701 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/10/06(土) 04:28:51


行動の選択肢の広そうなベランダだ。
男が逃げた出入り口に直接向かい、追跡するとすればなんらかのトラップがある危険性がある。
それで負傷し敗退するとは思えないが、時間を稼がれる可能性は極めて高い。
だがベランダの方から追うならば屋上に向うなり直接地面に降下するなり行動に幅が生まれ、トラップがあったとしても回避しやすい。
何より、その選択によってここで操られる少年少女達に追われる可能性が最も低い。
この少年少女達は強化されているが、その強化は度外れた物ではなく、一般の人間の限界とされる地点に及ぶか及ばないかと言った程度のものでしかない。

そこまで考え、目前に迫る少年の顎に掌底を浅く撃ち、昏倒させる。
奇妙な感覚だった。
意識を操られ、肉体も強化されている。
にもかかわらずその強さに不均衡さを感じている。
これだけの数を操れるのならば実際に行う間に技量が向上したということもあるまい。
ならば何故こうも差が生まれたのだ?
「ッ……」
いけない、余計な事を考えては。

今はベランダから脱出する事を考えねばならない。
体当たりをすれば、ガラスは脆くも粉砕される。
「まずはあれを視認する……!」
そう考え、屋上へ向かうために手摺りに足をかけ。
「ッ!」
そのまま斜め上方に跳んで足を狙った一閃を回避する。

「避けられた……」
焦りを含んだ声を聞く。
必中を期した奇襲が回避されたことによるものだろう。
少女の声が至近から聞こえた。
咄嗟の跳躍だったため、体勢は崩れ、片膝と右手での着地となった。
直後の追撃を警戒し、咄嗟にその方向に視線を向ければ、サイズが体に合わぬのであろう、大きめの和服を着た人物が刀を持って立っていた。
明かりは遠く、殆ど完全な夜闇の中だが、その瞳に意志が点っている程度のことは見て取れた。
考えられるのは様々だが、恐らくはこの少女が敵のサーヴァントなのだろう。
そしてその焦り方、そして奇襲を完全に回避できたという事実、そして体勢の悪いこの状況に正対しても追撃をしないという過剰なまでの警戒感から判断すれば、少年とも少女とも付かぬ『それ』は格下の存在だ。
最後の一つだけなら逆に格上である可能性もあるが、前者二つを考えればその可能性は極めて低い。
恐らく通常の攻撃だけでも最終的に勝利することは可能だろう、しかし時間を稼がれる可能性を考えればそうするのは得策ではない。

パワーで勝るならば重力に反して行動するのがセオリー、重力という加速装置によるパワーの補填が出来ないからだ。
そのセオリーを考えれば、屋上に向かう事が常道と言うことになる。
常道から外れる事を考えないでもないが、逡巡している時間は無駄だ。
牽制の一撃を放ち、距離が開いたところでこちらからも一気に距離を離し、手摺りを足場に隣のビル目掛けて飛び出す。
飛び移ったそのビルの壁を足場に屋上へと一気に跳躍し、着地する。
「これで少しは時間が稼げるはず……」
稼いだ時間で逃げ出した敵の姿を見つけ、追撃する。
そう考えた直後、背後に殺気を感じ取る。
着地時の勢いを殺さず、敢えて姿勢を崩し背後の敵に体当たりし、その反動と同時に前方へ跳び、バク宙に更に捻りを加えて背面を向く。
そこに立っていたのは、先程の敵と同じ姿であった。
体に比して大きな和服も、握られた刀も同じ代物。
漏れ掛かった驚愕の声を押し殺す。
「素早い……」
格下であるという予測は外れていた、という前提で思考を組み直す。
だが簡単に負けてやる道理はない。
……古典的な手法だが、効果はあるはずだ。
「はあっ!」
釘剣を連続で突き出す。
その一撃は刀で防御され、あるいは回避される。
数秒後、大きな隙を持つ一撃を放つが、これは回避され、のみならず反撃を受け、釘剣を取り落とす。
敵はここぞとばかりの大振りの一撃を放つが、それこそが待ち望む隙に他ならない。
出足を払い、その勢いを殺さず後ろ回し蹴りを放つ。
その一撃は胴体に直撃し、ビルの柵を破砕してなお勢いのままに吹き飛ばす。
「この一撃から更に、と言う予定でしたが……」
少しの混乱があった。
敵の実力がまるで計れなかったことがその原因だ。
スピードは極めて高く、戦術は未熟で筋力も低い。
これまでの結果からそう予測できることはその程度でしかない。
「っ……いけない、そんな場合では」
顔さえまともに見ていない敵ではあるが、あの一撃で勝負が決しているのであれば全て無駄だ。
仮に決着が付いていないとすれば、次こそは完全に叩き潰すと決意し、その敵への思考をそこで打ち切った。

屋上にあった給水塔に上り、周囲を確認する。
路上には街灯が幾つか点っており、状況を視認することに不自由はなく、目標の存在を確認するのに時間はそう掛からなかった。
目標は別働隊の向かったビルの方角に走って向かっている。
本陣が襲撃されたことで中枢を移行させる考えなのだろう。
「多少足を強化しているようですが……」
屋上から飛び降り、地面に着地する。
幸いなことに、Y2Kは無事なようだ。
「あの程度ならば十分に捕捉はできます」
鍵を取り出し、セルを回した。


――時間を僅かに巻き戻し

セイラム:衛宮邸
クルーシブル:冬木市教会
パッシェンデール:冬木大橋近郊

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年01月17日 19:15