51 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/18(土) 16:00
——少女が謡うように宣言するのと同時、
「————! うぁ……っ!」
バゼットは突如目の前に現れた鉛色の巨人に身体を掴み上げられた。
そのまま怖ろしいまでの怪力で握り締められる。
「っ……!」
バゼットの顔が苦痛に歪む。
腹をとても人間のものとは思えない太い指で圧迫され、骨が軋みをあげる。
筋肉が無理やり断裂させられ、ぐちゃ、という音とともに、内臓のどれかが破裂した。
「かふっ……」
思わず咳き込み、血塊を吐き散らす。その反動で肋骨にびきり、と幾つも罅が入る。
常人なら失神、いや、瀕死に臥しかねないほどの激痛と重症。
このままでは握りつぶされる、と引き剥がそうとして、しかし瞬時に諦める。
「っあ……」
人智を超える、とはこういった力のことを言うのだろう。
身体と同じく鉛色の指は、一本一本が細めの丸太のように太く鋼鉄のように固い。
その指や掌から繰り出される圧力は、人間が抵抗できるレベルを遥かに超えている。
——腕力で無理ならば、魔力で対抗するまで……!
バゼットはそれならば、と全身に巡らせていた魔力を自由な右手に集結させ、その右手で、右耳につけてい
るピアスを強引に引きちぎる。
そして火花が散り、白く霞がかった視界。己を掴みあげる腕の手首にそのピアスを投げつけ、ただ全力でス
ペルを叫んだ。
「———F i r s t. flame.Sonic……!」
永い詠唱は不可能。
されど、僅か数節の火炎砲撃の魔術に篭められた魔力は、一流の名に恥じぬ大容量。
魔力の篭められていたピアスは爆炎を吹き上げながら、轟炎を纏って炸裂する。
凄まじい轟音が轟いた。爆風を真正面から受け止めたバゼットの視界が白い煙に包まれる。
「…………っ」
確かな手ごたえにバゼットは血に濡れた口の端を僅かに吊り上げた。
いくら相手がサーヴァントであろうと、この至近距離で、尚且つ手首という脆い部分にBランクに該当する威
力を持った魔力弾を受けて無傷である筈が無い。
流石に吹き飛ばすまでとはいかなくも、この衝撃で握り締める力が緩んだ隙に脱出出来るだろう。
そう考え、バゼットは巨人の掌から己の身体を引き抜こうと力を篭め、
「————!?」
腸を抉るように深く食い込んだままぴくり、ともしない巨人の指と、
「くっ——あっ……!!!」
その指に篭められた更なる圧力に耐えかね、悲鳴を上げた。
煙が晴れる。
何故だ、という疑問と、激痛に朦朧とする意識の中、己を掴みあげた鉛色の巨人の姿がバゼットの視界に
飛び込んでくる。
52 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/18(土) 16:01
「————」
そこにあったのは、まるでギリシャ彫刻を思わせるかのような見事な体躯をした巨人。
無駄など一切ない引き締まった体の上に、幾重にも幾重にも筋肉の鎧が重ねられ、鉛色のそれは重厚な鎧を
思わせた。
「————中々見事な魔術だった。相手が私でなければ悪あがき程度にはなっただろう」
巨人が口を開く。低く、渋く、重みのある声。
バゼットは己の魔術がまったく効いていなかったことよりも、ただ、己に向けられる暴力とは裏腹に、どこ
までも澄んだ巨人の目を見て——その余りの神聖さに、言葉を失った。
「アーチャー、おしゃべりなんかしてないで早く殺しなさい」
少女が苛立たしげに自らのサーヴァント——アーチャーに命令を下す。
アーチャーと呼ばれた巨人は「承知した」と小さく呟き、主の命令に応えるべく更に掌に力を篭める。
「————があ、あっ……!!」
固い音をたてて骨が砕かれる。柔らかい音をたてて内臓が潰される。
口から溢れんばかりの鮮血を迸らせながら、バゼットは出鱈目だ、心の中で吐き捨てた。
アーチャー、アーチャーなら弓兵、弓で攻撃する、後方からの遠距離攻撃が普通なのではないか。
自分もそれを警戒した故にその攻撃を受ける前にマスターを仕留めんと飛び込んだのだ。
