920 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/10/14(日) 03:38:39
雑居ビルに突入する。
『自分が同じ立場に立たされたならば』という視点で物事を考れは当然こちら――最初の前提が間違っていたとすればどうしようもないが――になる。
喫茶店も隠れる場所の一つ二つはあろう。
だがビルの中はその比ではなく隠れる場所があるのは確実だ。
退路の確保し易さの面からは喫茶店も考えられる。
だが確保のし易さは同時に遮断のし易さにもなる。
悩んだのはそこまで、あとは己の選択を信じるだけ。
思考を切り替え、随伴する兵に簡単な指示を飛ばす。
「一分隊はここに」
外に残しておくのは万が一判断が間違っていた場合、そしてなにかのミスで逃げられそうになった場合追撃を行わせるための、いわゆる保険だ。
その辺りのことは理解しているのか、是非を問い質すことなく展開し、突入口に銃弾を叩き込み、破壊する。
突入したビル内部は非常灯すら点灯しておらず、真っ暗だ。
「……破壊されている?」
眼球を強化し、天井に視線を走らせた結論がそれだった。
ビル内に照明となるような物はないが、外部から僅かに入り込む光の残滓によってどうにか見ることは出来ていた。
「つまりビンゴ、って事ですわね」
あるいはこれすらも判断を狂わせる策かもしれないが、これだけのことをやるのは手間だろう。
それならばスイッチを破壊するかトラップを仕掛けておけば良いのだから。
ふと思いだしてポケットからワルサーを取り出し、セイフティを解除する。
魔術師としては下策の中の下策だろうが、得意とする魔術を可能な限り悟らせたくはないという思いから、彼女も銃を握る。
もしこちらの素性や名前――フィンランドのエーデルフェルト家はガンドの名手を多く輩出しているという事実と、その多くの例に漏れず彼女もガンドを得意としている――が知られているとすれば無駄だろうが、そうでなければある程度の効果があるはずだ。
少なくともガンドが得意技と言うのを知られているのと知られていないのでは大きく違う。
遠距離攻撃が得意な相手ならばそうでもないかもしれないが、近接戦闘を得意とするマスターならば多少のダメージを覚悟で突撃してくるかもしれない。
それならそれで多少の心得はあるが、出来るならば魔術で決着をつけたい物だ。
「……それも余裕があればの事ですわね」
数歩分先を行く二人の兵士が指で合図を送ってきたのを見て、姿勢を低くする。
その合図が何を意味するのか、大凡の事は理解し、何をするべきかを考え、銃を構えた。
一人が扉を蹴破り、二人目と三人目の兵士が間髪入れずに突入する。
背後で銃を構えて警戒する兵士に援護されて室内に突入する。
セオリーは兵士達がやってくれる、ならば自分のやるべき事は何かを考えれば、通常有り得ぬ場所からの奇襲であると結論できた。
そして地中は警戒がほぼ不可能、ならばと天井を睨み付け、そこで人の形を見た。
「なっ……」
迷わずそこに向けて発砲する。
「……サーヴァント!?」
通常の人間ではないのは何となく分かる。
だが人外のモノかと問われれば即断できる物ではなかった。
確かに天井に張り付き、それどころか銃弾を回避したのは異常に過ぎたが、その姿は英雄にはまるで見えない。
銃弾を回避した勢いのままに床に伏せ、猛禽類のように姿勢を低くし刀を構えたその姿はどちらかと言えば野獣に近い物だ。
とはいえ、放った銃弾を回避したのみならず、兵士達の三点射を回避していると言う事実は、人外の存在、今回の場合サーヴァントであることはほぼ確実だ。
「……え?」
そこまで考えて気付いた事があった。
これで三組目である。
実際に姿を見た者はこの野獣のような少年だけだが、既に二組の存在を認めている。
「だとすればこの作戦の前提が……ッ!」
石礫を投げつけられる。
音速で迫るその礫は、脳や胸部に直撃すれば致命傷とはならずとも戦闘力は確実に奪われる。
考えるのは後回しにせざるを得ない。
床を蹴り一回転して回避する。
だがその反撃で回避を疎かにしたのか、銃弾の一撃が肩を撃ち抜く。
好機と思った直後、体当たりで背後の窓を割り、脱出された。
「ッ……深追いはしないで、それよりも敵マスターを!」
何者かは知る由もないが、あれだけの回避力を全て逃げる事に傾けられればそうそう倒せる物ではないと判断した。
外から射撃音のみならず砲撃音が聞こえてくる。
まだ狙撃手との戦いは終わっていないようだ。
「……クリア!」
「次!」
次々と部屋を掃討しながら様々な可能性を思考していく。
「急がなければ……この戦いに勝って、この可能性を伝えなければ……足下を掬われるかもしれない」
戦闘中に油断するような事はないだろうが、勝利したと確信した瞬間は大小差はあれ誰しも警戒が緩む。
仮にビル内で遭遇したあの敵がこの時点での敗北を認め、仲間を見捨てて最後の逆転を狙う事に作戦を変更したとすれば勝利の可能性は潰える。
かといってこの事を伝えに向かい、その間にこのビルに潜伏しているであろう敵マスターに何らかのアクションを起こされたり、逃げられたりする事は避けねばならない事であった。
つまり彼女は、手早く敵マスターを倒して情報を伝えねばならないと考えていたのであり、その事が彼女に焦りを生ませた。
焦りに利点はまるでなく、その事を自覚していながら、彼女の内心から焦りが消える事はなかった。
最終更新:2008年01月17日 19:18