829 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2007/11/29(木) 18:32:04
片腕が使えぬ以上、雑兵ならまだしも私を相手には無謀すぎる。一見ではなく、直接手合わせしたからには男もそれを了解している筈だが……。
果たして武芸者の行動はそれを理解してのことか否か。男はゆっくりと口を開き――
「きょ、今日のところはこれくらいにしといてやる。覚えときな! Peッ!」
――地面に唾を吐き捨て、一目散に逃げていった。
「なっ……」
あまりに突然のことに理性は硬直し、追い討ちをかけることなく背中を見守ることしかできなかった。
……ああ、それにしても、脇目を振らずに一直線に駆ける様は――なんと見事な逃げっぷりなのだろうか。英雄であればあるほど己の威信を懸ける故に、余計に引き難いものなのだが。
「引き際を弁えている、ということにしておいてあげましょう。英雄王と同じ名を持つ男、ギルガメッシュよ」
できることならばまた剣を交わしたいものだ。殺し合いではない、純粋な技量の競い合いは……本当に気持ちが良かった!
鎧を解き、帰り支度を済ませれば、遠くからこちらへ向かって近付いてくる少女の姿が見えた。サクラだ。大方心配になって戻ってきたのだろう。まったく……。
傍らに置いてあった買い物袋を手に取り――――異変に気付く。
中に入っていた卵は皆割れて黄色い中身をこぼれ晒し、雄々しく屹立していた大根は粉微塵と化していた。無理もない。あれだけ激しい戦闘の真横にあれば、知らずに踏み荒らしてしまうのが定めというもの。
瞬時に血の気が下がっていく。もう商店街は空いてなどいない。
「セイバーさーん!」
遠くから安否を気遣うサクラの声が聞こえてくる。
私が餓えた虎からお小言で攻め立てられるのは、また後の話である。
――Interlude out.
――Interlude side Ortensia
バストゥーク大工房にて数枚のメモが発見された。シドの目を盗んで蔵書を調べていた所、偶然にも本に挿まれていたのを得ることができたのだ。
茶焦げた紙はとうに劣化が始まっており、慎重に扱わねば崩れてしまう恐れすらある。ただでさえ幼児が書いたと見紛う程に曲りくねった字なのだ。これ以上読み辛くなっては堪らない。
――――閑話休題。以下、その内容。
もう私は長くない。最近バストゥークで流行り始めた病に冒されてしまった。治療法は確立されてなどいない。したがって、私はもう死ぬ。だからせめて記録だけでも残しておきたい。奴に見つからないよう、秘密裏に。
だがこの病は決して偶然罹ったものではないと断言できる。奴だ。他の3人を経て、とうとう俺の番が巡ってきたという訳だ。畜生、せっかく銃士隊隊長にまで上り詰めたというのに……。
前置きはそれまでにして、本題に入りたい。
犠牲者は当時3国共同で結成された北方調査団メンバー6人。
まず調査を行った日、我がバストゥーク共和国が誇るミスリル銃士隊隊長ラオグリム、及び隊員であるコーネリアが行方不明となった。転落事故だ。
そもそも何故忌まわしき地であるザルカバードを調査することになったかというと、どこから流れ出たかは知らないが、あの地には偉大なる力が眠っているという噂があったのだ。
もちろん、そんな根拠もない噂など信ずるに足るものではなかったが(それでもサンドリアとウィンダスの連中は相当本気にしていたようだが)、我々発展途上のバストゥークとしては新しい土地を開拓できるだけで大きな利益を手にできる。
とにかくこれが最初の犠牲者。
その後数ヶ月は何が起こるということもなく、他の4人は祖国へと帰り、私は空席となった念願の隊長職を与えられ、有頂天の極みにあった。やはりラオグリムがいくら優秀だとはいえ、所詮はガルカ、しかも獣人との共存を望んでいるような奴に隊長の座を奪われていたのは屈辱であったからな。本音を言えば、行方不明になってくれてせいせいしたくらいだ。
だがそれも束の間の蜜月。調査団の1人、エルヴァーンのフランマージュが死んだのだ。
死因は不明。
始めは偶々起きた事故だと思った。いけ好かないエルヴァーンの野郎が死んだところで、胸の内が爽やかになることはあっても、暗く重くなることなどあろう筈がない。特筆するほど私の日常に変化はなかった。
それから幾日かが過ぎた。その後も別段代わり映えのない日々が続くと信じていた。だがこれは決定的過ぎた。またもや調査団の1人、ミスラのヨー・ラブンタが猟奇的な死を迎えたとの報せが入ったのだ。
彼女もフランマージュ同様原因不明の死因だったのならば、おかしいとは思いつつも気の軽重は雲泥の差を呈していたであろう。恐れる自分を気のせいだと哄笑していたことであろう。
結論から言えば、彼女は何者かに襲われて殺された。黒い魔物……。偶然傍にいたミスラの供述によれば、ヨー・ラブンタは見たこともない黒い、大きな魔物に殺されたらしい。その遺体の損傷は凄まじく……原型を留めていなかった。どれとどれが欠けており、どれが抉れていたのか、仔細な報告を受けてはいたが、敢えて書き残したいとは思わない。
傍らに居たミスラは破壊されていく同僚の姿をまざまざと見せつけられたという訳だ。思えばそいつが今回の事件で一番の被害者だったのかもしれない。
何のために、誰がこんな残酷なことをするのか、一見わからなかったが……一方でまさか、と思わざるを得ない。しかし当時は思考の片隅に浮かびさえすれ、到達するまでには到らなかったのだ。今でははっきりと言える。あれは……。……詳しくは後述する。
更なる犠牲者が出るのは早かった。
ヨー・ラブンタが死んだ二日後、同じく調査団に所属していたタルタル、イルクイルが死んだ。研究中だったのだろう。事件は奴の工房の中で起こった。奴は度々嫌な黒い影を感じると同僚に訴えていたが、実にそれから僅かな時間を経て、死ぬことになるとは思わなかった筈だ。
今更死因は書きたくない。恐らくこれを読んでいるお前もそう感じているのだろう? 俺も内心ウンザリだ。
ともかくここまで書いた以上、胸糞悪くとも全部書くつもりだ。
……以上が五日前の話。
イルクイルが死んですぐ後、俺の体は病に冒された。
俺は2人目が死ぬまでは、やっと隊長に任ぜられ、これからが自分の花道なのだと確信していたというのに……だがこの状況は何だ? 調査団員で残っている奴なんぞ俺以外いないぞ。
頭の中を占めるのは死への恐怖。それでも俺は自分が馬鹿だとは微塵も思っちゃいない。むしろ欲得に駆られるのがヒュームの本質ではないか。コーネリアのことは不幸であったが、だがそれを言うなら、本来死ぬのはラオグリムだった筈だ。奴はお前を庇って死んだんだよ。お前が悪いんだ。俺は悪くない。お前だ。お前が悪い。お前が、お前が、
(ここで途切れている)
ようやく思い当たる。メモの書き手は字が下手だったのではなく、恐怖に震えてまともにペンを握ることができなかったのだと。
私はそっと、メモを元あった場所へと戻した。
――Interlude out.
最終更新:2008年01月17日 19:51