909 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2007/12/30(日) 05:21:03
「乾いているな」
「……ええ、そのようですわね」
地面にまで這い回った蔦の一本をナイフで削り取り、二人はそう結論づけた。
幹ほどに成長した蔦の表皮は容易に剥がれ落ち、乾いた音を立てた。
「魔術的なものではあると思うが……どう見るね?」
魔術のことなど門外漢だが、そうであるが故にジェネラルはそう結論づけて主に問うた。
「ビル内の植物を異常繁殖させた……そこまではわかりますけれど、でもその後に何かある、というわけでは無さそうですわよ?」
「そうだな……だとすれば繁殖させること自体が目的だった、と言うことだろうな」
「……どういうことか説明していただけますこと?」
「私の宝具は、吹雪というフィールド効果を発生させる物だと言うことは分かるだろう?」
あ、とルヴィアが理解の光を瞳に灯らせる。
そこに思い至らなかった自分を叱責する。
「これもフィールド効果を受けるため……だとしたら宝具による物? ……いえ、これは余りにも位が低すぎますわ」
これほどの繁殖、確かに魔力は大量に必要だろう。
だが、ある程度の準備と様式さえ整えれば自分でも再現できる。
ルヴィアはそう判断し、それは全く正しかった。
「これが例えば植物が生い茂り周囲を侵食する、もしくは植物そのものが敵を駆逐すると言うのであれば話も分かりそうなのですが」
「だとすれば、マスターが準備し、それを発動させたと言うことだろう、目的はフィールド効果による優位の確保、乾いているのは術式が甘いのか、単純に繁殖させるだけを目的としたか」
「ともかく、後先を考えずに一時的な効力だけを目的とした、というわけですわね」
長期的に考えれば水源を確保して効果を持続させるなり、魔術的に植物を維持するなり方法はあったはずだ。
無論、後者であるとすればより莫大な魔力を必要とするのだが。
「そんなところだろうな……だとしたら突入部隊、一個小隊だけでは少なかっただろうな、いざというときのために周囲にのみ展開させたのだが……」
最悪の場合植物によって分断、包囲殲滅されることを考えて選り抜きとはいえ一個小隊のみを突撃させたのだが、それは結果的に誤りであったかもしれないとジェネラルは考えていた。
「些か遅きに失したかもしれませんけれど、今からでも遅くないのではなくて?」
「では我々も行こうか、マスター」
包囲を維持しつつ、たった二人の増援がビル内へと歩き出した。
闇夜が燃えた。
それは意思ならざる蹂躙だった。
両腕に握られた火炎放射器、そこから放たれた『燃える液体のジェット噴流』は周囲の不自然なる自然を焼き払いながら屋上を明るく照らす。
それは塹壕戦を生きた兵士にとって、恐怖そのものであった。
塹壕の中でジェット噴流は『跳ね回る』ように全てを焼き尽くす。
そして何より、その炎は彼を隠蔽していた木々を取り除き、遂には彼の姿を露出させた。
M1903が弾丸を撃ち出す。
それと同時に、シャリフが火炎放射器を投げ捨てて疾走した。
弾丸は火炎放射器のタンクを撃ち抜き、更に盛大な炎で闇夜を侵食する。
その炎の勢いはシャリフの背中を焼きながら、その身体を僅かに加速させる。
金属音が一つ、誰の耳に届くことなく鳴り消える。
それはM10のグリップからフォルディングナイフの様に刃が出現した音に他ならない。
音の外、赤く染まった視界の中で、シャリフは両手の銃を乱射しながら距離を一気に詰めていく。
そのまま接近されていれば、男は一瞬で殺されていただろう。
だがそれをなしえる要素は両の銃にある。
男がM1903を放り捨てる。
その寸前、曲芸じみた動きで引き金を引いた。
それと同時、そうとしか思えぬ一瞬の後、快音と共にシャリフのM10の一つが吹き飛ばされた。
M1903の弾丸が銃口を弾き飛ばし、その衝撃で後方に吹き飛んでいったのだ。
ただ一撃による反撃はシャリフに様々な意味での衝撃を与えた。
それは自失の一瞬であった。
我に戻ったときには、既に男は拳銃を抜き、逆に距離を詰めていた。
死を覚悟した男は、だがそれでも諦めはない。
