464 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2008/01/09(水) 04:40:44
時間さえも枯渇した世界。
ただの人がその場所を知れば、乾いた場所だと考えるだろう。
魔術師がその場所を知れば、マナの『無い』場所だと気付いただろう。
そんな枯渇した世界でその時、少女は眠っていた。
意識はなく、それどころか身体すら存在していない。
漠とした意識は、身体の存在すらも拒否させていた。
今の彼女には何もない。
意識も、身体も無い。
『そう』なるまでは強く、本来少女に有り得ざるモノすらも現出させる程に強く望んでいた意思すらも、である。
今の彼女にあるのは、ただの夢だけ。
彼女の意識のように儚く、漠とした夢は、未だ形を取れては居ない。
そんな世界に、莫大すぎる力が流れ込む。
それは消失したサーヴァントの魔力に他ならない。
恨み、願い、それらを全て飲み込んだ膨大な魔力は、この場ではただひたすらに消費される物でしかない。
笑っているな、と男が自覚した。
男は物体ならざる物体に拘束され、世界以上に乾いていた。
幾度となく注ぎ込まれた膨大な魔力に因るものか、彼女の夢は白という色を手に入れた。
先は遠くないと、どこかで声が聞こえた気がした。
男にとってどれほどの無意味な時が経ったのか、形のない少女の傍らで、何かがざわめいた。
それは形を取り始め、永きを掛けて形となる。
だがそれは不可視の形に過ぎず、実体とはなることは出来ずにいた。
まだ足りない、と。
不可視の形は考えた。
切っ掛けが必要だと、不可視の形は考えた。
その思考は男と同一であり、故に男はその不可視の形を受け入れた。
故にその形は崩れ、闇に溶けていく。
崩れていくその形に何かを受けたのか。
少女が形のない目を開き、再び閉じた。
地面に羽根が一つ、ふわりと落ち、いつしかそれすら乾いて消えた。
愚人は過去を、
賢人は現在を、
狂人は未来を語る。
――ナポレオン・ボナパルト
時は僅かに巻き戻る。
衛宮士郎、間桐桜、名城瞳の三人が目を開けたとき、そこは先程とまるで同じ、しかし現実感の希薄な場所にいた。
「SC空間……!」
「良く知っているじゃあないか」
声のした方向は真上、そこには二つの人影、そして奇妙な複数のオブジェがあった。
「……鉄球?」
幻想となった月明かりの下、照らされたオブジェは大きさの異なる鉄球。
空中に浮かぶ鉄球は、前衛芸術の絵画のようで現実感は更に希薄になっていく、少なくとも三人にはそう思えた。
鉄球の上、一人の男はまるで大衆に喝采を浴びる英雄のように立っていた。
片方の手には白地に赤のカポーテを握り、そしてもう片方に剣を握ったその姿は、紛れもなくマタドールのそれである。
「この空間に存在しうる、と言うことは君達も強さを求める存在かね? 今の私はただ力を蓄えたいと言うだけで、好きこのんで戦おうとは思わないのだが」
キリキリと剣の鞘を弄びながら、故にこの戦場を交渉の場としたのだ、と続けた。
「……戦いを好まないのはこっちだって同じだ、だからこそ聴きたいことがある」
二人を背後に庇いながら、僅かに後ろに下がっていく。
真上から鉄球を落下されればそれだけで危ない。
「ほぅ、何かね、若人よ」
「この近隣で何人もが行方不明になっている、それについて何か知っているか? と言うことだ」
その言葉に僅かに頭を傾け、そしてすぐに戻る。
「ああ、それは私の仕業だ、こいつに食わせたんだよ」
隣の鉄球、そこに座ったままの男の頭を撫で上げる。
包帯にまみれた姿や腕に突き刺さった拘束具は、名城から聞いていたウツロという男の特徴に一致する。
その人間味をまるで感じさせない、虚ろに開いた目は、見ているだけで悪寒が走る。
「強さを求める、と言っただろう? 私自身が練習台として切り刻んでも良かったのだが、それでは色々と効率が悪くてね」
あの二人は『違うモノ』だと言うことを何とはなしに理解した。
具体的に言えば、双方に人間味というモノを感じられなかった。
歯を食いしばり、睨み付ける。
「怒るかね? 最強の力を得る資格は最高の戦士にこそ相応しい」
男は弄んでいた剣を高々と掲げて宣する。
「故に、血と喝采の中で、闇と静寂の中で、数多の命を絶ってきたこの私、クロード・シュバリエこそが相応しかろう?」
背中に熱を感じる。
沸騰しかけた頭が僅かに冷える。
「その為のモラトリアムさ、この戦いはな」
「……なら、ここで殺されても文句はないって事でいいんだな」
「ああ、無いとも、君が私の死になりうるとすれば、それは嬉しいことだよ」
好敵手との戦闘に勝利する。
その事を期待し、クロードは笑う。
そのカポーテを盾のように構え、鉄球が地上に降下する。
「さあ、征こうぞバーサーカー、今宵の宴は熱くなれるかどうか……試そうではないか」
その言葉と同時、バーサーカーの笑い声が虚ろな世界に確かに響いた。
ちらりと後ろを見やる。
桜も名城も、目の前に異常達に怯えた様子はなく、決意に満ちた目をしている。
「名城……アイツを頼む」
「うん、分かってる」
オーギュメントを持つ物はオーギュメントでしか倒せない。
少なくとも、ただの人間である衛宮士郎には倒せまい。
魔術を用いれば一時の足止めは可能だろうとは推測できるが、あとが続かず、結果だけ見ればただやられるだけだろう。
その認識は共通の物。
故に狙うべきは敵マスター、サーヴァントとのいずれかを撃破できればその段階で勝利はほぼ確定する。
「桜――」
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最終更新:2008年01月27日 21:40