178 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/10/28(日) 04:29:57
そう、必要な物は己の策に命を賭ける『覚悟』である。
この男は、紛れもなく魔術師であり、ほぼ確実に聖杯戦争の参加者である。
そして退くことは無い、と言うことはこれまでの僅かな時間で分かっていた。
瞳に映す意思は固く、自らの掲げた願いに命を張っている。
正直に言ってしまえば、彼女にはそこまでの強い願いはない。
だが、挑まれた決闘に背を向けることは出来なかった。
一度、深く呼吸し、敵を深く見据える。
「勝負に出る、と言うことかな?」
「ええ、でもその前に、良ければ質問に答えてくださるかしら?」
「構わんとも、答えられる物ならば答えよう」
構えたまま両者が動きを止める。
「この戦いは貴男の望みのため?」
「そうでもある……願いがあり、願いを叶えるためのルールが戦いだというのならば、だ、そこには恨みも怒りも無い、ただ厳然たる『
ルール』に従い、行動する……そのどこにも問題となるモノはない、そうだろう?」
その回答を聞いて笑みが漏れた。
「ルールを遵守するドイツ人らしい答えですわね、それが心からの答えだというのならば、私に殺されても恨みはないと言うことでしょ
う?」
「無論だ、殺されたのならば私の力の無さを恨むだろう、だがそれだけのことだ」
「……分かりましたわ、恨みはなく、決着はここで」
その笑みは、彼の目には聖母のように映った。
「ああ、その通りだ、戦争は続く、されどこの決闘はここで終わりだ」
語りたいことは山とあった。
講和の可能性、その意志の強さの源や従えているサーヴァント、出鱈目に思える魔術、それら全てを些末な物として切り捨てた。
『聖杯戦争』というルールに従い、敵を倒す。
その為に、互いが同時に踏み出した。
ギュンターが右腕を突き出す、やはりその手に持つ武器は見えない。
応じてルヴィアが左腕に握るワルサーを突き出す、だが発砲はせず、それどころか引き金に指すら掛けていない。
銃と、そして見えざる武器が激突し、あっさりと銃が粉砕される。
だがそれでも尚、粉砕された残骸と共に、見えざる刃を挟み込む。
それと同時、風と共に吹き荒れたのは極上の刃。
カマイタチと呼ばれる現象が数倍したかのような嵐は挟み込んだ腕を無視するかのように全身を刻み、さらに本体である刃を進めていく。
これこそがギュンターの礼装『疾風怒濤<<Sturm und Drang>>』、不可視であると同時に触れた物を切り刻む、食人鬼とも妖精とも言われるジンの加護を受けた礼装である。
起源として『無秩序』を有する彼は、祖先より受け継いだ刻印とはまったく違う――そもそも受け付いた魔術刻印からして無秩序きわまりない代物ではあったのだが――中東や東洋の魔術を研究し、血の契約と引き替えにジンとの契約を行ったのだ。
その代償は『死後の死』である。
刻まれた手から力が失せ、刃は心臓に向けて前進していく。
だがそれでもルヴィアは諦めては居なかった。
死ぬまでに完全なる終わりはない、如何なる時でも活路はあるのだと言い聞かせ、魔術回路を総動員して左腕を走らせた。
その結果。
左腕は血煙を吐き出し、だがギュンターの『疾風怒濤』を己の後方へ弾き飛ばす。
それは同時に、彼女が懐に飛び込んだと言うことでもある。
跳び退こうとするが、礼装に与えられたベクトルは瞬時に消しきることは出来ず、無防備な懐を曝していた。
「はああああっ!」
ナイフを突き出すかのように、指を真っ直ぐにギュンターの無防備な身体へと突きだす。
指先が突き刺さった地点は左胸の真下、胸筋と腹筋の切れ目である。
そこから真っ直ぐに突き上げられた指は親指近くまで体内に突き刺さり、更には心臓にまで突き刺さった。
通常、身体の構造は全人類同じ物だ。
彼女の突き刺した地点から心臓までは大凡8センチ。
指先は確実に心臓まで到達していた。
それを確認する余裕は彼女にはない。
腕を突き刺したまま、最大出力でガンドを撃ち出した。
物理衝撃を伴う強烈な呪いが心臓を破砕して肉体を貫通し、体内に残存した呪いと衝撃は更に臓器という臓器を傷つけ呪いによって汚染する。
血を吐き、床へと倒れ込んだ瞬間にはギュンターは絶命し、その肉体はジンへと捧げられた。
倒れ込んだ彼の身体が、――ずばりそれだと理解していたわけではないが――契約に従いジンに捧げられていくのをぼんやりと見送った時には、かなりの血が流れていた。
ふと我に返り、血液の流れをコントロールし、破れたドレスを左腕に包帯のように巻き付ける。
片腕だと少々難しいが、出来なくはない。
「痛みを感じる、と言うことは神経はまだ生きていますわね」
それでも、暫くはまともに動かすことは出来ないだろう。
敵の礼装を破る為とはいえ、随分と無茶をした物だと自嘲する。
「多少目論見が甘かったというのもあるのでしょうけれど……」
元々、ただ不可視な物だと思ったのだ。
だから銃を囮に刃を掴んでさえしまえばなんとかなると思っていたのだ。
人を殺した、という後悔はない。
元より彼女の家系は戦いに生きてきた。
殺し殺される覚悟は常に有している。
初めての殺しがこのような決闘になることは予想しては居なかったが、ルヴィアは彼に感謝していた。
紛れもなく彼は強敵であり、好敵手であった。
一歩間違えれば敗北していた可能性は高かったと彼女自身思っていた。
「……感謝しますわ、そして、貴男のことはきっと忘れません」
それだけを言って、彼の死体があった場所に背を向ける。
砲撃音は未だに続いている。
ならば戦いはまだ続いていると言うことだろう。
「さあ、早く合流して、マスターを倒したことを皆に伝えませんとね」
その顔は、疲れ切り、苦痛に歪んでもいたが、その瞬間の表情は、とても晴れやかだった。
「……そういえば、階段は潰れてしまいましたし、どうやって下に降りましょう?」
無論、晴れやかなままというわけには行かなかったが。
最終更新:2008年01月17日 19:24