305 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/09/18(火) 04:26:21


二機が轟音と共に道を走り抜けていく。
その轟音を内心で咎める者は何人もいたが、ただの暴走族だろうと考え、走り去り、音が聞こえなくなるままに任せていた。

『Y2Kの乗り心地はどう?』
ライダーの耳元、そこに取り付けられたインカムから声が聞こえてくる。
『これまで乗ってきた機械の中では最高ですね、多少癖はありますが問題はありません』
そうやってちらりと後方、それを映すモニタを見やる。
小道であると言うこともあるのだろう。
彼女達としては控えめな、それとて常人の限界を超えた速度でぴったりと追随してくる姿が映っていた。
『ルートは大丈夫?』
『ええ、このまま5キロ先の地点で県道に戻るんでしたね』
T字路の遙か手前で車体を傾け、殆ど減速せぬまま、200キロオーバーで抜けていく。
『ええ、このまま工事中の循環道へ』

20年ほど昔、M県にて近隣各県との循環道を敷設する計画が提唱され、数年前から着工が行われている。
現状完成しているのはおよそ4分の1程度であり、S市から冬木市までのルートは工事中で、県境の高架部分で丁度途切れている。
故にM県側から循環道に入り、そこから冬木市へ再び接近、突入する。
それでもこのルートを選択したのは地理的な関係で多少警戒が手薄であろうと予測されること、そして徒歩で接近する別働隊の速度との調整を行える事、そして、これは楽観的な考え方だが完全に気付かれていなかった場合通過する高架は作戦領域を掠めており、そこから飛び降りれば意表を突くことが出来る、というのがその理由だ。

工事中の看板が見え、そう認識した直後には間近に迫ってくる。
だがそれとて二人には大した障害にはならない。
ガードレールの切れ目を抜け、未整備の歩道を加速しながら走り抜ける。
その速度のまま、百メートル近い、高架の切れ目に突入する。
落下の寸前、僅かに減速しつつ前輪に体重を掛けてサスを沈ませ、バネが戻る反動を利用して数秒間だけバイクごと空中に身を躍らせる。
僅か数秒であったが、300キロを超える時速は、落下先を高架の下ではなく上に変更させ、タイヤが白煙と悲鳴を上げる。
『……ミズ・シャリフ、時間は大丈夫ですか?』
着地の反動を抑えつつ尋ねる。
『予定時刻とのズレは10秒未満、問題ないわ』
着地の衝撃を殺しきれぬライダーと比し、もう一人のライダーであるシャリフはその最中であろうと片手を離し、時計を確認する余裕さえあった。
この辺りは既に有する熟練度の差が物を言った。

M県を殆一回りしたにも関わらず、予定との時間差は殆ど無い。
予定通りならば別働隊は冬木の大橋を越えた頃だろう。
あと数分でこちらが突入すれば、その時点で戦闘開始となるはずだ。
『……では行きましょう』
一度だけ深く呼吸し、アクセルを全開にして加速を開始した。

それに気付いたのはシャリフのK1200Rが最高速に達する直前だった。
『ミズ・シャリフ……』
『分かってるわ、敵ね』
この速度で下道を併走しているバイクが居る。
二機の物とは明らかに違うエキゾーストノートが聞こえてきているからだ。
併走出来ていることから、敵は300キロを超えているのは間違いない。
ちらりと視線を下道に向ける。
どうやらかなり改造されているようで、そのエキゾーストノートだけでは車種や敵の姿まで認識することは適わない。
『このまま併走されるのは危険ですね』
真下から大口径火器やなんらかの魔術で攻撃された場合為す術は殆ど無いと言える。
だが下道を走る敵にはその気、ないし手段がないのか、併走したまま一分ほどの時間が流れていく。

