728 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/07/24(火) 05:03:23


己の部屋に戻っても――正確には宛がわれた部屋ではあるが――落ち着きはしなかった。
むしろ逆に鼓動は早く、強くなっていく。
何しろ、その部屋は『あの部屋』だからだ。
衛宮士郎と間桐桜が、その……『していた』のを盗み聞いた部屋だからだ。

先程はまだ良かった。
己よりも先に倒れてくれた人が居たから。
そこで僅かながらも冷静になれたから。

だが今は、一人だから、どうしようもなく意識してしまう。
襖を見る。
その行為は疾うに終わっているのは知っている。
だが、それでも意識してしまう。
意識してしまうから、そして知っているから、襖を開けてしまった。
それはまるで禁忌を犯してしまうようで、そこに更に興奮した。


一歩目を踏み出す直前に、何かを嗅ぎ取る。
経験のない臭い、だが、想像は出来る。
これは男と女の混じり合った臭いだ。
「まったく、換気くらいしておけば良いと……ッ」
荷物のない部屋の奥、そう大きくない窓を開けに向かう途中で、足を止めた。
一度意識してしまえば意識の外に追いやれぬ強烈な臭いの中、『それ』が目に付いた。
それは皺だらけになったシャツだ。
どちらのものかは俄にはわからないが、それを手に取ってしまった。
――衛宮の臭いがする
床に座り込み、ぼんやりと、そんなことを考えた。

そこに、常ならば存在する、才女と呼ばれるような判断力はまるで無い。
先程より、己の肉欲を止めきることが出来ていない。
その類の欲望をコントロールできないほどに若いのだと思う。
他人がどう見ようと、そういった欲望がある普通の女なのだと思う。
足を伝う熱い液体は、僅かずつ漏れ出し続けた。
一度トイレで拭い去ろうとしたが、それはただタオルを濡らすだけに終わった。
『解消』してしまわねばとも思うのだが、他人の家でそうする、というのはどうしても躊躇してしまう。
だがこの臭いと、目の前の物品は躊躇する背中を蹴飛ばすような効果があった。
――もしかして私は衛宮が好き、だったりするのだろうか?
胸元のシャツを抱きしめる。

これが単純な欲望から来る物ならば、それはそれで構わない。
欲望をコントロールできないのは若さから来る物で、止めるのは極めて至難だ。
何かで読んだことがあるが、一度芽生えた性欲を忘れる為に苦行を始めた修行僧は、欲望に負け、抑圧されたそれは、害悪となるのだ。

……これが恋慕の類から来る物であったならば、非常に危ない。
衛宮には既に間桐さんが居るのだ。
横恋慕、略奪愛は小説等では良くあることだが、その渦中に自分が居るなんて考えたくもない。
あのドロドロとした人間関係は、現実では興味よりも恐怖が勝る。
だから、だから……

気付けば、目を閉じてシャツを抱きしめたまま顔に近づけていた。
じわりと、股の間から更なる性欲が漏れ出してきた。
そこに触れると、くちゅりと水音が聞こえてきた。


――なんだ、アレは。
なんで俺の部屋に氷室が居たりするのか。
しかも、着替えた時忘れて放置されたままの俺のシャツを抱きしめて。
部屋は暗がりに占領されていたが、僅かに見えるその姿は非常に扇情的だ。

まずい。
何がまずいか分からんが非常にまずい。
もう出ぬといわんほどに絞り出したはずの性欲が息を吹き返そうとしている。
用心しながら、いや、もう何に用心しているのか自分でもまるで分からないが、とにかく用心して第一歩を踏み出す。
一体何をしているのか、と言葉を漏らそうとして出来ず、替わりに喉を鳴らした次の瞬間、不意に目があった。
「あ――」
「え――」
動きが止まっている。

沈黙があった。
実際にすれば数秒、決して分には満たない時間でしかない、何時間にも感じた沈黙が。
「えっと……」
その沈黙を破る。
飲み込んだはずの水分は、すっかりと干上がっていた。


ひとつ屋根の下:「夕飯の時間、なんだが」
私じゃなくても旺盛:「な、何してるんだ?」

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最終更新:2008年01月17日 18:37