676 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2007/11/20(火) 20:06:30
――だが様子がおかしい。
老虎の体は微かな痙攣を繰り返し、歩き方もその太い足に似つかないほど脆弱だ。
もしや怪我でもしているのだろうか? ならば大人しく寝ていればいいものを、老虎はしきりに何かを求めて彷徨っている。
それが一種の警告にも感じられ、熱くなった頭は自然と平静を取り戻し、慎重に様子を窺う行動を選んでいた。
見れば傷んで色艶の消えた黒毛、不衛生な目やにに塗れた目元、生気のない虚ろな眼差し――――。
まさか。
それらの事実を踏まえ、一つの結論へと達する。間違いない。つまり、虎は……。
「老衰、か」
俺の言葉を肯定するかのようなタイミングで大きく苦しそうに息を吐く。足元も覚束ないくらいフラフラだというのに、それでも足は止まらない。
何故?
猛獣の前だというのにその疑問の前に支配され、湧き上がった謎を解くべくフル稼働する。だがどうしてもわからない。遂にはここに来た目的すら忘れ、何も考えずに老虎の跡へとついて行った。
やがて目的地であろう暗い洞穴へと辿り着き、ゆっくりと老いた体をその中に横たえる。ようやく達せられた目的なのだろう。全身の筋肉は緩み、全ての力を使いきったかの如くダラリと脱力した。
長かった虎の生涯が、終わろうとしている。
温かなベッドなどない。付添い人がいる訳でもない。ただ、孤独に――――誇り高く、牙ある者の生命が消えようとしていた。
唐突にポタリと何かの液体が地面を濡らす。
ふいに自身が瞬きもせず、唾も飲み込まずに見とれていたことに気付いた。あんな虎、つい先程出会ったばかりの顔見知り以下の関係だというのに、それでも目が離せない。
――――そしてとうとうその時は来た。
小さく上下していた胸の動きは徐々に弱まり………………オルゴールのネジが切れた如く、虎の命は、消え去った。
瞬間、頭を打つ衝撃。
もはや隠れる必要がある筈もなく、死した虎のすぐ傍まで近寄ってみる。
顔は穏やかとは言い難かった。体毛もボサボサ。だが開かない瞼はとても深くて……無意識に頭を下げていた。奇妙な親愛があった。
唯一残ったものは、虎の大きな牙。何も考えず、干将・莫耶を投影し、俺はそれを――――。
「おめでとう、エミヤ。もし君が自然の声を聴き取ることができずに矢を放っていれば、例え老いたといえども牙の王に噛み殺されていただろう」
「狩るものにとって牙とは、生きるための術。そして死した証。牙持つ者は、牙を失えば生きてはいけぬ。牙持つ者は、死せば牙のみ残る……。牙持つ者になろうというのなら、牙とともに生き、牙を残して死ぬのだ」
言いながら、族長は持ち帰った牙に工具で穴を開け、紐を通す。その手際は盲人と思えない程に滑らかで、見ていて心地良い。どうやらペンダントへと加工しているようだ。
「新しい狩人よ、これを持て。偉大な牙ある者が残した生と死の証だ」
差し伸べられた手に掛けられたペンダントを恭しく受け取り、首に通す。
こうして。
俺は一つ、強くなった。
最終更新:2008年01月17日 19:46