そうして領域突入予定時刻まであと一分、突入予定領域まで8キロほどの距離になったところで、エキゾーストが一際甲高く耳に叩き付けられる。
『どうやら敵は加速したようですね』
『このまま行けば3キロ程先で鉢合わせになる上に頭を抑えられる形になる、それは有利ではあるけれど……先手を取りましょう』
『……派手にするのは本意ではありませんが、わかりました』
どちらにせよ、戦闘が始まってしまえば静かに、なんて気にしている余裕はなくなる上に元よりこの爆音だ。
ならば少々音を大きくしようと、問題にはならない。
それだけを考え、シャリフのK1200Rが僅かに減速し、逆に加速したライダーのY2Kが前に出る。
同時に背中に括り付けられた二つの棒切れ……RPG-7の内一つを握った。
そのまま肩に乗せて敵の出現予測位置を睨み、RPGの先端を視線と同期させた後、発射時点での敵への距離を予測、照準を調整する。
そして敵との相対速度、そして発射から着弾までのタイムラグを基準に更なる修正を加える。
刹那が何十秒にも感じられる緊張感がライダーにのし掛かる。
これほど簡単な代物ならば扱いを間違えることは無いと思っては居たが、いざ使う段になってみれば、一度くらいは実際に使ってみた方が良かったと考えてしまう。
保有する火器の量全体で見ればともかく、対甲火器であるRPG-7は彼女が成形炸薬弾装備の物が2本があるのみで予備弾頭はない。
大凡の火器はともかく、建造物に対して弾頭を叩き込むならば熟練しているかどうかは大して問題にはならないためだ。

果たして、敵は側道との合流地点から姿を現し、その直後にライダーはRPGの引き金を引いた。
本体のみならず、最高速に近いY2Kというカタパルトから発射されたロケット弾は、彼女から幾らも離れぬうちに安定翼を展開する。
敵の姿を睨もうとしたライダーの視界が一瞬消える。
爆発音と同時に推進用火薬を点火させさらに速度を増し、敵に突入したのだ。
その瞬間の炎が真正面を見据えたライダーの視界を埋め尽くしたのだ。
車体をウィリーさせてその眩しさから逃れたが、その数秒後に起きた爆発炎と爆風で車体が激しく煽られた。

僅かに後方を走るシャリフには、その爆発までのプロセスが見えていた。
RPG-7が推進用火薬に点火した直後、敵がライフルらしき何かを構え、発砲したのだ。
発砲はただの一度だが、そこから発射された散弾がロケット弾を『撃墜』してのけたのだ。
エンジン音とエキゾーストの切れ間から聞こえた発砲音から判断して、軍用ショットガンであることはまず間違いはないだろう。
その技量に戦慄すると同時に理解した。
この速度である、それと同時に発射直後のロケット弾へ正確な照準を行い、さらに散弾で撃墜したのだ。
これがライフルだというならばサーヴァントとしてはそう驚くことではない。
だがショットガンのように広域に弾が分散するスラッグ弾でそれを行うのは極めて難しい。

爆発炎で闇の中から詳らかに浮かび上がったバイクの姿は猛禽類を思わせ、エキゾーストと併せて考えればそれが原形を留めぬほどに改造された代物であることが明白となった。
一方てに握ったままのショットガンも近接戦闘が可能なように改造されているようだが、銃そのものは有り触れたSPASのようだ。
これによって宝具と予測される物は遠距離攻撃武器ではなく、騎乗するバイクにあると判断でき、そこからアーチャーである可能性は極端に減ぜられる。
『敵のサーヴァント、クラスは恐らくライダー』
予測は出来ていたが、これでほぼ確定した。
『ええ、でも作戦を中止するわけにはいかない……』
シャリフの言葉に、ライダーも体勢を立て直し、インカムに返答を行う。

ライダーであろうとあれだけの射撃能力を持った相手、しかも機動力はこちらと互角。
スピードで掻き回すことは不可能であり、今見せつけた技量から考えれば二人がかりとて即座に撃破することも適うまい。
だが作戦は続行しなければ別働隊が危険に曝される。
ならば片方をあのサーヴァントにぶつけ、もう片方が作戦を続行するのが策と言うことになるだろう。
この『クラスが重複していようと関係なく、幾らでも召還されうる』という異常な聖杯戦争であるとはいえ、これほど特異な、現代機械を用いる英霊がそう多く居るとは思えず、突入した一人は機動力を生かして攪乱することは可能だろう。
『……早くも障害ね』
互いにその辺りのことは言葉を交わさずとも理解できている。

ただの弾丸ならば問題となることはない。
だがサーヴァントの、英霊の装備ならばただそれだけで神秘が自動的に付加され、サーヴァントに対しても有効打となりうる。
『そのようね』
炎がその光を失う寸前、敵サーヴァントに視線を送る。
何の呪いか、拘束具を装備したその姿は己を押さえつけているように見えた。

いずれにせよ、先制攻撃は失敗し、背後をとったものの進行方向を押さえつけられた形となってしまった。
互いに速度は維持したまま、ライダーは言葉を発した。



snake:「私が足止めを、その隙に中枢を」
vampire:「足止めをお願いします、中枢は私が」

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最終更新:2008年01月17日 19:07