なのに今自分を握りつぶそうとしているサーヴァントはなんだ。
二メートルを超える巨体や、人間の身体を握力だけで粉砕せんとする怪力。それに弓さえ持っていない。
この不思議な神聖さがなければ、少女がその名を呼ぶまで、きっと自分はこのサーヴァントの事をバーサー
カーだと判断したに違いない。
「—————」
アーチャーらしからぬアーチャーは、無言でぎりぎりと力を篭めていく。
その恐るべき怪力を持ってすれば、バゼットの身体など一瞬で肉塊に変えられるだろう。
なのにそうしないのは、主を襲おうとした者への怒り、苦しんで死ね、という意思の現われか。
——と、ふいにその力が緩められた。
「っは————、はぁ、ぁ……!」
その瞬間を逃すまいとバゼットが大きく呼吸する。
締め上げられた肺には一欠けらの酸素も残っていなかった。
全身に新たなエネルギーが巡り、新たな痛みを返してくるが、それはまだ生きている、という証拠。
「メイガス、貴様は運が良い」
アーチャーが己の手の中で血を吐きながら息をするバゼットに向けて呟いた。
「は———、ぁ……?」
何の事だ。とバゼットが顔を上げる。
こんな目に遭った私以上にツキに見放されたマスターなど居ない。自分でそう思い、忌々しいことに納得
してしまっている私が運が良い、だと? 確かに礼装を施していたスーツのおかげで瞬時に握りつぶされ
ることは無かったが、腹の中はぐちゃぐちゃだし、少しでも気を抜けば意識が飛びそうだ。
——その、飛びそうな意識の中に、
「————その女性を離せ————…………!!!」
凛々しい声と共に、一陣の銀光が、駆け抜けた。
intelude out
53 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/18(土) 18:17
「まずシロウ、貴方は聖杯戦争、と呼ばれる七人のマスターの生前競争。
他のマスターを一人残らず倒すまで終わらない魔術師同士の殺し合いのマスターの一人に選ばれました」
さらりと、ライダーはしょっぱなからとんでもないことを口にした。
「ちょ、殺し合いって……」
どういうことだ。と言おうとして口を紡ぐ。
まだライダーの説明は始まったばかりだし、何より、俺はあの槍の男が死ぬ——身体を石に変えられる所
を、この目でしかと見届けたのだ。
見慣れた死とは違う異質な死、しかしそれは、一つの生命が散ったという覆しようのない事実。
俺は「すまん」と小さく謝って、ライダーに先を促した。
「続けます。……シロウ、左手の甲に聖痕があるでしょう。
それが先ほども言いましたとおり、サーヴァントを律する三つの絶対命令権にして、マスターの証である
令呪です」
言われて、自分の左手の甲に視線を落す。
そこには入れ墨のようなおかしな赤い紋様が刻まれている。
「サーヴァントに自由意志があるのは私を見れば判りますね、絶対命令権、というのはその自由意志をねじ
曲げてサーヴァントに強制的に命令を強いることが出来る、ということです。
そして令呪にはそれだけでは留まらない大きな力あります。
遠く離れていた場所から空間を超えてサーヴァントを呼び寄せたり、回避不可能な敵の攻撃を躱したりな
ど、サーヴァントとマスターの魔術だけでは不可能な事柄も可能にします。これは単一で簡単な命令になれ
ばなるほど効果を増し、複雑で曖昧な命令になればなるほど効果を薄めます。マスターの命令には絶対服従
しろ、と言っても、精々身体に重圧がかかる程度。大抵の場合は効果すら発揮しないでしょう。
使用する、と強く思うだけで発動しますが、回数には三回という限りがります。そして令呪は使いように
よって様々な応用が効く謂わば切札、先ほども言ったとおり無闇な使用は控えるように」
「そして令呪や権謀術数正面突破。あらゆる手段を用いて六人のマスターを打倒したとき、最後に残ったマ
スターには聖杯が与えられます。聖杯とはあの聖杯ことです。いかなる望みをも叶える万能の器。聖杯戦争
とは文字通り、聖杯を巡る魔術師の戦争なのです」
「————」
透き通るような声で次々と説明を続けるライダー。
