30 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/10/19(金) 04:26:49


かつて階段であった吹き抜けを背に周囲を警戒する。
背後に僅かな熱を感じるが、呼吸には支障はなく、何より、背後からの奇襲の可能性が最も低いと思えたからだ。
仮に壁を背にしたところで、英霊の一撃の前では紙同然の脆さであり、それどころか魔術師の礼装も物によっては容易に貫通するだろう。
比して、背後が中空であるここならば、背後からの奇襲はルートが限定されるし、ヘタに動けばその時点で察知されて無防備な中空に身を曝すことになり、そのような手段に出るとは考えにくかった。
とはいえ、サーヴァントが相手ならば思いもよらぬ奇襲はあるだろう、しかしその場合はどうしようと同じ、逃げられる可能性は極端に低く、倒せる可能性は皆無に等しい。
そしてその場合にしても、吹き抜けに逃げるより生き残る可能性は皆無だろう。
故にこれがベストと判断し、それ以上この事について考えるのを止めた。

吹き抜けに背を向け、警戒を続けていると、どこからか声が聞こえてきた。
その声は一定のリズムを刻みながら近付いてくる。
「……歌?」
その歌には聞き覚えがあった。
歌い慣れているわけではない、だが幾度となく聞いた賛美歌……アメイジング・グレイスだ。
良く通る低いバスの歌声は、未だ外で鳴り響く砲音や銃声と共に朗々とビルの中を駆けめぐっていく。
その声は、いつぞや見た、それがオペラだったのか映画だったのか、はたまた本だったのか、もうタイトルすらも思い出せない作品の1シーンを思い起こさせる。

議事堂に赤軍の旗が揚がり、戦争が終わった日。
あるドイツ軍将校がかつての友に再開する。
彼はユダヤ人で、ゲシュタポに長期にわたり拷問されていた。
再開を喜び合うと共に、彼の窮状を知らず、助けられなかったことを詫びる将校と、それを許す友。
郊外からまだ続く砲撃音の中、崩壊したホールで、彼等はかつてのコンビを再結成する。
敗戦に打ち拉がれるドイツ国民が絶望に沈む中、ピアノとバイオリンがヴィヴァルディの春を奏でるのだ。
それは、絶望的なほどに暗いシーンが続く作品の中で、闇を抜ける曙光よりも明るく眩しく見えたのだ。

歌声は既に近くにある。
気配を隠そうとすらしていない、あまりに堂々たる者で、微かな気配さえ感じ取ろうとする自分が馬鹿らしく感じてしまうほどだった。
貴人故か、その歌声が素晴らしすぎたが故にか、その流儀に従った。
即ち、歌が終わるまで互いに何もしない。
一方は歌い、一方は聞き入った。

かくして歌は終わり、互いに会話を始めようと思っていた。


「さて、何を言うべきだろうか?」
低く通るバスは歌でなくとも耳に心地よい刺激を与えてくる。
「そうですわね、まずは『確認』ではないでしょうか?」
「そうか……では問おう、君はこの聖杯戦争の参加者、違うな、魔術師か?」
「双方に肯定ですわ、名乗りは上げませんけれど」
「なるほど、私は貴女を知らないが名家の者、それもなんらかの魔術に特化した者ならば当然の事だ」
「あら、なれば貴男は名乗っていただけるのかしら?」
余裕を漂わせるように笑いかける。
「そうだな……では名乗ろう、私はギュンター・ジヴァニッヒ」
「ジヴァニッヒ……?」
「知らなくとも無理はない、ただの富豪の家系だからな」
その言葉で記憶に僅かに見えた物があった。
ジヴァニッヒ、ドイツ南部に土着したプロイセン貴族の家系。
そして今は、南部有数の富豪の家系だ。
「ただの富豪ではないでしょう? その名を知っているならば」
「私も肯定しよう、数代前に次男がオカルトにのめり込んでね、かくして次男の家系は外道に堕ちた、と言うわけさ」
「外道に堕ちた、とはまた随分な言いぐさではなくて? 貴男の推察の通り、私は魔道の人間でしてよ?」
笑う。
「おや、そうだったか、忘れていたよ、フロイライン……」
互いに笑う。
笑いながら殺気が上がっていく。
「貴女の強さに敬意を払おう、忌まわしい外道の血を身に留めておけるその強さに」
「ならば貴男にも敬意を払いましょう、その外道の前に立ったその蛮勇に」
殺気が指向性を持たず、周囲に充満していく。
「プロイセン貴族の名誉に誓おう、貴女が一人である限り、一対一を守ろう」
「ならば私も我が誇り高き家名に誓いましょう、貴男が一人である限り、一対一を守ると」
「ならば良し、行くぞ!」
その言葉で堰を切ったように、充満した殺気が指向性を持って互いに向け放たれ、ギュンターがその第一歩を踏み出した。



突撃:呼吸を合わせ、こちらも前進する
迎撃:呼吸を止め、足を止めて迎撃する
回避:危機を感じ、真横に跳ぶ

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最終更新:2008年01月17日 19:20