間近でルヴィアの顔を愛でていると、ルヴィアは小さく笑い出した。
「いえ、考えてもいませんでしたわねって。私ともあろうものが、こんな旅行の中で処女を失って。それは高貴な血筋でもない、将来も誓ってない方との婚前交渉だったなんて」
「そっか……。ごめんな。謝って許される事じゃないけど、ごめんな」
愛撫を止めて、後悔した。だけどルヴィアは何を考えてたのか。謝る俺に口付けを返し、静かに首を振って否定した。
「私はこれでも喜んでますのよ? 考えて御覧なさい。そんな形式にこだわるよりずっと大切と思える方と共に、私は生きていけるんですから」
うっとりと、瞳を閉じて詠うルヴィア。ああ、そうか。彼女は紛れもなくルヴィアゼリッタなんだ。いつだってひときわ輝いていて、いつだって自分の道を歩いていく。遠坂とに似てて、遠坂と仲が悪くて、だけど遠坂と同じぐらい大切な少女。ルヴィアはこんなにも眩しい。
「……いいか?」
できる限りの愛しさを込めた俺の一言に、ルヴィアは恥ずかしそうに、頷いた。
「せ・ん・ぱ・い?」
「お兄ちゃん? 人が心配して捜しに来たのに、な~にちちくりあってるのかなぁ?」
「ルヴィアゼリッタさんとナニやってたんですかぁ?」
………………ピンチ?
「って、桜!? イリヤ!? なんでこんなところにいるんだ!」
「あなた達も遭難したのですか? では、ミス・トオサカは!?」
「……遭難?」
「コテージはすぐそこだけど?」
「いや、悪かった……」
「ご迷惑をおかけしましたわ……」
桜とイリヤに大笑いされ、しょぼんと小さくなる俺とルヴィア。恥ずかしい。いくら夜だとはいえ、まさか同じ島にいて気付かないとは。
「まあ、それより早く帰りましょう。今夜はわたしと遠坂先輩の合作ですよ? 中華尽くしのご馳走なんですから」
「わたしも手伝ったんだよっ!」
「お、おう……」
そうだな。早く帰ろう。いわれてみれば空腹だ。間抜けな記憶はとっとと忘れようと、ルヴィアと顔を合わせて、弱々しく笑いあった。
「遠坂先輩! しっかりして下さいっ! やだっ、姉さんっ! しっかりっ!」
コテージに帰ると事態は一気に急変した。遠坂がエプロン姿で倒れていて、何者かが侵入した後があった。部屋が荒らされた跡はないし、遠坂も何もされてないようだが、一つ、明らかにおかしいものがあった。床に落ちてるバナナの皮。
「そっちじゃないわ。シロウ、料理よ」
「あ……、この匂いは、―――カレー?」
「カレーですわね。全くふざけた事をしてくれますわ」
用意されていた料理からは尽くカレーの香りがした。カレー風味の炒飯。カレー風味の焼売。カレー風味の餃子。カレー風味のスープ。カレー風味の麻婆豆腐。カレー風味の青椒肉絲。カレー風味のカレー。確かにふざけてるとしか言い様がない。
「酷すぎますっ! こんな下らない悪戯のために、無抵抗の姉さんを眠らせるなんて!」
ああ。桜のいう通りだ。辺りには争った形式が全くない。つまり遠坂は抵抗すらしなかったか、できなかったという事だ。この遠坂が手も足も出ない相手なんて、相当手強い猛者に違いない。もしくはバナナの皮に足を滑らせたとか? いや、いくら遠坂がうっかり者とはいえ、流石にそれはなぁ……。
「……うーん、バナナの皮に、バナナの皮に……」
遠坂のうめき声は聞かなかった事にした。
夜。ようやく訪れた平穏な時間。さて、今夜は何をしてみようか―――。
一、遠坂の部屋に行こう。
二、桜の部屋に行こう。
三、イリヤの部屋に行こう。
四、ルヴィアの部屋に行こう。
五、バーサーカーの温もりが忘れられない。
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最終更新:2006年09月04日 17:19