842 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2007/12/01(土) 17:19:31
牙の王から生きた証を受け取って狩人と成った時、修行が始まった。
修行、といっても基礎トレーニングや組み手などは行わない。文明レベルを一段階下げ、自然の中でただあるがままに長期間過ごすというものだ。
頼れる物は現地調達した材料で精製した弓矢、そして己の有する最大限の知恵のみ。
投影魔術で楽をする手段もあったが、これは己の純粋な意味での身一つでやり遂げなければ意味のないことだ。誰に言われた訳ではなかったが、魔術の履行は鍛錬以外禁ずるよう決めていた。
狩った獲物の肉は勿論、骨、皮、血、筋の一本に到るまで粗末にはしない。事前に族長と約束したこと。自然でできた物を無駄にしてはいけないと。全てのものには意味があるのだと。
兎を狩った。鳥も狩った。キリンに似た奴も狩って食った。巨大な芋虫もいれば、全身を硬い甲羅で覆ったカニもいる。時々カラス人間に喧嘩を売られては、腕試しと割り切って殴り合うこともあった。
木の実も食った。魚も食った。口に含んだ中には毒を含んだものもあった。
それでも経験を以って蓄積された知識は、本で得た机上のものより遥かに心強いものだ。試行錯誤で辿り得た結論に自信は裏打ちされ、それが自身を更なる高みへと進ませてくれる。
いくばくか日が沈み昇りを繰り返し、数えるのもやめた頃――。
鍛えられた上腕筋は以前のそれを二回り大きく張り詰め、肥大化した肩は鈍い痛みを伴っていた。幾度となく弦を引いた指は、細かい傷を無数に刻んでおり、皮膚が角質化している。
以前はあれ程苦戦した狩りも揚々とこなし、遂には独自の安定したコミュニティを築くまでに到っている。
……というか、地面ってこんなにも高かったっけ?
――――――――――。
「La La La La La La……La La La La La La……」
いつもの稽古が終わった後の、白銀の月が照らす闇夜。
無骨なタイル張りの広場をダンスホールに見立て、少女が踊っていた。優雅な技術など欠片もなく、ただ両腕を伸ばして回っているだけの簡素なもの。
――それでも。
俺の目には触れがたい神々しい月の精が降りてきたかのように見えたんだ。
「シロウ。シロウも一緒に踊ろう?」
少女が無邪気にも手を差し伸ばし、パートナーの席を寄越す。
だが苦笑しながら断っておいた。あれは彼女だからこそ許される世界なのであって、野獣の如くむさ苦しい俺の出る幕ではない。少女は拗ねた顔で頬を膨らませるが、それがまるで逆の効果を催すものだとは気付いていないようだ。
「La…… La La……La La La……La……」
「…………」
聞きたいことなぞ山ほどある。
親は? どこに住んでいるの? どうして1人であの荒地にいたの? 等々……。しかし今この場で聞くことは無粋だ。……とはいえ今日まで先送りにしていたのも事実。これは惰性なのだろうか? ……否。人と人との思い出を大切にすることは、惰性でも、ましてや罪でもない。だから……できる限り長くこの時間が続きますように。
でも、その前に1つだけ確認しておきたいことがある。
「なぁ」
「うん?」
少女は可憐な踊りを止め、こちらへ振り返る。その際、舞と同時にサラサラとはためいていた肩まである髪は静止した。微かにではあるが、それが妙に名残惜しい。
「不安じゃないのか? 君は。こんな俺が、パートナーで」
それは少女にとってどれほど意外な言葉だったのか。
大きめな目は更に見開き、点となって俺を凝視する。オマケに口もあんぐりとだらしなく円を描いている。
「……なんでさ」
「……今更一体何を……。私はあなたを信じている。今も。恐らくは、これからも」
にこり、と黄金の笑みで呆けた顔を射抜く。
その笑顔は純粋で、何者も侵し難い光に満ちていた。
