135 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/10/25(木) 04:47:47
――S市某所
その部屋にはただ一人が座っていた。
座って何をするでもなく、頬に手を当て目を瞑っている。
その耳に足音が届き、瞑っていた目を開けると、それと同時にドアが開いた。
「どうだい?」
「さあて? どちらのことかな?」
「うん、そうだね、じゃあ両方って事にしようか」
互いに分かっているであろうに、一つ一つを確認してみせる。
殊更に軽い口調で語ってみせるのは、本音を漏らさぬ為でもある。
「共に順調だよ、不本意ながらね……アレはワインを飲んで寝ちまったがね」
それだけを返答に、机の上のワインに手を伸ばす。
「そうかい、それは良かった、キミも楽しんで貰えたら幸いさ」
小馬鹿にするような笑みや態度で誤魔化そうとも、この場の主導権が相手にあることを、彼――J.B.――は知っていた。
彼にも望みはあったが、それは聖杯に因らずとも為しうる物であった。
ただそれがもっとも手っ取り早く、かつ確実な手段であるからという理由で手を組んだに過ぎない。
「で、そっちの望みは叶いそうなのかい?」
「そっちの望みが叶って半分、と言ったところだろうね」
「そいつはまた遠謀な事だ、果実を手に入れたら腐っていた、なんてことになってくれたら面白いんだけどねぇ?」
「ま、どちらにせよ、君の望みを叶えることも本命のための実験に過ぎないのさ、この戦争にしても『ありもの』を利用したにすぎないしね、エコロジーだろう?」
「ああ、それは違いないね、環境に悪そうなエコロジーだがね」
漏れ出る笑みと共に腐り堕ちるような空気が堆積していく。
この退廃の宴はそう長くは続かない。
「あらあら、あなたも来ていたのね」
三人目が現れ、淀んだ空気を流した為だ。
「お邪魔しているよ、暫くの間はね」
「そっちの景気はどうだい?」
「あらあら、分かっているくせに、わざわざ言わなければならないのかしら?」
這い寄るように耳元で呟いてみせる。
その姿はマフィアのドンとその愛人のようであったが、無論二人はそのような関係ではない。
「準備は整っているわ、あとはそちら次第でしょう?」
ふっと耳元に息を吹きかけ微笑むその姿は、見た目とは不相応に妖艶で、一度清浄に戻ったはずの空気は、先程まで以上に淀み、肌に張り付くように重くなっていた。
「それでは、彼の様子はどうなのだ?」
その空気を意に介さず、一人目の存在が威厳を纏い問いかけた。
――同時刻、冬木市街
見えては居ないが、敵が何らかの礼装を展開した、というのは理解できた。
こうなってしまえば主導権は敵の物となる。
だが、距離を詰めてくるという事実からすれば、敵の礼装は遠距離攻撃が不可能な代物だ。
故に、距離を開けながら敵を見据える事、つまり見に回るのが無難か。
バックステップで距離を開きながら、銃弾を甘い狙いで連射する。
無論距離があるこの状況では回避され、時に弾かれ、ダメージなど期待できる物ではない。
だが彼女はその様子を観察する。
放たれた弾丸は運動能力を見極めるためではなく、隠された礼装を見極めるための物である。
僅かに見え隠れする敵の礼装の正体、それを看破しなければ勝利の女神は敵へと微笑むだろう事は彼女は深く理解している。
故に無駄な攻撃を行い、誘い、それらをもって看破のためのヒントとする。
それが彼女の選択だった。
正中線を射抜くはずの一撃が高らかな金属音と共に弾かれる。
殆ど同時に放った連射は振るわれた右手の先で叩き落とされる。
「ハッ!」
ギュンターの一閃と共に、廊下に放置されたままの荷物が巻き上げられ、まとめてルヴィアに向けられる。
巻き上げた物は熱風。
荷物が叩き付けられる寸前にその事を察知し、床に伏せ、荷物をやり過ごす。
だが床に伏せやり過ごすだけの時間は接近されるに十分。
「オオッ!」
伏せたままのルヴィアに右手から突きの一撃が放たれる。
無手だとすれば彼女に届かぬそれは、確かに床を抉り取った。
瞬間の差で、両の手足で後方に跳ねたのだ。
回避に成功したという認識と回避されたという認識は同時。
続く一撃は払う一撃、床から天井へと放たれたそれは、ルヴィアの皮膚を擦過する。
皮膚を切ったそれは、血管までは切れず、出血はない。
だが豪奢な彼女の戦闘衣の一部は縦に切り裂かれていた。
「……女性の身体とは戦闘に不利だな、特に貴女は豊かな身体をしていらっしゃるようだ」
追撃するタイミングを逃し、出方を凝視している。
「あら、手加減してくださるのかしら?」
僅かに裂けた戦闘衣の胸元をちらりと見つつ、敵の礼装を推測し、同時に敵の出方を見計らっている。
「とんでもない、それは失礼という物だろう、むしろそこを突かせてもらうのが礼に適うというもの」
じりじりと間合いを詰めていく。
じりじりと間合いを離していく。
……幾つかは理解できた。
まず敵の装備している物体が武器に類し、両手でも片手でも扱える代物であると言うこと。
銃弾を最初に弾いた瞬間までは盾である可能性を考慮に入れていたが、それが武器に類する物である事はこれまでの経緯から明らかだ。
次に敵の礼装が紛れもなく不可視である事。
両の手足で跳ね、攻撃を回避した、それほどに敵と接近した瞬間ですら武装の正体を見抜けなかったことからである。
だが、敵の武器は不可視であるという特殊な点を除けば通常の武器に類する物であることはほぼ確実だろう。
そしてこれはまだ推測の域を出ないが、風と火の属性を持っている事。
叩き付けられた熱風は熱砂の砂漠のそれであった事から、風を操るのみならずそれを熱する事が可能であることからである。
ただし火の属性はそう強い代物ではないのだろう。
風を叩き付けた瞬間に『着火』されれば逃げようが無かったはずだが、その作戦を実行しなかったことからの推測である。
……作戦は既に大部分が出来上がっている。
しかしそれを実行するための細やかな部分はまだ分からず、完全ではない。
それは分かっているが、そう長い間あの攻撃を防ぎきるだけの自信はない。
理解出来て一つ、それが限度だろう。
それ以上は恐らく押し切られると、彼女の理性が告げていた。
実行に必要な物は――
最終更新:2008年01月17日 19:23