264 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2007/12/19(水) 22:52:53


 目が醒めた。
 我が身を包む世界に光はあらず。どうやら俺はまだ夜の世界に留まっているらしい。
 とりわけ理由もなく周囲を見渡してみるが、特に瞠目すべき事柄は得られず、虫の音に混じって小さな寝息が響いているのみ。

「ん……」

 途端、妙にこの場が息苦しく感じられた。
 曖昧に淀む意識は急速に自我を取り戻し、心地よい汚泥は爽やかな清水に洗い落とされる。こうなっては再度床に就けよう筈がない。アンデッドに遭遇する危険はあったものの、俺は外に輝く星を見て、気を落ち着かせることを優先した。
 狭い床下から這い出し、空を眺める。
 スモッグのない、一面に広がる幾星霜。星は生命の起源だ。数億、数兆にも及ぶ様々なバクテリアが集い、繁殖し、いずれは肉の体を持って、夢を見る。全ての母体……。澄んだ風が全身を撫でる時、はっきりとそれを実感できた。

「綺麗な星ね。日本じゃ北の方にでも行かなきゃ見られないんじゃない?」
「…………」

 振り返る必要性すら感じない。
 というかあんな名前、ヨーロッパ風の形式が主流であるこの世界で、考えるまでもなく不自然過ぎる。加えて服装も。

「そうだな。俺は故郷を出ることなんてそうそうなかったけど、大気が澄んでいたら、空ってこんなにも近く感じるものなんだな。最近初めて知ったよ」
「あれ? 意外に冷静な対処。あたし寝言でも喋ったっけ?」
「別に。ていうかお前も俺のことしっかり解ってるじゃん。バレバレだろ、お互いに」

 軽く突き放すように言い放つも、相手はニヤニヤ口を歪めるだけで、悪びれる様子が感じられない。そのことにほんの少しだけ不快感を覚えた。

「どういう用件だ。まさか仲良く天体観測しようって訳じゃないだろ?」
「あたしはそれでも十分楽しいんだけど。……まぁそれはさて置き。士郎さ、あなた当然元の世界に戻ろうとか考えてるワケだよね?」

 元の世界に戻る……。確かにそれが第一の目的として考えていた時期があった。慣れ親しんだ人々との再会。藤ねえとか。桜や慎二やライダー。一成に遠坂。セイバー。他にも他にも。
 会いたくない筈がない。半年の期間を置いて尚…………否、時が経てば経つ程、この想いは苦しくなるくらいに膨らんでいる。会いたくない筈がないのだ。しかし……。

「……わからない。正確には、まだ帰れない。ここにはやらなきゃいけないことが山程残っているんだ。それを解決するのに何年掛かるかは想像できないけど、このままじゃ帰るに帰れない」

 不動の姿勢を保っていた気配が、僅かに揺らめく。果たして彼女の頭の中を占めていたのは失望か。その姿からは、何も感じ取れない。
 彼女にとって、この常軌を逸した世界はどう見えているのだろうか。俺にはまだ魔術という武器と、親切にしてくれた人々の温かさという守りがあった。だが彼女は?
 ……一刻も早く帰りたいと思っている筈。大事な人が待っているだろうし、それ以上にこの世界は常人が生きていくには厳しすぎる。
 ――しかし彼女から帰ってきた返事は、俺の小さな想像力を、遥かに超えていた。

「……もしかして心配してくれてるの? 優しいなあ。性悪修道女じゃなくて、まずあなたに出会えたら良かった。でもあたしはどっちでもいーんだ。確かにこの世界は驚くほど生存率が低いけど、それをいうなら元の世界だって似たようなものじゃない? 見解の相違だよ」
「相違って……なんでさ。死が怖くないのか? 無条件で襲ってくる奴らがいるんだぞ。対抗する手段だってないじゃないか。おかしいぞ」
「あなたに言われたくない。わかってるんだよ、衛宮士郎はとびっきりの異常者なんだって。全ての人間に優しいとか。何が何でも救いたいとか。……自分が選ばれた人間だとでも思っているの? 馬鹿みたい。そんな人、あたしのお仲間にもいなかった」
「…………」
「憑かれてもいない癖に。でもあなたのそういう無駄に純情な所、好きだなぁ。あたしが会ってきた人の中で、3番目くらいに」

 微小に過ぎなかった不快感が、ここにきて破裂する寸前まで膨らむ。
 言峰やアーチャーとは異質の不快さ。出会ったばかりの頃は気付けなかったが、胸の内を吐露した今となっては、こいつの存在がイラついて堪らない。
 どうにかして打ち負かしたい。参ったと言わせてやりたい。

「……随分よく喋るじゃないか。元の性格のままだと苦しいんじゃなかったのか?」
「普通の人の前ならね。同類の前でなら何ら平気よ」
「…………あっそ。おかげ様で気分転換はできなかったけど、もう俺は寝るから。ゾンビにでも喰われちまえ」

 拒否の意思を宿らせ、手早い動作で寝床に戻る。
 顔こそ見なかったが、多分奴は笑っていたに違いないのだから。


――翌日


「……どうしたの? アナタ達」
「…………」
「…………」
「何なのよ、さっきから無言で。空気が重くなるからやめてよね」
「…………」
「…………」
「ちょっと、いい加減にしなさいよ……」

 鉛を飲み込んだかのように胃が重い。
 認めたくない。先に口を開けば、相手のことを受容したことになってしまう。喋りたくない。奴の理屈を信じたくない。バタコには悪いが、これは譲れない。
 巻菜もそう思っているのか。表情はのっぺらぼうと見紛う如く無表情だが、口は重く閉じられている。

「…………」
「…………」
「……むぅ」

 そのまま数時間を過ごす。
 さすがに3人でいるのに無言の状態が続くのは疲れたのか。バタコが独り言のように一方的に喋り始める。昨日はよく眠れたとか、自分の好物は貝類だとか。彼女の話す内容には全く脈絡がなく、急場凌ぎで語っているのがありありと見て取れる。その姿を見ていると、ちょっと可哀想に思えてきた。

「……なぁ、バタ――」
「あっ、着いた」

 言い終わるより先に、巻菜が彼方を指差し呟いた。
 釣られて人差し指の先に視線を向ける。そこには――――。

「おおっ」
「――わぁ」

 大陸と大陸を繋ぐ、大橋。いや、並の橋……世界ランク規模の橋でもまだ生易しい。陰鬱だった空気を吹き飛ばしてくれるパワー。見事な隆盛は、まるで山を連想させられる。

「そっかぁ……ジュノって……」
「橋の上に、建っていたのね……」

 更に驚かせようと思ってか。
 海の真上に建てられた要塞から、船が、飛び立った。



Ⅰ:曰く付きの剣
Ⅱ:大公兄弟
Ⅲ:傷ついたチョコボ

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最終更新:2008年01月17日 20:05