283 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/08/14(火) 05:25:12
恐ろしい目に遭った結果だろう、寝転がって見る映画はまったく怖くなかった。
映画はホラーであったし、平常の状態で見れば相当に怖い代物だったのは分かる。
ただ、怖いとかそう言う感覚が一時的に麻痺しているだけで、理性でこれは怖いんだなあと言うことが理解できた。
ストーリーそのものはホラー物ではよくあるシチュエーションだ。
何人かの人々が『この世の物ではない存在』を見てしまい精神だけでなく肉体も変貌を遂げてしまい、変貌した人は他人へと襲いかかるようになる。
襲われた者は同じく変貌を遂げて他人へ襲いかかる。
残された人々は逃亡しながら対抗手段を模索し、生存するための戦いを続ける。
要してしまえばそんなストーリーであった。
だがその『見せ方』が他よりも一歩も二歩も秀でていた。
例えば敵役として存在する変貌した人々。
ゾンビのようになる者は極めて少数で、むしろ変貌の大多数を占めるモザイクを掛けられたかのように波打つその姿はひたすら感情を不安定にさせる。
『それ』に襲われた人々は、その瞬間、表情に恐怖が浮かぶことなく、恍惚とした表情のまま変貌していく。
その様子は直接的な表情や絶叫よりも恐怖を煽る。
そして何より音が危ない。
主人公達の足音や呼吸音だけでなく、誘うように囁く声が耳に残り、そして次の瞬間にはまた新たな囁きが聞こえてくるのだ。
映画の中盤以降、人々が変貌を始めた頃からずっと囁き声を聞かされ続けるのだ、耳元でやられてみれば分かるが大半の人間が恐怖を覚える。
そんな映画を目を輝かせて見入っているのはノインくらいで、ホントにホラー物に慣れ親しんでいるのだと分かる。
他の面々は似たり寄ったりで、肝の太そうな遠坂や蒔寺、それどころかライダーまで見入ると同時に腰が引けている。
三枝さんやホリィに至っては涙目で抱き合っている……うん、やっぱり怖いんだよな、コレ。
怒りを感じていた全員が既に一度怒りを発散しているので映画に集中できている、もしくはしてしまっているというのもあるだろうが、
映画そのものもかなり怖いのだ。
……まあ一番怖かったのは後ろの方で笑顔のまま怒っていたなのはだったんだけど。
軽く目を閉じて自身の状態を確認する為、機械の中身を覗くように全身に魔力を巡らせる。
……外側は結構傷だらけになっているが中身は完全に無事、問題はない。
いや、この段階で問題ありならそれこそ問題アリなんだが。
単純な殴打だのキックだので内臓とか魔術回路にダメージがあるほどだったら、それこそ殺す気満々だったと言うことになってしまうしな。
「先輩、大丈夫ですか? その……頭とか」
話しかけるタイミングを計っていたのか、主人公達が窮地を脱し、みんなが安堵の息をついたタイミングで桜が小声で聞いてきた。
頭を殴られたりしたからであって奇っ怪なポーズをしているとかではない、断じて。
「ああ、大丈夫だ、問題はない」
小声で囁き返す。
「その、ごめんなさい……私がキスして、なんて言ったから」
桜の口に軽く指で触れ、言葉を止める。
「いや、俺がキスしたかったからだから、気にすることはないぞ」
少なくとも、突然唇を奪ったのはしたかったから、というのが理由だし。
「でも……」
桜が俯いて黙ってしまう。
かつての自責の念によるところもあるのだろう。
ちょっとしたことで責任を感じ沈んでしまうという気質は、もうちょっと是正した方が良いとは思うのだが。
「それじゃあ――」
最終更新:2008年01月17日 18:50