61 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2007/12/13(木) 21:28:43


――Interlude side Ortensia


「闇の王について聞きたい、だと?」

 初老の男が、いかにも不思議そうに私を見つめてくる。
 既に小皺が浮き始めている顔は困惑と奇異によって織り成され、しかし僅かに忌避の感情が表れているのを見逃さない。

「ええ、是非とも貴方に直々にと願ってましたの。現ミスリル銃士隊隊長殿。加えて20年前の戦争の首謀者にトドメを刺した大英雄、フォルカー殿に」

 自慢であろう小奇麗に整えられた髭が、醜く歪む。私の嫌味に苛ついたのか、紳士然と構えた顔には明らかな嫌悪の感情が読み取れた。

「私が闇の王を討ち取った訳じゃない……。皆が勝手に言っているだけだ。本当は暗黒騎士ザイドの功績あってのことだというのに……。彼が、ガルカだから……」
「いえいえ。聞けば貴方の叔父も過去に隊長職を勤めていたんですって? 全く、血統も優れているというのに、何をこれ以上謙遜する必要が……」
「やめろ!!」

 いきなり発せられた怒号に、言葉が途切れる。
 当のフォルカーは苦虫を噛み潰した顔で地面を睨み、立ち尽くす。
 一方の私は、不覚にも一瞬この男の気迫に気後れしてしまった自分を誤魔化すべく、腰に手を置き、改めて背筋を伸ばすことに努めていた。

「……すまない。だが私の前で叔父の話は控えてくれないか。私は決して叔父の七光りでこの地位にいる訳ではない。わかってくれ……」

 ――彼の古傷は叔父、か。

「……いいでしょう。時に本題に入りましょうか。どなたが首級をあげたかはさて置き、貴方は20年前に闇の王と対峙した。ここまでは構いませんね?」
「ああ、構わない。……闇の王……。奴はとにかく大きく、黒く、強大で――――激しい憎悪に満ち満ちていた。……怖かったよ。巨大な体躯から俺達を見下ろす、悪魔の顔。岩のような無骨な剣。頼りになる仲間がいなければ、恐らく目の前に立つことすらままならなかったかもしれん」

 ――痛い。
 所詮は記憶に刻まれた偶像に過ぎないというのに、闇の王のイメージから伝わる憎悪が、腕を、足を引き裂く。幸い流れ出た血液は包帯と黒い布地によって吸い取られ周囲に露呈する危機は免れたが、しかし後処理を考えれば少し頭が痛かった。

「闇の王とは何者なのです? 彼はどこからやって来たの?」
「わからない。あんな魔物、誰も知らない。ただ一つ言えることは、どうしてだか奴は人間……特に私達ヒュームに対しては地獄の炎の如く強烈な憎悪を燃やしていたということ。恨みでも買っていたのかもしれない。もっとも、ヒュームに恨みを持つ者など星の数程いるだろうが……」

 ここ、バストゥークは素晴らしい開拓者精神に溢れている。
 開拓とは即ち、元あった土を掘り返すこと。山を削ること。木々を倒し、現地に住んでいた者を追い払うこと。そして――――種族差別。
 この国は逞しい。が、その発展を是とした活動は、容赦なく周囲にある『何か』を傷つけていった。
 闇の王もその被害者だということか?
 ――感傷はいい。今は闇の王について訊ねているのだ。感傷は、いらない。

「……ところでコーネリアという方を知っていらして? 多分、その方は、もう……」
「コーネリア? 彼女ならそこの広場にいるが。一体彼女に何の用だね?」

 フォルカーの視線の先を追ってみれば、確かにそこには見目麗しい少女の姿があった。

「何ですって……」

 古ぼけたメモに記載された『コーネリア』という名。彼女は確かに死んだと記されていた。なのに、『コーネリア』は生きている――――?
 ぐにゃり。世界が反転する。
 こちらへ振り返った少女が、ペコリと一礼した。


――Interlude out.

 溜めに溜めた細工品を再び風呂敷に包み直し、一息に背に乗せる。ずしり、と確かな感触を伝え、荷は俺に重量を預けてきた。
 旅の再開を告げるかのように風が吹き、それが首に巻いた聖骸布を揺らす。
 他の2人……いや、バタコを見る。
 長旅で疲れたのだろう。その顔は明らかにやつれていた。

「どうした? もうダウンか? 情けないなー。このくらいの距離でへばるなよ」
「じょ、じょ、冗談じゃないわよっ! 何で私だけ徒歩なのよっ! いえ、アナタはいいわ。でも、何でマキナだけそんな特等席にっ!」

 彼女の言葉に呼応するようにして、後ろの風呂敷がゴソゴソと蠢く。やがて結び目の隙間にある穴から小動物の頭が飛び出た。

「ごめんなさい、バタコさん、士郎さん……。僕、今まで本ばっかり読んでいたもので、こういう地味に疲労が重なっていく運動には耐えられなくて……。もう歩けません。ごめんなさい。ごめんなさい。おやすみなさい。ごめんなさい…………」

