889 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/09/02(日) 04:33:48


タイタニア・ヴィルベルトは笑顔だった。
遠坂邸の遭遇戦の翌日、間桐邸を丸一日監視したがまるで収穫が無かったその日の夜の事である。

これまで幾度読んだか忘れてしまった、既に手垢で黒く変色した紙の束。
第五次聖杯戦争報告書。
本来聖堂教会と魔術協会に個別に報告されるそれは、第五次聖杯戦争における言峰綺礼の行動によって立場を悪くした教会側が身の潔白を証明する事、そして協会への借りを少しでも少なくしておく為に協会側にも提出されたそれは、結局の所重きを置かれることはなく、ぞんざいな調査が行われた後は協会の管理区画で死蔵されており、然るべき人物とのコネクションさえあれば閲覧は不可能ではない。
幸いなことに彼の家系は魔術協会に深いコネクションを有しており、閲覧のみならず、非公式ながら複製さえ許されたのだ。
聖杯戦争後に教会より回収された、言峰報告書。
戦争後、参加者であり土地の管理者でもある遠坂凛より提出された遠坂報告書。
言峰綺礼の後任であるディーロ司教より提出されたディーロ報告書。
更に今現在冬木教会を任されているシスター・オルテンシアより提出されたオルテンシア報告書。
それらに記された各々食い違う報告内容から真実を探るのは、時間の掛かることではないが苦痛ではなかった。
その中でも重視するのは言峰報告書と遠坂報告書だった。
残る二つは戦争後に調査、報告された物であるため資料価値は下がると判断したのだ。
とはいえ、資料だけでは分からないこともある。

言峰報告書に記された『巻き込まれたマスター』である衛宮士郎の死亡という記述から、衛宮邸のチェックは後回しとなった。
というよりも本来ならばチェックをすることすら無かっただろう。
だが、無為と判断した間桐邸の監視を切り上げて侵入した冬木市役所の記録を入手し、そして可能性を見出した。
言峰報告書に添付された身辺調査書によれば衛宮士郎は法的な保護者の指導を受け、郊外にて一人暮らしをしていたのだという。
だが市役所の管理記録によれば不動産などの税金は法的な保護者を通じて現在も支払われており、死亡しているとすればそれは余りにも不自然だと理解した。
翌日監視所を確保し、衛宮邸の監視を行ってみれば、衛宮士郎の生存はあっさりと確認できた。

『マスター』
「どうした?」
霊体の状態で監視をさせていたランサーが声を掛けてくる。
『連中、どうやら防衛を崩してどこかに出撃するようだ』
「そりゃ……あるとすりゃ都市部の方のアレか?」
監視の中、マスターらしき人物を幾人か確認し戦力差から攻撃は不可能かと考えていたが、何を思ったのかわざわざその防御布陣は自壊し、攻め入る隙が与えられた。
『しかも残存している人物の一人は、君の言う最有力候補の遠坂凛だな……さて、どうするね?』
霊体であろうと、笑みを浮かべて催促して居るであろう事はよく分かった。
そしてそれを咎める理由もなかった。
「そんなもの、決まっているだろう、これ以上の好機は次に来ることは多分ない」
こうなれば最早躊躇う必要は感じ取れない。
まして残存する戦力<<マスター>>があの遠坂凛であるならば、攻撃せぬ理由はどこにもなかった。
「……参加者全員を倒して、お前の無念は晴らしてやるからな」
目を閉じ、胸元のペンダントを握り、一度だけ祈る。
目を開け、最低限の礼装だけを握りしめ窓を開けた。
それは奇しくも、セイバーが窓を指差したのとほぼ同時であった。

空中でランサーを実体化させ、着地した。

名乗りを上げたヴィルベルトの前で、遠坂凛は口を開いた。
そこに感情は含まれず、ただ一つの疑問だけを存在させていた。
「……一つだけ聞かせて欲しいことがあるんだけど」
「何かな?」
ヴィルベルトも表情を何一つ崩さず応じる。
「何故私を狙うのか、その理由を」
その問いに意味はない。
例えその理由が正当であろうとも遠坂凛が殺される事を許容する筈などもなく、
また同時に冤罪であろうともそれを納得できるだけの器量を、ヴィルベルトは持っていない。
「仇討ちだ」
だがそれでも返答はあった。
「話はここまでだ……行け、ランサー」
だが返答があっただけ、その中身については、何一つ語りはしなかった。
「了解した」
その手に白槍を出現させ、槍兵がその身を躍らせた。


