211 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/12/19(水) 05:07:00


『それ』に最初に気付いたのは伊藤惣太であった。
自身に走る異常と、周囲に走った異常は、一瞬の間であったが、彼の思考と動きを完全に止めた。
自失から立ち直ったときには既に回し蹴りが目前に迫り、咄嗟に両腕でガードするのが精一杯だった。
ダメージはほぼ完全に受けきったが、それでも衝撃そのものは殺しきれる物ではない。
そのまま空中へ叩き飛ばされる。

その次の瞬間、その場の全員がその『異常』に気付いた。

砲撃でボロボロになったビル。
それが、まるで一本の木が生長する様を早回しにしたかのような速度で蠢いた。
これは無論正確ではないが、少なくとも事情を知らぬ者達にはそう見えていた。

砲撃で穿たれた穴から枝が伸び、そして壁面には急速に蔦が這い回る。
吹き飛ばされながらもその蔦を掴み、ブチブチと切れながらも急速に伸び伝う蔦の音を聞きながら、惣太はその巨大な樹木の中に消えて行った。


その光景を眺めながら、シャリフは構えた銃を降ろした。
急速に伸び伝う蔦は既に枝どころではなく幹とさえ呼べる大きさにまで成長している。
あれでは銃弾は跳弾して勢いを失い、ただの合金の塊と化すだろう。
降ろした銃を虚空に仕舞い込み、そのまま着地する。
歪んだ空間の方向を見れば、既にエキゾーストノートは最早聞こえてこない。
どうやら無事に突入は出来たようだ。
直接助けに行けないのが歯痒く、信頼するしか無かった。

「やられたな」
声の方向を見やれば、ジェネラルが憮然とした顔を浮かべている。
その言葉の意味は正確には分からないが、ある程度は想像が付いた。
彼女は正確な『吸血鬼』を知っているわけではないが、それが超自然的な存在であることは言われるまでもなく知っている。
それがビルを覆うほどの木の中という――それそのものが不自然な物だが――自然の中に入ったのだ、それが敵を利すことは想像が付くし、逆にこちらを益するということは無いだろう。
「ええ、でも……」
「分かっている、相手が一つのエリアに留まってくれるなら、退路を塞いで袋叩きにするだけだ」
その時、兵士の一人がジェネラルに近付き、何事か呟くと去っていく。
「突入した連中から報告だ、樹木は内部もかなり埋め尽くしているが、木そのものは単なる樹木で、トラップの可能性は薄いらしい」
「それは良かったわ、それが魔術的な物なら手を出しにくい物ね……その子を使っても良いなら別だけど」
シャリフの視線の先にはルヴィアが居た。
「ああ、それで困るな……朝が来てしまえば退かざるを得ないし、そうなれば逃げられてしまうだろう」
そうなればゲリラ戦術で攻められる可能性がいつまでも残る事になる、その事態は避けたいというのは共通の見解だった。
無論、主を好んで危険にさらす真似をしたくないのも共通の見解であったが、ルヴィアを危険にさらす事に関してはシャリフはなんとも思わなかった。
ジェネラルとて桜を危険に曝す事に関しては何とも思わないし、そもそも現在の桜はSC空間内に居り、危険にさらされていると考えるのが普通だった。

「ところで貴男が相手にしていた狙撃手、正体についての検討は?」
「……発射された弾丸を調べさせたがM1903によるものだと推測できただけだな」
「スプリングフィールド社製の小銃ね……と言うことは、貴男と同時代の人間と言う事かしら?」
「まず間違いなく『近い』だろう、だがこいつは使われた時代が広すぎてな、絞りこめはせんよ、精々言うなら協商側の狙撃手、と言う程度か」
これが特注のM16であるならば想像も付くのだがね、とジェネラルは肩を竦めてみせる。
「ヒントにもなりはしないわね、独ソを除外できるって程度じゃ」
「ああ、その通り、だが接近してしまえば君ならば勝てよう?」
「……吸血鬼だけじゃなくてそっちの相手もさせようって言うの?」
楽をしすぎじゃないかしらという非難の視線を送るが、飄々とその視線を受け流す。
「無論、こちらも兵士を送り込むがね、君のことを期待しても良いのだろう? ……完全に隙のない人間など居ないのだからな」
そう言って軽く笑ってみせる。
つまり、敵を逃した際により困るのは『組織』を持たぬそちらだろうと言って見せたのである。
「……いいわ、やってあげる」
それは半ばの脅迫でありながら事実であったから、頷かざるを得なかい事だった。

冷酷さが互いの本意ではなかったが、それでも至上命題である『主を護り、勝利をもたらすこと』を違えるつもりはまるでなかった。
それ故の険悪なやりとりであったし、剣呑な視線の交錯であった。

毅然とした足取りで、ビルへと歩いていくシャリフの背中を見ながら、ルヴィアは問うた。
「……あれだけのことを言って大丈夫なの?」
「問題はない、利害は一致している、ただ『害があるとしたらそちらの方がより被害を被るだろう』と指摘しただけだからな、仮にここで短気を起こすようなら早期に切り捨てた方が良いのも事実ではあるが……それは無いさ」
それに応えたジェネラルの言葉に迷いはない。
「私としても、『二匹の精悍な狼が巨大なマンモスを引きずり倒して組み伏せている』なんて記事にはならない戦い振りは示すから、安心してくれると嬉しいね」
生前とは逆の立場になるとは思わなかったが、と言葉を切り、ジェネラルも麾下の部隊を更に展開する。


シャリフはそれを背後に感じながら――


メッサー:真正面からビルに入っていった
フォッケ:屋上から侵入するべく蔦を蹴った

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最終更新:2008年01月17日 19:37