956 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/10/16(火) 04:25:09


それなりに高いビルではあったが、最初の部屋での数十秒の遭遇戦を除けば、全ての部屋はクリアな状態で、敵との遭遇もトラップも存在してはいなかった。
その事もあり、各部屋の突入から別の部屋への突入には三十秒も掛からず、十分ほどで最上階に足を踏み入れる事が出来ると、ルヴィアはそう考えていた。
もっとも、これだけ時間が掛かればその前にジェネラルが倒してしまうだろうという楽観的な部分もあったのは事実だが。


最上階へと続く階段の踊り場手前、そこへ向かう階段の中程で、ポイントマンを務めていた兵士が手を振って足を止める。
ただそれだけで全員が止まった。
他の兵士が背後を警戒しているのを確認し、兵士に何事か尋ねる。
「……恐らくトラップです、踊り場に何かあるのが見えますか?」
そう言われ、背伸びをして階段の踊り場をじっと見てみれば、何か粉末らしき物が散布され――気付いてみればその粉末は足下の段にも撒かれている――その奥には何事か機材が置かれている。
さらに注視してみれば、踊り場に細いが丈夫そうなワイヤーが引かれており、それは機材へと続いていた。
ポイントマンの兵士が足下の粉末を手に取り、指の間で軽く擦っている。
「鉄と、アルミ」
その言葉でぞわりとして段差に転びそうになる。
「……テルミット法?」
魔術師である彼女にしても、基礎的な錬金術に絡んで科学知識は一般常識として学んでいた。

テルミット。
金属酸化物を金属アルミニウムで還元させる冶金法の代表例である。
アルミニウムは着火した際に周囲の酸化物を還元しながら高温を発する。
この原理を用いた合金鉄や軍用焼夷弾の存在までは知らないが、この還元法については理解している。

「解除は可能ですわね?」
それを用いるとしたら、あの機材が発火装置となるはずだという彼女の見解は、その場に居る全員の見解でもあった。
「ええ、恐らくは」
頷いて兵士に解除を促し、そして思考する。
『この罠の意味は何か』という事を考えても、容易に解答は出ない。
確かにこのトラップは発動すれば有効だろう。
突入前に軽く見渡しただけだが、このビルには非常階段が存在せず、この階段を使用不能にすれば上下の移動が困難になる。
だがそれが目的ならば最初から爆破でもしてしまった方が効率的だし、階段を使用中に爆破して諸共に、と言うことであればテルミットではなく――彼女はその名前を知らないが――C4を用いた方が効率的、というよりも火災で階段を崩すのは容易ではない。
というのも火災で階段が崩れて使用不能になる頃にはビル全体が危険になるためである。
それに火災で効果があるのは人間である彼女に対してのみで、基本的に霊体であるジェネラルの兵士には効果が無い。
足場を崩せば多少のダメージがあったりある程度行動の阻害にはなるかもしれないが、それとて時間稼ぎの域を出ることはないだろう。

「危ない!」
その言葉が聞こえると同時に後方、階下に向かって跳ぶ。
思考は消え、空中で姿勢を整える。
乱れてしまった髪の向こう側、暗闇の中で、再び敵の姿を見た。
そう、明確な敵である。
髪の毛の先を刃が擦過していっただけではない。
その姿はビルの一階で見た物と同じ、和服姿の獣だった。

階下に着地し、敵の姿を踊り場に見る。
手に握った刀がワイヤーを切断する姿も、暗闇の中だというのにはっきりと見えた。
同時に火が流れ落ちる滝のように階段に広がる。
自分に随伴していた兵士も、敵も全て飲み込み、その姿は見えなくなった。
熱風が吹き付け、その熱さで思わず目を瞑る。
その中で僅かに違和感を感じた。
まるでガソリンでも撒いていたかのような速度で燃え広がるテルミットの炎は、これまで経験がないとはいえ違和感があった。
それに、単純な炎によってダメージを受けるマスターが有効圏外に逃れていたのは分かっていたはずなのに、何故あのような真似をしたのか。
不思議に思う暇もあればこそ、熱風が収まった直後、目を開けようとした直前、今度は爆風が彼女の体に叩き付けられた。
今度は耐えきれず、吹き飛ばされ壁に叩き付けられ、更にその反動で床に叩き付けられる。
爆風が収まり、目を開ければ、階段は見事に吹き飛んでいた。
「二重トラップ……!」
漸く敵の狙いを看過する。
炎によるトラップの存在を大きくアピールすることで動きを止めさせ、その発動と同時に密かに仕掛けておいた爆弾で階段を爆破する。
撃破することが最上だっただろうが、こうして自分が無事であることから判断すれば、敵の狙いは分断にあった、と言うことにある。
この階での探索に不備があったか、それとも上から外側の壁を伝い降りてきたか、その辺りのことは分からないが、やるべき事は決まっている。

そこまでを冷静に判断すると、ゆっくりと立ち上がり、服の埃を払い――


ドーバー海峡:拳を構え、呼吸を整える
コタンタン半島:壁を背にして周囲を警戒する
ノルマンディー:かつて階段であった吹き抜けを背に周囲を警戒する

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最終更新:2008年01月17日 19:19