かくして、衛宮邸前の道路は戦場と化した。

頭部を狙う白槍の一撃を回避する。
だが次の瞬間には続く一撃が眼球を抉り出そうと突き出される。
それを回避すればその次の瞬間には喉を狙う一撃が突き出されている。
戦闘能力を確実に奪いうる箇所のみを的確に、そしてこの速度で繰り出す槍兵は紛れもなく一級の使い手であった。
その連撃を前に、怪我によって機動力が落ちているセイバーは凌ぎ、回避することだけで精一杯となった。
「はああっ!」
行動に数瞬の遅れが生まれる足の痺れではあったが、一度動いてしまえば大きな支障はない。
怒濤の勢いで攻撃を続けるランサーの背後からバルディッシュを大上段に構えて突撃する。
だがその一撃が振り下ろされる直前にその姿が掻き消える。
そう認識すると同時に真横から蹴り飛ばされる。
衝撃を感じるのと壁に激突するのとはほぼ同時、周囲の状況を探ることも防御の姿勢を取ることすらできずに無防備のままに叩き付けられた。
「フェイトちゃん!」
親友を案じると同時、小口径のスフィア射撃でランサーとの距離を離させる。
高威力の砲撃では周囲を巻き込む、だが自分では接近してもやられるだけだと理解してしまった。
事実自身よりも近接戦闘能力の高いフェイトが一瞬で吹き飛ばされてしまった。
「だったら……!」
フェイトの元へ走り寄りながらスフィアをコントロール可能な限り展開させ、ランサーへ向け連射する。
「ほう、やる……良い魔術だ」
複雑な軌跡を描きながら射抜こうとする弾道は、だが白槍に振れると同時に霧散する。
「えっ? そんな……」
コントロールのミスや術式の解れはなく、だが白槍によってその術式は霧散させられた。
そして身体の勢いを留めることすらまともに出来ず、ランサーはそのままセイバーに向けて突撃した。

「あの……槍」
「フェイトちゃん、大丈夫なの?」
バルディッシュを杖代わりに、よろよろとフェイトが立ち上がる。
「大丈夫……それよりもあの槍の先端……」
「あれに触れられると、掻き消されるみたいだね……フェイトちゃん、頼みがあるんだけど」
「うん、良いよ……何かな?」
そこには微塵の迷いもない、親友への絶大な信頼と、状況を理解している頭は、詳細を聞く前に頷かせていた。

夜気を裂く白槍とその担い手は、ただ一人で三人のサーヴァントを相手にして互角、のみならず優勢に戦いを進めていた。
三人の内、二人のダメージが完治してさえいれば、そのダメージが機動力の源である足でなければ。
もしくはこの場所が市街地でなければ、周辺の被害を無視しうる広野であったならば展開は違った物になっただろう。
だが、そうはならず、ただ一人の槍兵に、三人は苦戦を強いられることとなった。


三人がただ一人に主導権を奪われている間に、男が殺気を込めた壮絶な笑みを浮かべ、遠坂凛の前に立った。
二日前見た甘さの残る少年の顔ではない。
千載一遇の好機を前にしたハンターのそれだ。
好機であろうと油断すれば食われる、自身は狩る者でありう狩られる者、その真理を弁えた獰猛さを含んだ笑みだった。
睨み合ったまま、互い隙を伺っている。
緊張で喉が渇き、姿勢は飛びかかれるように、または飛び退けるように前傾していく。

それだけのプレッシャーを与えられたことに満足したのか、僅かにヴィルベルトの姿勢が緩み、
「我、担い手に能わず」
そんな言葉と共に僅かに光が走り、ヴィルベルトの手に槍が握られた。
それは彼女には余りにも馴染んだ、だが通常では有り得ぬ魔術を連想させた。
「投影……魔術?」
「そんなマイナーな代物を知っているのは驚きだな、流石は時計塔の麒麟児……だがこれは違う物だ」
槍の穂先を突きつけるような、投げやりに近い構えのそれは、至らぬ部分もあれど、十分に堂に入った物だった。
だがそれは遠坂凛にとってどうでも良いこと。
自身は魔術における鍛錬のみならず我流ながら格闘における訓練も欠かしては居ない。
それは並の、訓練もしていないただ武器を持っただけの魔術師に後れを取ることはないと自負している。
だがそれは武器が通常の武器であった場合だ。
あの槍は尋常の武器ではないと、理性も本能も告げている。
彼女は彼女の弟子のように目撃した武装の構造を解析できるような特種な能力を保有しているわけではない。
だが、そこに込められた力の強さを肌で感じている。
何より突きつけられた穂先は巨大で、鏃のような形態を取りながらも液体金属のようにうねり、たゆたっているのが見えている。
まるで水銀のようだと思いながら、そうではないと何とはなしに思う。

『正体が分からない以上接近戦は危険、距離を取りながら戦わないと危ない……』
既に思考の中にサーヴァント同士の戦いは無い。
それは信頼であり、余裕のなさから来る物でもあった。


ホーネットレイド:使い捨ての宝石を用いて速攻を仕掛ける
ライズアバヴ:ガンドを用いて中距離攻撃を仕掛ける
スクラロウシス:相手の出方を見る

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最終更新:2008年01月17日 19:00