820 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/10/11(木) 04:53:16
「目標のビルを内部から制圧する」
展開された領域における『厄介さ』は一度聞けば忘れようもない。
そこに自分から飛び込むのは愚策だ。
「シェロ達を信じる、と言うことですわね?」
ルヴィアが眉根を吊り上げて問い質す。
「勿論だ、見捨てるつもりはない」
情の面から見ても、利の面から見ても、ここで見捨てるという選択肢はない。
だが空間内に突入するという愚策を選ぶつもりも無かった。
確かにここで見捨てる選択肢を取れば、この戦いに限りある程度のアドバンテージを得られる。。
既に確認された事として、この空間で塗り潰された非現実は解除後に現実によって上書きされる。
その空間内での移動は自由だが、その空間外に出ることは原則的に出来ない。
この空間内においては戦闘力としての筋力や魔力は無効化される。
また防御魔術などはこの空間内においては無駄でしかない為、展開する意味はない。
つまりどちらが勝つにせよ、この厄介な空間が解除されると同時にジェネラルの火力を半分も叩き込めば確実に排除が可能だと言うことだ。
そう、新たに防御魔術を展開させる隙も、逃げ出す隙も与えなければ撃破は可能なのだ。
しかしこの行動を選択することはできない。
この戦いが最終局面であれば、マスターからの信頼を失おうとこの戦いでの勝利をもたらす事を考え、実行しただろう。
だがこの戦いはこれから先も暫くは続くことは確実であり、マスターからの信頼は失えないし、であるが故に恩もある味方を殺すような行為を万が一にもするわけにはいかない。
「一個分隊を残す、後方からの援護の後、万一の場合に備え」
ジェネラルは言葉を言い終わるよりも早く、兵士に突き飛ばされた。
それを何なのか問い質すよりも早く、血煙が目の前を覆った。
「……狙撃!?」
ルヴィアが理解するよりも早く、ジェネラルが抱きかかえて伏せさせた。
同時に発煙筒によって相手の視界を奪う。
夜間に煙を展開すれば、煙の位置は明らかになるが煙の中までを見通すことは難しくなる。
そして無闇に発砲すれば自らの位置を露見させることにもなりかねない。
「音のした方向から発砲は目標ビルの方向から……」
視線を向ければ、そこには壁があり、ビルなど見えはしない。
狙撃銃ならばこの程度の厚さの壁など容易に貫通するはずだが、凝視しても穴など開いてはいない。
「だとすれば……跳弾、か?」
それとて十分に不可解ではあるが、だとしても解せない部分が残る。
動きを止めていたとはいえ、遮蔽物の向こう側の『標的』を射抜いた、と言う点だ。
念のため周囲を見渡してみたが、ミラーのようなものは存在していない。
また遮蔽物越しの視界を確保できるような魔術の存在があれば、ルヴィアが、己のマスターが気付かぬはずもない。
「そうか、観測手……」
そこまでの思考から、その直前にビルの制圧の手順、つまり戦術を考えていたこともあり、その仮定には時間も掛からず辿り着けた。
サーヴァント同様、神秘を纏う存在であるジェネラルの兵を撃ち抜いたと言うことから推測すれば、この狙撃手はサーヴァントだ。
そしてそのサーヴァントの観測手をマスターが行っていると推測すれば、今回の事は不可能ではなく、逆にこちらの好機となる。
狙撃手から見えぬ所を、観測手が別の位置から観測し、伝えている、そう考えるのに時間は掛からない。
「マスターとサーヴァントが別行動をしている可能性が高い……と、すれば」
ジェネラルは己のマスターを見やる。
「貴方はサーヴァントを釘付けにして、その間に私がマスターを倒す」
油断ではなく、その自信はある。
自身は時計塔で麒麟児と呼ばれる程の存在であり、『そこいらのマスター』などに遅れを取るはずがない。
ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトはそれだけの自信を自然と身につけている。
「……分かった、その作戦で行こう、ただし二個分隊ほど護衛はつけさせてもらうがそれは良いね?」
正直な所を言ってしまえば、目を離すのは不安ではある。
だがマスターのプライドと実力を信じ、尊重する。
それもまた信頼と言えるだろう。
「ええ、勿論、信頼してますわ」
「では、その信頼を裏切らぬ事を心がけよう」
互いに笑う。
この日、互いの心から『隠匿』の二文字が消えたのはこの時である。
「Go!」
ほぼ同時、消え始めた煙の中から飛び出す。
ジェネラルとその兵士が目標のビルに向けて弾幕を貼る。
ガラスというガラスが撃ち抜かれ、壁も多くが穴だらけど化す。
ビルに吸い込まれることのない弾丸は上空へ、屋上からの可能性も考慮し、銃撃が叩き込まれる。
その姿を確認することなく、二個分隊を伴い、総身を曝して駆け抜ける。
SC空間を背後に背負っている以上、その先の可能性は考慮から除外した。
それならば、SC空間を展開させる寸前に名乗った男――クロードと言った――が狙うべきは先頭の兵士達であるはずだ。
夜と言うこともあり、できるだけ近くでの観測を行いたいはずだからである。
と、すれば、候補は二つ。
真正面の喫茶店か、その隣の雑居ビルか。
それ以外はあの道を監視するには角度が悪いか、距離がある。
ジェネラルの火力は極めて高いが、敵の位置も分からぬ盲撃ちでは倒すことは出来ないだろう。
ならば急がねばならない。
最終更新:2008年01月17日 19:17