949 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2007/12/09(日) 22:44:08


「バタコって名よ」
「…………」

 バタコ……。
 そのまま思考を停止させること1、2秒。
 直後、考えるよりも先に、巨大アンパンを数百メートル単位で投げ飛ばす剛球投手の姿が思い浮かんだ。更に付け加えるのなら、いつもきのこ型の調理帽を被った、実は絶世の美女という設定があったりするあの方だ。
 傍らの少女も笑いを堪えるのに必死なのか、顔が真っ赤である。

「バタコ、ね。○ンパン○ンって知ってる?」
「何を言っているの? とにかく私はバタコ。よろしくね。――――って、これから長い期間一緒にいる訳なんだから、アナタも名前くらい教えてよ。名乗らないのはさすがに失礼じゃない?」
「ん……」

 朱に染まっていた頬は一気に血の気が引き、何やら迷うような、言い辛そうな雰囲気で青ざめる。
 バタコの言い分はもっとも過ぎる位当然のことだ。片方が名を明かした以上、もう片方の奴が名を語らないのは無礼に値する。いつかの少女のようにあだ名で済ますという手もあるが、あんな結果になってしまった以上、どうしてもその気にはなれなかった。
 当の彼女は気まずそうに目線を左右に泳がせ、決して俺達に目を合わせようとはしない。表情は固く引き締まり、その様はまるで泣き出しそうな予感すら抱かせる。
 1分、2分…………4分、5分と長い時間が過ぎていく。もしや彼女には名を明かせない理由でもあるのだろうか。バタコの顔をチラリと見るも、彼女はこの件に関して譲る気がないらしく、口をへの字にして厳しい表情を貫いている。
 フォローが必要かもしれない。
 そう思い立ち、口を開きかけた時――――。

「…………わっ、私の、名前は……」

 衝撃。彼女の重い口が開き、そこから可愛い声が漏れた。
 再び彼女の顔が赤く染まるが、1つしかない拳を限界まで握り締め、先程の比ではないくらいに耳まで真っ赤だ。瞼を閉じてすらいるではないか。彼女が自分の名を名乗るという行為にどれだけの勇気を費やしているのか、容易に察することができた。

「私の、名前は……。ひ、久織……久織、巻菜、よ……」

 名を名乗る。
 別段難しいことではないし、俺達が日常で当たり前に使っている行為である。
 しかし、彼女、マキナが名を明かした際に生じた安堵感。そしてちょっとした幸福感は得難いものであったと理解できる。
 マキナがどうして名を明かすことに躊躇いを感じていたかは解らない。でも、とにかく、名前を聞くことができたのは嬉しかった。先程名を聞く行為を止めなくて、本当に良かった。
 傍らのバタコの顔も、厳しい表情から一転して晴れやかな微笑を宿し、穏やかな口調で先を続けた。

「うん……。よろしくね、ヒサオリマキナ」
「よろしくな、マキナ」

 ――どことなくこのチームとは良くやっていけそうな気がした。

「でも、一つ断っておきたいのだけど……」
「何だい?」
「私、性格が頻繁に変わる体質なんだ」
「…………」

 ……バタコも含め、沈黙。
 一体どういうことだ? 和気藹々となり始めていた空気が、一気に冷める。
 それを見て少し慌てながら、マキナが言葉を紡ぐ。

「願掛けみたいなものだと思ってよ。本音を言えば、この性格で言葉を出すのはとてもとても苦しいの。お願い。駄目だって言われてもこればかりは無理。絶対に譲れない」
「えっと……」

 人の過去を詮索するつもりはないし、どこぞのエセ神父のように古傷を暴くつもりも更々ない。
 誰だって色んなことを経験したからここにいる訳で。当然無傷で到達した奴は稀な存在であろう。
 少し前まではあまり考えたことなどなかったが、あのひたすらに尊い騎士に出会えたことがきっかけとなり、多くの連中が悩みながら生きているんだって理解することができた。

「俺はいいよ。やりたいようにやればいいさ。バタコは?」
「私も構わない。その代わり、これから私達はパーティを組んで行動するのだから、自分勝手なことはしちゃダメよ。悩みがあればきちんと誰かに相談すること。1人のミスが連鎖して、何十人もの仲間が全滅って例もあるんだから」

 微笑にて俺達の返事に応じ、再度無表情を経て、今度は大人しそうな顔つきへと変化する。
 まさかこれが性格の変化だというのか? 表情の変化、と単純に言ってはみても、ソレは細かい部分に関するまで『別人』となってしまっている。一瞬、マキナが多重人格者なのではと疑ってしまったくらいだ。これで声まで変化していたら笑ってしまうだろう。
 しかし当たり前だが声音は変化せず、正し口調は明らかに変わったものを以ってマキナが言葉を発した。

「……で、これからどこに行くんです? まだ決めていないんでしょ? 何なら僕が決めちゃってもいいですか?」

 またまたバタコも含めて呆気にとられる。
 ……どうやら彼女は並な過去の持ち主ではないようだ。



Ⅰ:船を経由してサンドリアへ
Ⅱ:船を経由してバストゥークへ
Ⅲ:徒歩でジュノへ(チョコボ免許)

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最終更新:2008年01月17日 20:01