843 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/07/30(月) 04:42:46


よし、道場に行こう。
無心で竹刀を振るえばこの雑念も落ちるだろう。
「ま、何も解決はしないが」
自嘲気味に笑う。
問題を先送りにしているのだから世話はないというものだ、と。


「あれ?」
道場の電気が点いている。
消し忘れかな?

「おや、士郎君」
「あれ、先生、それにジェネラルも、どうしたんですか?」
居間で将棋を指していた二人がなぜかそこにいた。
「いや、お恥ずかしながら、どうにも居間の皆さんがソワソワしていて……間が持たなかったのです」
……ちょっと分かる。
多数の女性の中での男というのには、耐えきれない空気というものがあるのだ。
「それで、二人はここで演武を?」
「演武と言うレベルのことではない……はっきり言うが直接戦闘での私は弱いぞ」
さすがに護身術程度は身についているがね、と笑うジェネラル。
そこは笑っちゃいけないと思うが。
「そうだ、私と替わってくれないかね?」
「え?」
ひょいと投げられた竹刀を半ば無意識にキャッチする。
「さっきも言ったとおり私は直接戦闘には向かないし、それ故の能力もある、ならば君を鍛えた方が効率も良かろう?」
「ああ、そうかもしれません……もし士郎君さえ良ければ、ですが」
願ってもない事だと思う。
こうして竹刀を構えてみれば、かつての特訓が目に浮かぶようだった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
一礼し、竹刀を構え、摺り足で間合いを詰めていく。

その構えに淀みはない。
基本を忠実に守る闘法だとはっきり分かる。
誠実な師の教えの賜だろう。
じりじりと距離を量りつつ詰める摺り足にも、それが俄仕込みでないことは見て取れた。
だが、それだけでは足りない。
人とサーヴァントという存在の差はたったそれだけでは埋まりはしない。
自然型を保ったまま、逆に一歩詰める。

「!」
反射的に竹刀を突き出す。
相手は無手、ならば竹刀の分だけ間合いが長いコチラの攻撃が――
違うと思ったときにはもう遅い。
胸部を狙ったはずの竹刀は瞬時に機動を逸らされ、同時に掌底の一撃が胸部に叩き付けられる。
「がっ……」
数歩踏鞴を踏み、勢いを弱める。
たったそれだけで済んだことで、随分と加減してくれたんだと理解する。
その上で見てみれば、突きだした筈の左腕は真っ直ぐに伸びきっていない。
かなりの余裕を持って突きだした事は明白で、それを完全に伸ばしきれば、手加減していたとしても壁際まで吹き飛ばされていたのだろう。
「どうやら誠実な師の教えを受けたようですね、基本を基本のままに、その技のみを持って達人の域に至った、そんな人物……違いますか?」
ぞくり、とした。
正にそれは、あのセイバーに当て嵌まる。
その事を僅か数秒の立ち会いで見切った眼力には感嘆する他ない。
それが表情に出ていたのか、セイバー……先生は続ける。
「しかし士郎君は普通の人間ですから、そう無茶ばかりはできません、昨日の戦いのことも考えれば分かりますね?」
その言葉には頷かざるを得ない。
事実、出来たことは多くなく、そして結果を見てみれば、あの市街地の大規模破壊は己の行動をトリガにした物という解釈だって出来てしまう。
「それが分かっていれば問題はありません、続けましょう」

上段からの打ち下ろし、下段からの打ち上げ、中段の突き。
それら全ての軌道を逸らし、時に回避し、その直後に掌底を撃ち込んでくる。
数度壁に叩き付けられると、その一撃一撃が、ダメージとなりにくい箇所に当てられていると気付かされる。
受け身さえ取れれば叩き付けられるダメージも殆どゼロに出来るだろう。
そして時に出てしまう間違った動き方や癖の指摘も受けた。
「教えるの上手いですよね」
「そうでもありませんよ、士郎君の飲み込みの良さというのもあるでしょう」
その辺りのことに自覚はないが、もしかしたら他の人達よりも少しくらいは優れているのかもしれない。


「……なんだか、ちょっと痛そうですけど、楽しそうですね」
「おや……もう夕食の時間かな?」
道場に桜がやってきた。
「はい、そうです……すぐ出来るって言ったんだから待っててくれても良いと思いますよ?」
桜が少しだけ顔を膨らませる。
「そこに関しては済まないと言う他ないな、どうにもあの場の空気に耐えられなくてね」
空気に耐えられないと言われてもどうにも実感が湧かない。
何しろ自分からしてみれば、いつものような和やかな空気なのだ。
周囲のほぼ全員が女性、というのは男性陣からしてみれば奇妙な感覚で、この家でそれに慣れているのは衛宮士郎くらいのものである。
その上全員がどことなくソワソワしているのだから、奇妙な感覚は打ち消されるどころか段々に増していくのは当然であった。

「ああ、士郎君、ここまでにしておきましょう、桜さんが来ました、夕食の時間でしょう」
次の一手を繰り出そうとするのを手で制する。
「そうですね、そうしましょう」
その言葉の通り、構えを解き、竹刀を下ろした。


後片付けを簡単に済ませ、夕食の時間となる。


タタール:いつものポジションに座る
ストレリツィ:男性二人の近くに座る
イェニチェリ:直前に誘われた場所に座る

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最終更新:2008年01月17日 18:42