彼女の言っていることは理解できるのだが、同時に理解したくない事柄で溢れている。
マスターがマスターを倒す、とか殺す、とか。
「そして私は聖杯戦争に参加する魔術師たちによって召喚される、いえ、聖杯によって与えられるサーヴァ
ントと呼ばれる七騎——セイバー・アーチャー・ランサー・ライダー・キャスター・アサシン・バーサーカ
ー——の使い魔のうちの一騎、騎乗兵・ライダーです。
サーヴァントとマスターは協力し、他のマスターを打倒します」
「…………」
ライダーの言葉は簡潔でよく判らない。
俺は耐え切れなくなって、思わず説明を区切ったライダーに問う。
「なぁ、俺には到底ライダーが使い魔だとは思えないんだが。
ちゃんと身体もあるし、何よりあんな力を持った使い魔なんて聞いた事も無い。
……その、サーヴァントって一体どういう存在なんだ?」
俺の目の前に正座するライダーの姿は格好が多少不可思議なものの人間そのものだ。
正体は判らないが、恐らく藤ねえと同い年くらいの、その桁違いに美人な女性。
そんな人がこんな近くに居るだけ……というか、その姿を目にするだけでも冷静ではいられないのに、そん
な彼女が俺の使い魔だなんて言われてもさっぱり実感がわかないし、なにより、サーヴァント……奴隷だと
かマスター……主人だとか言われると非常に困る。……シロウ、と呼ばれるのはもっと困るのだけけど。
54 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/18(土) 18:18
ライダーは口元に手を当てて何事かを考えるような仕草をする。
「ふむ。サーヴァントは確かに分類上は使い魔ですが、その位置づけはかなり異なります。
そうですね、謂わばゴーストライナー、といったところでしょうか。
サーヴァントは受肉した過去の英雄、精霊に近い人間以上の存在です」
「————過去の英雄?」
「はい。サーヴァントは過去現代未来、遍く時の流れの中、死亡した伝説上の英雄を聖杯が実体化させたも
の。英雄は輪廻の枠から外され、一段階上に昇華されて英霊となる。その信仰がどんな形であれ、サーヴァ
ント——英霊とは崇め奉られて擬似的な神になったモノです」
そこでライダーは言葉を区切って、「神……」と呟いて僅かに顔を翳らせた。
あからさまに表情を変えたライダーのことが気になったが、俺が声を発するよりも早く、ライダーは表情を
引き締めて説明を続けた。
「その英霊を召喚するまでがマスターの仕事です。魂の固定化などはそれこそ奇跡。もちろん七人もの英霊
を実体化させる力は聖杯にもありません。それほど英霊の力は強大なのです。ですからあらかじめめられた
聖杯が用意したクラスに当てはまる英霊が選ばれ、召喚されます」
「じゃ、じゃあライダーも生前は伝説になるほどの偉大な英雄だったのか……!?」
そこでライダーは一拍間を置いて、
「……はい。先ほどの石化の魔眼で薄々感づいているとは想いますが、私の真名はメドゥーサ。
ゴルゴーン三姉妹の三女。戦女神の呪いを受け、怪物に身を落した憐れな女怪、と言えば分ってもらえる
でしょうか」
なんて言葉を口にした。
「な————————」
あまりの驚愕に思考が停止する。
メドゥーサ、という言葉を聞いたときに吃驚しすぎて最後の方はよく聞き取れなかった。
……信じ、られない。
俺がマスターとやらに選ばれたことや、聖杯戦争の目的だとか過去の英霊を呼び出すっていうの聖杯の力と
かの話だけでも吃驚だっていうのに、此処にきてとんでもない衝撃の事実、ってやつだ。
俺は、
1 再びぶり返した恐怖に震え、思わず後ずさった
2 「う、嘘つけ、そんなわけ……」と引き攣った笑いを浮かべた。
3 「メ、メドゥーサ……って、あのエーゲ海の女神の……!?」先日藤ねえから聞いた話を思い出し、思
わず大声を上げた。
4 「メ、メドゥーサって、あのゴルゴーンの怪物の……!?」よく聞く伝承を思い出し、思わずライダー
のことを指差した。
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最終更新:2006年09月03日 19:32