892 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/12/06(木) 04:34:27
戦いを見据える二つの影があった。
影が互いの存在に気付いたのは数秒前、視線を交わしたのは数瞬前だ。
小さな影は警戒する、いつからそこにいたのかと。
何故気付けなかったのかと。
それは単純な事で、その数秒前まで存在していなかったと言うだけの話なのだが。
「良い夜だな」
聖者の姿をした影は、何気なくそう言葉を発した。
だがもう一つの、小さな影はそれに応えはしなかった。
「おや? つれないではないかね?」
「ふん、ほざくでないわ、その姿はどういう了見じゃ? 邪なる者よ」
「ほぅ、ほぅほぅ、気付いておいでか」
這い寄るような、独特に過ぎる言葉遣いは、それだけで小さな影の癪に障った。
「囀るな、聖者の姿をした悪魔め、何者かは知らんが……」
「そちらこそ、穏健ではないな、魔女よ」
言葉を遮り、神父が笑う。
ぴくり、と。
小さな影が動いた。
同時に殺気と、途方もない魔力が吹き上がる。
マナにも匹敵するオドを纏うその姿は、まさしく魔女のそれであった。
「おぉ、怖い怖い……さすがは森の魔女、この都市にあっても力は衰えぬか」
二つの声が同じ口から放たれ、重なる。
「そこまで知っているとはな……何者か?」
「敢えて言うなれば観察者、敢えて言うならプロデューサー、敢えて言うならば学者」
楽しそうに聖者の姿は語る。
その姿は、まさしく神を前にした敬虔なる信徒の、あるいはその逆であった。
「……ふざけているのか?」
「そして今は、彼の観察をしているのだよ、あの衛宮士郎をね」
「なん、だと?」
「私は彼を高く高く、非常に高く評価している、絶望的な状況の中、自己の目的を果たすために己の死さえ覚悟して戦い、たかだか200年とはいえ、決着の付かぬ戦いを終わらせる原動力となった……それは規模こそ微少に過ぎるが、私の知る人物と良く似ていてね」
気付けば影が変形を始めていた。
その姿は極めて禍々しく、だが同時に途方もなく神々しかった。
「この戦争、様々な思惑によって生まれたのは知っていよう? 此度の『これ』も似たような物でな……詰まるところ一個人の欲望に端を発している、それを私は後押しした、つまりはそういう事情なのだがね」
「ふん、つまり貴様はこう言いたいわけか? 『この戦争は衛宮士郎のために行われている』と」
「それだけではないさ、私はただ後押しをしただけだからね、別の思惑も当然存在している、だから私は彼のプロデュースを楽しめる、と言うわけさ……それによって行われる全てが無意味であるとしても、な」
ぐにゃりと、影が歪み膨張を始める。
「君もまた進むのだろう? たかだか一人の少女のために」
それは、問われるまでもないことだった。
「彼は戦わねばならない、戦って、戦って、戦い抜いて、そして絶望を知らねばならない、この戦いは……」
後半は聞き取ることは出来なかったが、それでも構わなかった。
「……そのようなこと、問われるまでもないことだ」
そうでなければこんな場所に来る物かと、小さな影は呟いた。
「一度近くを通過して、直接仕掛けるわ」
シャリフはそれだけを口に乗せ、短機関銃を手に取った。
小気味の良い音はエキゾーストに掻き消され、聞こえなどしなかった。
「直接って……まさかあれを本気でやる気ですか」
数秒の間だけ、冗談で思考しそして破棄したアイデア。
それを彼女はやるのだという。
「他に選択肢はないわ、この状況でスピードの差を補い得るならば勝負は一瞬、それだけで必要にして十分よ」
「……分かりました、貴女を信じます、ミズ・シャリフ」
二人の影は重なり、高らかな音を響かせ、白煙を撒き散らしながら闇の中へと消えていった。
伊藤惣太は攻めあぐねていた。
先程の一事で特性を把握されたのか、各所に有効に配置された少数でありながら重厚な布陣はビルへの突入を阻み続けていた。
ならばとビルへの攻撃を続ける砲を潰すべく行動しようとすれば、いつの間に配置したのかビルの周囲数百メートルに連鎖地雷や電条網が配備され、また各所に配置されている土嚢や機関銃座によって容易な接近を許さない。
手持ちの対化け物装備であれ、砲を潰す事は至難であり、結局は接近が必要になる。
「こんな奴をあのバーサーカーは潰したのか……相性の差ってのはあるものだな」
ジェネラルの戦術の基本は物量作戦である。
その物量を物ともしないあのバーサーカーは、確かに対ジェネラルの切り札と言えただろう。
まだ交戦が始まってより十分程度しか経過していないが、存外中の連中は耐えているらしく、未だ視線の先の空間は歪んだままだ。
「……ジェネラルへの初撃に失敗したのは失策だったぞ」
それだけを呟き、機動戦を続け、遂にはビルからの援護狙撃を受けて一つの砲を制圧する。
「かかった!」
そんな少女の声を遠くに聞き、火点がこの位置に集中しているのを理解する。
その声がなければもう一呼吸遅れていただろう。
一瞬だけ、だが渾身の力で道路を踏み砕き空中へと浮かび上がる。
同時に火力の起点4カ所への制圧射撃を行い、頭を下げさせる。
結果として、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの言葉は敵を生き残らせる結果になった。
だがその時間は、彼女達が到着するだけの時間を稼ぐに十分な時間であった。
真正面から突撃してくるY2Kに舌打ちを一つ漏らす。
タイミングを計っていたのか、バイクの上からシャリフが跳び上がる。
緊急避難的な空中への回避だったが故に、行動の自由は途方もなく制限されている。
とはいえ、ここで機動性を捨てればその後に集中砲火を受けて沈む。
下方に視線を走らせれば、小銃を握った歩兵が散発的に弾幕を張るのみでダメージとなりうる有効な射撃は行われていない。
同高度から放たれる銃弾の全てを『聖者の絶叫』で叩き落とす。
惣太はそのままバイクの上で立ち上がり、突入してくるシャリフを迎撃する体勢を取る。
交錯する直前、シャリフは弾丸の切れた短機関銃を手放し――
最終更新:2008年01月17日 19:34