――After half a year
「んーっ、いい天気だぁ。今日はいい昼寝日和だなあ」
あおーい空。ひろーい海。豊かな草木に肌を優しく撫でる風。それに少しだけ混じる脂の匂い。
寝転がった体を転がし、歩んできた場所を巡れば、先程狩りを行った森が目に入る。別段不気味さを覚える森ではないが、しかし中に生息していた猿を襲ってしまったのは拙かった。不幸な事故だとはいえ、怒り狂った猿に危うく殺されかけた所だ。猿は殴るな。覚えておかねば今後は本当に命に関わるかもしれない。
そのまま視線を横に薙ぐ。先程狩ってきた兎を丸焼きにしてみたのだが、中々いい焼き具合に仕上がっている。そろそろ食べ頃だ。
大地に密着していた体を起こし、齧り付こうと歯を立てた直後、沖から水着姿のミスラが近付いてきた。匂いに釣られてやってきたのだろう。
「アンタもよくやるよ。素直に潮干狩りをやってりゃいいってのに、無理して狩りをするなんてさあ」
そのまま俺の許可を得ることなく兎の肉に喰らいつく泥棒猫。
「トーさんには敵わないさ。最初この島に来た時は何ていい所なんだろって思ったけど、誰も居ないんじゃ寂しくて堪らない。そんな中に浜の上で立ちっぱなしだもんな。俺だったらやってらんないよ」
「これが商売だからね。アンタも景気良く潮干狩りに参加してくれりゃ懐も温まるってんだけど」
プルノゴルゴ島はいい所だ。草木は豊かに生い茂っており、空は澄み、何よりこの透き通った海には惹かれてやまない。休養がてら足を運んでみたものの、今ではすっかり魅了されてしまった。
しかしそれも束の間。だだっ広い島に人間が1人のみってどうなのよ?
その代わり人に踏み荒らされていない土地は豊かで、そこで育った獣達は強健であった。強くなるのが目的である以上、今の自分にとってこの土地とは最高に相性が良い。
「でも……さすがに時間が流れすぎちゃったな……。いい加減返す物も返してもらって、捜索を開始しないと」
「うん? 何の話だい?」
「こっちの話」
食いそびれた腹を誤魔化す様に大の字で寝そべり、何をするでもなくぼーっと海を眺める。穏やかな波の流れを見ていると、だんだんと眠くなってくる……。
だというのに、傍らのトーさんはせっかく訪れた睡魔を蹴飛ばし、頼んでもいないのに無理矢理意識を覚醒させてくれやがった。
「あーっ、マナクリッパーが来る! 久しぶりだなあ! アンタ以来の久々のお客さんだっ」
補足しておくと、マナクリッパーというのはイカダもどきの船のことを指す。俺もそれに乗ってこの島にやって来たのだが、船室がない分露出した甲板に座っているしかなく、したがって乗り心地は少々、というかかなり悪い。船上で巨大タコに襲われて死に掛けたのも、今となってはいい思い出だ。
「珍しいなぁ……。どうせ暇を持て余しているブルジョアだろ」
「いいんだよ、ブルジョアで! 潮干狩りでたらふくギルを落としていってくれないとアタシが干上がっちまう。さあ、こ~い。今すぐこ~い」
駄目だ、病んでやがる……。
どうやら長期間1人でいると精神がまいっちまう様だ。俺もそろそろ人が大勢いる街に出向いた方がいいかもしれない。
そうこう言っている内にマナクリッパーは桟橋のすぐ横へ停泊し、碇が下ろされる。そしてその上に佇んでいたのは、しかし俺の見知った人物だった。
「あっ」
「久しぶりね、エミヤ。探したわよ」
「セミ・ラフィーナ……」
その白髪に合わせたかの如く真っ白の服。背に負った長弓。他のミスラとは一線を画す落ち着き払った動作。
間違いない。以前、ウィンダスで修行の手続きをしてくれたあの白いミスラだ。突然のことで面食らったが、一体何の用でここまで来たのだろう?
Ⅰ:「すまない、クリスタルが何者かに盗まれてしまった……」
Ⅱ:「お願いがあるの」
Ⅲ:「どれ程の実力が身についたのか、今ここで確かめさせてもらう」
最終更新:2008年01月17日 19:53