937 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/09/04(火) 04:10:45
遠くを見やれば、時折光が見える。
人工ではあるが機械による物ではない光。
詰まるところ武器同士の激突による火花と、それと同時に放たれる純粋な魔力同士のぶつかり合いだ。
昨日のような派手な光も音もない地味な戦いだが、そこに込められた気迫を思えば、むしろ昨日よりも激しく思う。
上空に展開する兵器は、己の時代には無かった代物だが、その危険性は一目で理解した。
その兵器がある限り、己の位置は常に捕捉され続ける可能性があり、同じ可能性で攻撃され続ける。
それが上空制圧の強みであり、地上の英霊達の弱みでもある。
仮にただ一つであれば唯の一撃を持って粉砕も出来よう。
だが、それが数機、数十機となれば一度での掃討は不可能。
そして上空の敵が驚異と見なせば、禿鷹に狙われた小動物のように殆ど為す術無く狩られることとなろう。
故にそれが無く、上を気にする必要のない今夜は、激しい戦いが各所で展開されている。
意識が切り替わる。
英霊へと至る程の戦闘経験が、近くの危機を察した故だ。
意識を近距離への対応に切り替えれば、通りの物陰に人が隠れているのが見えた。
「出てこい」
間違えようもない簡潔な要求。
それに応えて、男が現れた。
「やあ」
男はひらひらと手を振り、気安く声をかけてきた。
この距離で表情の判別は出来ない。
だが、その男は笑っていると理解できた。
そして何より腰に下げた一振りの獲物は、決して歓迎出来る物ではない。
「何用だ」
歓迎はしない。
己のマスターなど死のうがどうなろうが関係のないことだが、魔力供給が途絶えれば現界出来なくなるというただ一事を持ってマスターは守らねばならないと自覚している。
まして今のマスターは瀕死と言っていいこの現状では、どこかに放置しておくこともできない。
「つれないなあ、俺はただいい話を持ってきただけだよ、君の望みを叶えるという、ね」
一瞬揺らぎかけ、それでも表情には出さず堪えた。
それは虚偽であると、理性が悟ったのだ。
「それは自力で叶える事だ、勝ち抜いてな」
依然として口調に変化はない。
だが、それでも現れた男は確かな手応えを感じているようだった。
「ああ、君なら出来るかもしれないね、『軍神殺し』である君ならね」
暗闇が落ちた夜だというのに、掛けたままのサングラスを掛け直す。
その視線の先では、交渉対象の男の表情が変化している。
無理からぬ事ではあるが、鉄仮面のように変わらぬと思えた表情が驚愕に歪んでいる。
戦うどころか武装さえしていないこの状態で、真名を看破されたのだから。
「……貴様、何者だ」
「J.B.」
男は笑みを殺し、己を表す記号を口にした。
己のマスターのことも気になるが、今現在は三人でどうにかランサーを抑えていると言った現状である。
誰かが救援に行き、その間に誰かがやられてしまえば、最も危険な存在を主の前に立たせることになる。
それは出来なかった。
親友の作戦を聞き、フェイトは頷く。
「分かった、それで行こう」
タイミングが重要な作戦である。
なのはの懸念はまさにそこで、しかもタイミングの重要な部分はフェイトに殆ど丸投げの作戦だ。
だが大丈夫だと、フェイトは笑みを浮かべる。
「それよりも、先生の方が心配だ、やろう、なのは」
「うん!」
僅かに距離の離れた場所で戦うセイバーとランサーは、二人が何かやると言うことに気付いた。
そこで距離を離そうとしたランサーを、今度はセイバーが追撃する。
「っく……正気か?」
槍の柄で拳の連撃を捌きながら、ランサーが呟く。
「極めて正気ですよ、3対1の状況なら、ダメージを食らって困るのはそちらですからね」
槍の利点を殺し、次の行動を制限する。
その為に今セイバーは後先を考えぬ連撃を放ち、反撃の槍を捌くことすら殆どせず、ランサーを壁際に追い込んでいく。
「なるほど……良い覚悟だ!」
互いの踏み込みの激しさにアスファルトがあっさりと粉砕されていく。
喉を狙うランサーの一撃を屈んで回避し、両手で掌打を叩き込む。
咄嗟に槍の柄を叩き付け壁に叩き付けることを拒否したランサーの顔が苦痛に歪んだ。
セイバーはその隙を逃さず一瞬だけ錬気し、連撃を叩き込む。
その姿はまるで数人が同時攻撃しているようにも見えた。
レイジングハートを構えたなのはのすぐ近く、フェイトがバルディッシュを握った状態で、短距離走のクラウチングスタイルのように身を屈めている。
「エクセリオンバスター、バレル展開、中距離砲撃モード!」
『All right. Barrel shot』
レイジングハートのバレルが展開し、六枚羽が展開する。
ちらりとフェイトの方に視線を移せば、フェイトもなのはの方に視線を移し、頷く。
準備は終わり、視線を戻す。
セイバーの猛攻がランサーの動きを著しく制限している。
これならば確実に一撃をたたき込めると確信した。
巨大な空気の塊が撃ち出され、同時にフェイトも
『Blitz action』
その場より掻き消えた。
この相手は危険だ。
早急に無力化しなければならない。
故に消耗を気にしてはいけない。
ポケットに手を突っ込み、中から宝石を取り出せるだけ取り出す。
その動きに気付いたのか、ヴィルベルトが突撃する。
決して思慮有る行動ではない、出した結論は等しく、相手が危険であるという事だけであった。
取り出せた数は三つ。
全て使い捨ての宝石である。
かつての10年宝石には遠く及ばぬ一撃ではあるが、それでも戦車装甲を貫徹する程度の魔力量が込められている。
それを三つ一気に投入、投射する。
「Das Schiessen<<発砲>>――Gedraenge<<破砕>>」
槍が目前に迫って尚、瞳は力強く敵を睨み、そして魔力が放たれた。
直後、一瞬だけ閃光が視界を覆う。
違えようのない直撃の閃光が、ヴィルベルトの身体を包み込み、爆砕する。
ヴィルベルトが常時装備していたルーン防御の防壁<<アミュレット>>はあっさりと貫通し、殆ど純粋な魔力塊をたたき込まれ、吹き飛ばされ、悶絶する。
だが、それでも膝立ちで堪え、そして遂には立ち上がった。
「まだ……まだだ! 遠坂凛」
ヴィルベルトの全身が震えている。
叩き込まれた魔力塊は体内の魔力回路にも、もしかしたら魔術刻印にさえ深いダメージを与えたかもしれない。
その証拠に、魔力塊が与えた負荷によるものだろう、全身から血が噴き出ている。
回路に与えた過負荷が全身を巡り、同時に血管と皮膚を破裂させたのだろう。
だがそれでも立ち上がった。
そして逃げようともせず、槍を構えてこちらに向かい歩いてくる。
走る力さえ、今の一撃は奪ったのだろう。
遠坂凛にはその姿が、よく知る男と重なって見えた。
最終更新:2008年01月17日 19:01