不利は承知の上、そうであろうとも、生還の可能性の最も高い行動であった。
殺される前に殺す。
最もシンプルな生存の可能性に、男は賭けたのだ。
がちりと、二頭の猛獣が互いの身体に食らいつくように、拳銃と短機関銃が噛み合った。
その銃口の先に互いの身体はなく、そう認識すると同時に互いの銃器が蛇のように敵の腕を擦り抜ける。
かくして二挺の銃器は、刺突武器も同然となった。
刃の長さは無限に等しく、刃に触れ、負傷覚悟で止めることが不可能な、夢のような刺突武器にである。
無手となった互いの左手は敵の右手を外側へと、同時に右手は敵の急所を狙う。
眼球へと狙い定めた短機関銃が、火を噴くまでの一刹那で外側に逸らされ、男の髪を切り裂きながら炎の中に消えた。
心臓へと狙い定めた拳銃が、火を噴くまでの一刹那で弾き落とされ、コンクリートに突き刺さった。
その次の瞬間にはまた別の急所へと狙い定めた銃器が、互いに逸らされて轟音と共に炎の中に消え、またある時はそれを虚として別の地点に狙いを定める。
一見すれば膠着状態に思えるこの戦い、結局の所シャリフの優位は動きはしない。
男の拳銃はコルト、M1917の総弾数は僅か6発であり、対するシャリフのM10は30発が装填されている。
既に数発を撒き散らしていたとはいえ、弾数の差は如何ともしがたい物だった。
シャリフは数発の無駄弾を恐れもしない。
必殺の一撃を狙い続けた拳銃が浅く切り返され、シャリフの胸部を真正面に捕らえる。
思考よりも早く、引き金が引かれた。
だが、弾丸が銃身より放たれるより早く、浅く切り返したシャリフの左腕が男の右腕を捕らえる。
樹に巻き付く蛇が螺旋を巻くかのように、シャリフの身体が回転する。
コルトの銃弾がシャリフの身体を抉り、鮮血を吹き出した。
だがその事を両者は認識していない。
派手な回転と共に、男は地面に叩き付けられ、シャリフと共に回転した男の右腕が完全に粉砕される。
男が声にならぬ叫びを上げる。
それは苦悶か、それとも怒号だったのか。
腕を切り落とすかのように己の関節を破砕させてその固め技から逃れ、更に残った左腕でシャリフの顔面に殴りかかる。
真正面からの一撃、腕を取ったままのシャリフに回避する術など有りはしない。
一撃を受け、シャリフが真後ろに吹き飛ぶ。
だが、それが限界。
吹き飛ばされながら撒き散らされたシャリフの銃弾が男の全身に炸裂し、遂に男は意思に因らずして倒れ伏した。
彼は最初に済まない、と思った。
それが指向性を帯びたのは、既に死した己のマスター、ギュンター・ジヴァニッヒに対してだった。
死んだことが分かっても、怒りは噴き出ては来なかった。
彼のマスター達は決して善人ではなかったし、総意ではなかったのだろうが、この戦争で無辜の人間達を巻き添えにしさえした。
だから、死んだことに関しては、報いを受けたのだとしか思わず、ただ仇を取るという、義務感だけが残った。
それさえも為し得なかったことを済まないと思った。
次に向けたのは、己の同胞に対してであった。
召還されたときから考えていた事、何を求めるのか、と言う結論は、同胞に栄光をという、己の郷土や仲間に対しての愛であった。
それを為し得なかったことを済まないと思った。
次に、何かへと向けようとしたときには、既に全てが失せていた。
仮初めの肉体を残して、アサシンのサーヴァント、フランシス・ペガァマガボウは座へと引き戻された。
弾の切れたM10を捨て、新たなM10を取り出し、全弾倒れ伏した男に叩き込むと、それで限界だったのか、糸の切れた人形のように足から力が抜け、倒れ込まないという決死の意思を持って膝をつく。
肩口と思えた弾丸は、心臓近くを抉っていた。
そしてシャリフの顔面に叩き込まれた殴打は額を割るどころか頭蓋骨にまで深刻なダメージを与えたいた。
呻き声と共に背中近くに残った弾丸を指で探し出し、摘出する。
左胸からは盛大に、額からはそれに比して少量の血液が流れ、周囲の炎に煽られて早くも乾き始める。
致命傷に近いが、だがそれでも生きていた。
彼女は『姉』として共にいた、メドゥーサを思う。
桜のことを頼むと、それだけを考え、薄れ行く意識を繋ぎ止めようとしていた。
――interlude
最終更新:2008年01月17日 19:40