232 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/10/31(水) 04:24:37
――冬木市教会
深夜にもかかわらず、電話のベルが鳴った。
雑務を全てこなし、ベッドに入ったばかりだと言うのにと、不機嫌この上ない状況であった。
とはいえ、この時間にも関わらず電話をしてくる以上緊急の事態でも起こったのだろうと考え、その事は微塵も声には出さず受話器を取った。
「……はい」
「シスター・オルテンシア、いや……今は司祭代行だったな、よろしいかね?」
「拒否したら切っていただけますか?」
「即答とは、可愛い声をして辛辣だね」
受話器の先の声は疲れ切っているが楽しそうで、それがまた勘に障った。
「切ってよろしいですか?」
「それは困るなシスター、冬木教会を取り仕切る人間としての職務、その依頼を行いたい、S市教会を取り仕切る立場の人間としてだ」
声のトーンが一段下がったのが分かった。
「……拒否権は無さそうですし、真面目な話のようですね、話を伺いましょう」
「うむ、現在冬木市市外において戦闘が行われている、規模は小さいがその戦闘圏内での戦闘は激烈なようだ、ついてはその後始末を行っていただきたい」
「現在の戦争はS市で行われていると言うことですし、業者の類はほぼ全てそちらに派遣されているはずでしょう、そちらで手配すればいかがですか?」
「できればやっているがね、こちらでも戦闘が各所で行われていてな、北部では嵐が吹き荒れているのが確認されたし、港近辺の海上では巨人が暴れているなんて言う冗談のような報告まで来ているのだ」
「……なるほど、それでは仕方ありませんね、具体的な位置をお願いします」
「感謝する、ではその位置なのだが……」
『ジェネラル、聞こえまして?』
念話を試みる。
大声を上げれば聞こえそうな距離ではあるが、砲撃音に遮られるであろうし、敵に聞かれ攻撃、あるいは奇襲を受ける可能性も考えそれは避けた。
『聞こえている、無事だったようだな』
明らかに安堵していると分かる声が、聴覚に因らずして脳内に響いた。
『当然の結果ですわ、それよりも、そちらはどうですの?』
実際の所、こちらが死亡していてもおかしくはない結果ではあるのだが、とりあえずそれは伏せておくことにした。
『膠着状態だな、敵は砲撃の合間合間に攻撃してきて、被害も少し出ている……流石にビルを崩すわけにもいかんからそう思いきった攻撃もできんしな』
『……つまり敵に関する情報はまるで得られずって事で良いんですの?』
サーヴァントに関する情報を手に入れる最大の相手を失ったのだとと言うことを漸く理解した。
『気配遮断能力からアサシンかとも思えるが、観測手であるマスターは倒したのだろう?』
『そのはずですわ、観測手がマスターでないというならば話は別にもなるでしょうけれどもそれは考えにくいですし……何かありまして?』
死体が倒れていたはずの場所に目を向ければ、そこには既に肉体は無く、着用していた服や骨の一部が残るのみだ。
『戦術に変化が全くないのだ、射撃の次の瞬間には別の場所に移動しているのか、こちらの攻撃で有効打となっている物は無さそうだ』
『だとすれば長期の単独行動が可能で遠距離攻撃を有するアーチャーと言う可能性もありますわね……近接戦闘、ビルの突入制圧はできませんの?』
『調べてみたが悪質な魔術トラップが満載で前進にかなりの時間が掛かっている、梯子を取り付けようとしたがそれは攻撃を受け破壊された、今工兵が一階のトラップを解除にかかっているが階段まで到達するのにすら暫く時間が掛かりそうとの報告だ』
『厄介ですわね……私と同行していた分隊はどうなりました?』
思考を始めた頭に同行していた分隊、そして己に襲いかかった敵を思い出し、忘れていた自分の迂闊さに己を殴りたい衝動に駆られた。
咄嗟に壁を背にして周囲を警戒するが、敵らしきものは見えない。
『そちらは吉報が届いている、敵を撃破したとの報告は受けた』
その言葉に警戒はそのままに、一度息を吐く。
考えてみれば、狙われているとしたら無防備な時間に殺されていただろうと思い至る。
勿論それで気を緩めて良いはずもないのだが。
『それは嬉しい事ですわね、それでは戻りますので、分隊を待機させていただけます?』
『勿論だ、階段が使えぬと言う報告なので梯子を用意させているのだが、不要かね?』
『……ええ、問題はありません』
階段が無いことで一時的に泡を食ったが、魔術の応用で自由落下を制御することを思いつく。
質量や気流の制御は彼女にとってそう難しい術式ではない。
舞を舞うようにエレガントに、とまでは行かないが、衝撃を緩和させて着地する程度ならスカートを押さえずに出来る自信があった。
『分かった、では気をつけて降りたまえ』
それだけ言って念話は途切れた。
「……さて、では参りましょうか」
そう呟いた彼女の耳に、砲火に混じり、別の音が聞こえてきた。
その音は彼女にとっては聞き慣れないが、知っている音だった。
聞いたばかりでは聞き間違えようもないその音はライダー、シャリフの駆るK1200Rの四気筒エンジンの発するエキゾーストノートだ。
それに混じる音は聞き慣れぬ物だったが、同じくバイクのエキゾーストノートだと言うことは理解できた。
さらに耳に神経を集中させれば、圧倒的すぎるエキゾーストに掻き消される程に僅かだが、銃声も混じっているようだ。
「敵ライダーがこちらに向かっていると言う事ね……もう一人のライダーの方はどうなっているのかしら?」
そう簡単にやられるわけはないとは考えていたし、事実無事ではあるのだが、情報が無い時は最悪のパターンも考慮しなければならなかった。
その辺りのことは生前絶望的な戦いを繰り広げたジェネラルも理解している。
ビルへの攻撃を続行しながら更に四個分隊を現出させ、音の向かってくる方向に向けて銃口を向けさせる。
最終更新:2008年01月17日 19:25