 再度首を引っ込め、それきりぴくりとも反応が絶たれてしまう。
 そのあまりに甘えた態度にキレたのか。バタコの矛先はマキナではなく何故か俺に向かって飛来した。

「きぃ、何で早々甘やかすのよ! 信じられない! フェミニストのつもり!?」
「いや、そうは言うけどさ……。まさか置いていく訳にもいかないだろ? いいよいいよ。これも筋力をつける修行の一環だって思うから」

 すると、何やら背中からもぞもぞと動く触感を感じる。女の子相手に筋力をつける、ってのはいささか失礼だったか。
 ――時に何故俺達は真っ直ぐ二国を目指さず、こんな所を歩いているのか?
 本来ならば、わざわざ時間のかかる徒歩なんて使わず、俺と少女がそうしたように、船で旅をする予定だった。しかし、旅の相談を進めていると、マキナからある提案があったのだ。
 曰く、ジュノなる街には『チョコボ』という動物がいると。それが人間の乗用目的で飼育されていると。
 俺は半年もの期間、ヴァナ・ディールで生活したが、チョコボという動物なんて見たことも聞いたことも狩ったこともない。お陰でマキナの説明だけではいまいち要領を得られなかったが(何でもヒヨコとダチョウが合体した外見らしい)、皆で話し合った結果、このまま移動手段に乏しいままでいるよりも、チョコボに乗って旅をした方が早いという結論に到った。


「チョコボ、か」

 このまま人1人を背負いながら旅をするなんて、流石に無理がある。
 女の子を戦わせる気など勿論なかったが、それでもいざという時に機敏に対応してくれるだけの体力は持っていると信じたかった。彼女は見た目通りに華奢なタイプだったのだ。
 何故にウィンダスが身体的に優れている訳でもない彼女と他国を回るよう推奨したか不思議だったが、案外俺と同じく身元不明ってだけの理由だからではないか。だとしたら適当としか言いようがない。
 ――ふと、最後の1人について思いを馳せる。
 そういえば、傍らでぷりぷり怒っているバタコはどうしてメンバーに選ばれたのだろう?
 俺は言わずもながだが、バタコはこの世界出身の筈だ。 身元がバレるようなことがあると困るのだと説明を受けたばっかりだったが……。
 こうなれば聞かずにはいられない。俺は本人に単刀直入に問い質すことにした。

「なぁ、バタコって何で二国調査を依頼されたんだ? これって確か身元が露わになるとマズイんだったよな? ウィンダスに所属してるんだっけ」

 ビクリ、と体を震わせた後、バタコの足が止まる。
 途端に彼女の豊かな表情は消え失せ、能面の如く、冷たい、硬質的な目鼻へと変化する。

「…………国」
「え……」
「国。滅ぼされたの。住む所、奪われちゃったの」

 無表情は変わらず。しかし瞳孔だけは一回り拡がりながら、彼女は呟く。
 先程までの温度差も相まって、この時ばかりは気さくな筈の彼女が空恐ろしく感じられた。
 ――絶妙なタイミングで、俺達の間に寂しい風が吹いた。
 会話など続けられる訳がない。できることといえば、気まずく目を逸らしながら、前進を再開するだけ。
 無言のまま大地を闊歩し、幾許かして谷間になっている細道を抜けた時。
 眼前に広がる光景には、先程までの草木豊かな原っぱは跡形もなく、代わりに貧しい荒地が広がっていた。峡谷だ。ボコボコに突き出た山。窪んだ細長い溝。おまけに空もそれに合わせて暗く淀み始めている。

「マズイわ。この地域、夜になるとアンデッド族が出没するのよね……。今の私達のレベルで出会ってしまえば、やられるかも」
「……アンデッド? 死者ってことか?」

 アンデッド。代表として、映画やゲームに引っ張りだこのゾンビが挙げられる。
 以前遠坂の講義で、アンデッドを操る魔術師がいるって教えられたことがあった。既に死んでしまった者の魂を乗っ取り、便利な傀儡へと貶める最悪の魔術。
 だがそれはあくまで元の世界での話。生憎、半年の修練では獣しか相手にしたことはない。俺はここでのアンデッドをよく知らない。
 恐る恐る目下の小さな彼女を盗み見る。
 ……大丈夫だ。バタコはいつものバタコに戻っている。

「何をすればいい? 俺が使えるのは弓術と剣術を少々だが」
「アンデッドに魔法以外は効き難いわ。戦うことは出来る限り避けましょう。残念だけど、私達のパーティで魔道士はいないのだから」
「ふむ」
「彼らは生前と違って目が見えてないの。その代わり耳は生身の人間と比較にならないほど鋭いから、出来る限り物音は立てないようにね」

 なるほど。それならば……



Ⅰ:全力でこの峡谷を走り抜けるまで
Ⅱ:彼方にある白い神殿(?)で野宿するか
Ⅲ:恐竜の化石が埋まってる……

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最終更新:2008年01月17日 20:02