555 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/11/14(水) 04:24:12
まともに相手をせず、その場を逃げ去ることに全力を尽くす方が賢明だ。
そう、悪寒の正体はこの相手ではない。
ならば、ここは突破するのみ。
ガードレール脇に立てられた道路標識、その柱を握り、そのまま道路標識を引き抜く。
その行動に、敵が息を飲むのが分かる。
だが最早遅い。
振り払う一撃を後方に跳んで回避するが、その表情は険しく、失策を思い知ったようであった。
その隙にアクセルを全開にし、急発進する。
再びタイヤが白煙を上げ、グリップが戻るまでは半秒以上の時間を要する。
返す一撃で引き抜いた標識を投げつけ、それと同時にタイヤがグリップを取り戻す。
最小の半径で方向を戻し、再び矢のような軌道に戻る。
あの程度の足止めでどの程度の効果があるかといえば、殆ど無い。
これまでの経緯からライダーがそう判断したのは当然で、握り直した釘剣に力を込め、周囲を警戒したのは当然のことだった。
だがそれだけ、周囲に敵の気配はなく、追ってくる様子もない。
それを訝しむが、敵の事情など知り得るはずもなく、逃げるという選択肢で敵の策を潰したのだと言うことなど、彼女が知る由もなかった。
シャリフは先程の敵ライダーと再び対峙していた。
無論その対峙が静寂を生むなどという事はなく、けたたましいエキゾーストとタイヤの上げる悲鳴が夜気を裂き、同時に銃口から放たれたマズルフラッシュが両者の姿を彩る。
シャリフの握るM10のマズルフラッシュがバイオハザードシンボルを象っているのを、『敵ライダー』はどう見たのか、ロクな回避行動すら行わず、彼の額を貫くはずの銃弾を空中に一瞬だけ停止させた。
片手でピストルグリップを握り、もう片方の手は高速域のバイクを操作していたにも関わらず、である。
その銃弾は滑るようにそのまま脇へ逸れて後方に消える。
シャリフは、その光景に驚愕するよりも納得していた。
古めかしいとさえ思える程に使い込まれた拘束衣と口元の金属製の猿轡、それに対する狂気と呼べるような改造を施されたバイクや武装とのアンバランスさ、そして何よりも本人が発する異端の空気は、凡そ彼女の生きた時代の存在ではない。
仮にであるが、『ならば目前の存在は何か』と問われたならば、彼女は同種と答えただろう。
「本物の吸血鬼、ね」
シャリフが僅かに口元を動かし呟く。
なるほど人外であるならば人外の能力を持っていても何の不思議もないのだと考えたのだ。
彼女はかつて吸血鬼と称された存在の一人である。
異常な身体能力と体力、長く伸びた犬歯、一部ではあったが光に弱い者も存在した。
だが彼女自身は太陽光に当たろうと問題なく行動できた――むしろ彼女は暗闇の方にこそ弱かった――し、生者から血を吸う事もなかった。
だが、そういった超常の存在が目の前に居るという事実を前に思うのだ。
『ここもまた、理解を超えた世界なのだ』と。
シャリフは弾丸の切れた短機関銃を投げ捨て、肩口に手を当て、離す。
たったそれだけのことで、素手であったはずの彼女の手には段平が握られ、真正面から突撃する。
それを見た敵ライダーも銃を仕舞い、先程離れた僅かな間に回収したのか、失せたはずの斧を取り付けたSPASを構え真正面から突撃する。
互いに申し合わせたかのように同時に己が獲物を振り上げ加速する。
月下に映えるその姿は騎馬を駆る騎士のようであった。
最終更新:2008年01月17日 19:29