279 名前: Fateサスペンス劇場 ◆7hlrIIlK1U [sage PCが何度も熱暴走したので保冷剤で直接冷やし中] 投稿日: 2006/08/22(火) 01:18:39

一、隣で切嗣が笑っている。

 草原には揺り椅子が二つだけ。風が、黄金の風が吹き抜けた。

 当たり前のように現れて、当たり前のように隣に座った。たばこの匂いが懐かしい。その顔も何もかも昔のまま。ひどいじゃないか。せっかくの、せっかくの感動の対面だというのに、親父は何一つ変わってない。皺だらけのコートを羽織ったまま、ぼりぼりと頭なんてかいている。本当に、どこからどう見ても切嗣だった。

 顔を合わせていると、なんだか目頭が熱くなってくる。それが無性に恥ずかしくなって、ついつい景色なんて眺めてしまう。黄金色に染まった枯れ草の世界。小高い丘の上は特等席で、遥かな向こうに村々が見えて。土の匂いをはらんだ風は遥かな空へと舞い上がる。素朴で美しい誰かの思い出。ほんの少しだけ寂しさが滲んだ、決して穢してはいけない黄昏の風景。

 いつまでも、こうしているわけにはいかなかった。だけど、俺は、切嗣に何を話せばいいのだろう。藤ねえの事だろうか。相変わらず元気にやってるって。俺もよくしてもらってるって報告すればいいのだろうか。イリヤについて話そうか。ようやく巡り会えた。彼女も親父を忘れてないって、俺を見守ってくれる大切な家族だって伝えてみようか。遠坂達の事を自慢しようか。最高の人たちだって。みんながいるから俺は今を生きていけてるって惚気てみるのもいいかもしれない。

 それとも、理想についてだろうか。まだまだ未熟だけど、目標は遠くて遠すぎるけど、それでも走り抜けていける誓いを得たって胸を張ってみせようか。

 ……この目から溢れる、邪魔な涙がとまったら。

 久しぶりなんだ。会いたかったんだ。ずっと我慢して来たんだから。だから、泣いてはいけないんだ。嗚咽なんて洩したくなかった。恥ずかしい、なんて幼稚すぎる感情だけど。跡で絶対に後悔するだろうけど、それでも、爺さんの前で泣きたくなかった。

 依怙地になったように夕日を見つめる。隣には確かに気配がある。俺が絶対に間違うはずのない、ずっと忘れてた温もりは消えてない。だけど、それだけで満足なんてできなかった。

 話したかった。甘えたかった。微笑む顔を見たかった。困ったように笑ってほしかった。無邪気に瞳を輝かせてほしかった。馬鹿な話題で一緒に笑い転げてみたかった。なのに、俺は何一つ言葉を伝えられない。喉を震わせ、崩壊を押さえるだけで精一杯だったから。なんて、情けない。

 どれ程そうしていたのだろう。草原に沈黙は流れ続け、揺り椅子が軋む音しか聞こえない。俺も、爺さんも、何一つ話さず景色を見ている。それはとても暖かかったけど、だけど……。

 ―――どこかで鐘が鳴っている。リンゴン、リンゴンと鳴っている。

 ―――それは、きっと、終わりを告げる目覚めの鐘。

 ポン、と、唐突に肩を叩かれた。見上げると爺さんの顔がある。相変わらず無精髭なんてはやしていて、髪の毛もぼさぼさな切嗣の顔。それはとても嬉しそうで、だけど隠し様がないほど泣きそうだった。なんだ。爺さんも俺と一緒だったのか。

 情けない男達は一緒に笑って、何となく握手をして抱き合ってみる。あれだけ大きかった親父の肩は、いつの間にか小さくなってしまったようだ。

 そして、最後に切嗣は、ありがとうと、そう微笑んだ。

 最後の最後。何かを伝える最後のチャンス。だけど嬉しくて嬉しすぎて。結局、何一つ言葉にする事ができなかった……。



 夢をみた。懐かしい夢を。暖かい夢を。素晴らしい夢を。感謝しよう。どこの誰とも知らないあの子に。大切な宝物を貰ってしまった。この思い出は一生涯、そう、いつかの夜明けと同じぐらい、大切に大切にしていけるはずだから。



 桜と一緒に朝食を作っているときだった。ルヴィアの部屋から悲鳴が響く。彼女らしくない恐怖の叫び。それはつまり、ルヴィアをそこまで追い詰めるほどの脅威という事だ。

「大丈夫かルヴィア―――!」
「あちきにドレスをよこすのにゃー!」
「ええいっ、いい加減に離しなさい!」

 あ、なんだかとってもくんづほぐれつ。ルヴィア、ほとんど脱がされかけてるし。思わず俺もまぜてくれと叫びそうになった。というかあのナマモノ、昨晩回収されたんじゃなかったのか。

「にゃにゃにゃにゃ! こうなったらもうおまえごと連れ去ってやるのにゃ! 後でゆっくりドレスをはいで、ついでに中身もネコの国にご案内だぜ? みたいにゃ!」
「なにを戯けたことをって、きゃっー!」

 がしっとルヴィアの背中に張り付いて、そのままロケット点火でぶっ飛ぶナマモノ。開いていた窓から空へと飛び立ち、何処かへ逃げ出そうという魂胆か―――!?

一、逃がすか―――!
二。落ち着け俺! まずは状況を確認しないと!

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最終更新:2006年09月04日 17:21