890 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/08/02(木) 04:23:11


そう長い時間ではなかったが、久々の特訓らしい特訓だったと思う。
終わってみれば存外息が切れているし、全身の筋肉が少しギシギシしている。
まあ、全身の痛みがそれだけなのは幸いだと思う。
筋肉痛になるほどでもないし、何時間か休憩すればそれだけで十分だろう。
……今夜の戦闘にも支障は出ないと判断する。

居間に入ると良い香りが漂っている。
鍋から香ってくるのは、海産物の煮えた香りだ。
やや薄目ながらも潮気の効いた香りは、鯛焼きによって大して湧かないはずの食欲を刺激してやまない。
「衛宮、疲れているようだな」
「あ……いや、別にそうでもないぞ」
「遠慮することもあるまい、あの遠坂嬢達が疲れ果てて燃え尽きたボクサーみたいになった人物の特訓なんだ、短時間とはいえ、な」
顎に手を当て、片目を閉じて氷室が笑う。
言われてみれば、比較的短時間とはいえ、極めて疲れた、というレベルではなかった。
訓練の度合いが緩かったのか……単純に『体力が他を圧倒している』という事ではないはずだしなぁ……
「というわけでここに座り給え、肩など揉んでやろう」
「んー」
特に考えずにどっかと畳に身を投げ出す。
畳が随分と冷たく感じる。
火照った体に心地よい。
目を閉じ、あー、やっぱり疲れてるのかも、なんて事を考えていたら、自然に意識が遠のいていった。


……正直、こうも無防備を曝すとは思わなかった、というのが本音だ。
先の『もっと積極的なアプローチをしていく』という宣言の通りの、まずは一つめとしての発言、半ば冗談として流される物かと、そう思っていた。
『とはいえ、無防備を曝してくれるならば願ってもあるまい』
気付かぬうちに笑みを浮かべ、体を揉んでいく。
「やはりというべきか……相当に固いな、疲れがたまりすぎて分からなくなっているのか?」
「ん……自覚はないなー、いつもこんなもんだから」
肩のあたりがほぐれていく感覚に酔っているのか、目を閉じたまま口元を綻ばせながらの返答が返ってくる。
「……私が言うことでもないかもしれないし、何度目の忠告か忘れたが、もう少し楽をしたらどうかね?」
「楽はしてるぞ? 今がまさにそうだろー……」
「そう言う意味では、ないんだが……」
思わず苦笑が漏れる。
やはりというかなんというか、分かってないな。
何が分かってないか、と言われても返答には窮するが、分かっていないのだ。
それは形容しがたい、そして名状しがたいが、敢えてその中の一つを言うならば『女心』か。

「あら、どうなさったの? 顔が赤いですわよ?」
「……い、いや、なんでも」
ルヴィア嬢に耳打ちされるまで気付かなかったが、益体もない事を意識したら顔が赤くなってしまったらしい。
周囲を見回すが、他に気付かれた様子はない。
「あら、そう? ……本当に?」
そう言って口元だけで笑ってみせる姿は、ああ、貴人だなと思う。
「なんでもないのなら、そこから先は、先の返礼も兼ねて私がやらせていただきますわ」
ふと気付けば手が止まっていて、その隙を狙うようにルヴィア嬢がマッサージを始めた。
揉まれたお礼、というべきか仕返し、と言うべきか、その表情は実に楽しげだ。
「いや、これは私が始めたことだし」
「ふふふ、こういうアプローチをするなら隙を見せたらいけませんわ」
「む……ならばこっちを」
二人して競うように全身を揉んでいく事にした。

……どうやら寝転がってすぐ、少しの間だけだが転た寝してしまったらしい。
目を開けると、ほんの数分だったはずの睡眠で、疲れはすっかり抜けていた。
代わりに少しだけ頭が痛い。
こういう場所での転た寝は、その時は良いが起きると少し頭が痛くなるのが欠点だ。
起きたことに気付かないのか、氷室と……それにルヴィアはマッサージを続けてくれていた。
「二人とも、サンキュ、もう大丈夫、疲れは抜けた」
「あら、そうですの?」
「ふむ、そうかね」
手を閉じたり開いたりしながら氷室とルヴィアが離れる。
少し残念そうな表情というのは、この場に相応しく無いように思える。
こういうのはやる方はひたすら疲れるのが普通だと思うのだが……なんだろう、揉み足りなかったんだろうか?
「あ」
そうだ、桜は……

うん、どうしようもなく不機嫌だ。
呼ばれておいていつも――桜の隣――と違う場所に座った上に、転た寝である、しかもマッサージ付き。
……まあ、俺が同じ立場でも、というよりも大概の人が怒ると思う。
テレビに視線を向けているが、その意図は、こっちを見ないようにしていると言うことなんだろう。
何しろテレビに映っているのは先程と同じくホラー物で、ああいった代物、桜は苦手なはずだし。

ふとテーブルに視線を移してみればいつも使っている膳と箸がそこに置かれている。
……こりゃ相当怒ってるな。
夕食は大人しくここで食べるとしても、桜の悪いまま、というのは非常に宜しくない。

こういう時は――


イオアニス・メタクサス(ギリシャ):ライダーの意見を取り入れてみよう
イグナツィ・モシチツキ(ポーランド):遠坂の意見を取り入れてみよう
ゲオルギー・タタレスク(ルーマニア):……自力でなんとかしないとなあ

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最終更新:2008年01月17日 18:43