635 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/08/24(金) 04:13:42


「……エンジンを掛けても大丈夫ですか?」
逸る心のままにそう問うた。

その言葉が引き金になったのか、シャリフさんが堰を切ったように笑い出した。
その笑い振りは、見ていて清々しいほどで、思わず三人して見入ってしまった。
「ああ……面白かった、こんなに笑ったのは、ひょっとしたら初めてかもしれないわ、真面目そうな外見の割に抜けてるのね、『姉さん』て」
涙さえ浮かべて笑っていたのか、目元を軽く拭いながらシャリフさんが言った。
「……こんなところでエンジン回したら大問題よ、色々とね」
その言葉で思い出した。
Y2Kの排気ガスはとんでもなく高温だ。
有毒ガスとかそんなレベルの事はこの場合問題ではなく、可燃性の物体に引火して小火になりかねない。
実際土蔵の中身は木製の卓袱台だの藤ねえが持ってきて処分に困ったポスターだのが保管という名前で放置されている。
やったことはないがこんな物に600度を超えるガスが叩き付けたら多分即座に発火する。
「……ライダー、ここでエンジンを回すのは危ない、小火になる」
「そうでした……それにキーも差さっていませんね」
「キーはここよ」
そう言って、シャリフさんが手品のように肩口からキーを取り出す。
まるでそこに袋があるかのように、服の切れ目のような場所――だがそこには縫い目すらない――からだ。
「……今のは?」
手品の類ではないのは分かる。
「さあ、何かしら?」
誤魔化すように笑い、ライダーにキーを放り投げる。
それを無言のまま受け取り、ポケットに仕舞い込む。
「まあ、騒音の問題もありますから、遮音の結界を展開して貰わないといけませんね……まあスラストに比べれば静かでしょうが」
「……ライダー、それどう考えても比べる物間違ってる」
スラスト、正確に言えばスラストSSCはモンスターマシンと言うよりもモンスターそのものだ。
Y2Kはヘリのエンジンを搭載しているがスラストSSCは戦闘機のエンジンを二機も搭載しており、地上でマッハを公式に記録した代物だ。
そもそもあのマシンは明らかに『乗りこなす』とかそう言ったレベルの代物では無い。
読んだ雑誌には書かれていなかったが、あの直進振りから考えてみれば、左右に方向転換するためのハンドルすら無いのかもしれない。

「それじゃ、確かに渡したわよ」
それだけ言って、用件は済んだとばかりに踵を返す。
「衝動的に手に入れた物だけど……大事にしてくれると、嬉しい」
最後の方は消え入りそうな声だったけれど、それでも聞き取れた。
「ええ、勿論、大事にさせて貰います」
もしかしたら、彼女は感情表現が苦手なのかもしれない。
桜にもライダーにもそう言った面はあるし、桜に喚ばれた彼女も同じなのかもしれないと、ぼんやりと思った。
ぼんやりと眺めた背中は、土蔵の中からはもう見えなくなっていた。
「それじゃ、俺達も戻ろうか?」
「……そうしましょうか」
『結局私はなんで呼ばれたんでしょうか?』と言いたげな、釈然としない表情で桜が頷く。
……この事を知っておいて欲しかったからなんだろうとは思うが、正しいかどうかは分からないのでそれは口にしない事にした。

「では私も少ししたら向かいます、二人はお先に」
剥がした布地を戻しながらライダーが笑う。
戻しながら車体を撫で回し、機体のラインを確かめているようで、その様子はいつになく浮かれている。
まあ、気持ちは良く分かる。
即座に諦めたとはいえ、乗り回したくて仕方の無かった機体だ、それが目の前にあって乗る気になればいつでも乗れるとなれば、そりゃ浮かれるのも当然だろう。
事実、握ったままの布地は掛けられることなく、もう片方の手で撫でたまま、目を潤ませて顔を赤らめている。
なんというか、その表情は物凄く色っぽい。

「……さあ、行きましょう」
ライダーの姿をじっと見ていたら桜に頬を抓られた。
なんというか、凄く痛かった。


印籠:居間に戻る
ジェム:自室に戻る
クラウン:縁側に座り込む

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最終更新:2008年01月17日 18:55