58 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2007/12/25(火) 02:45:25
願い事――――。
ネガイゴト?
それは聖杯を手中に収めること?
それは滅亡の憂き目を見た、我が王国の救済?
…………違う。違う。
願い事は、ただ一つ。
今私が最も叶えたいコト。それは――――
「シロウ」
まやかしでもいい。
貴方の姿を見るだけで、嬉しかった。いつも笑ってくれるだけで、救われていた。
いつも傍らで私を支えてくれた、あの無垢な少年の姿。
「――――シロウに、会いたい……」
涙が出そうになる程、切に願う。
瞬間、視界が黒に染まった。
――――――――――――――――――。
そこは夢か現か。
「え……」
視界を侵す闇は消えず、未だ光をもたらさない。
それでもよく目を凝らしてみれば、うっすらと、何かが見えた。
船だ。
現代にある鉄造りの船ではなく、ブリテンの時代に活躍した、木製の船。だがこの荒廃の様は、どういう事実を示しているのか。
周囲には船が3隻。そして、足元に1隻。
でかい……。キャラック級はある。しかしその一方で、剥がれた甲板にボロボロのマスト。完成直後はさぞ立派であったろう威容は、今や醜いジャンクへと成り果てている。
人の気配は……ない。人はいない。
恐らく、ここは船の墓場か。嵐、もしくは不法投棄で流された船が潮の流れにのり、一箇所に導かれてきたのだろう。人から見捨てられた建造物の群れからは、一種の悲哀さが漂っている。
知らずと周囲の哀しみに心が押し潰され、世界が自分以外いなくなってしまったかのような錯覚に囚われてしまう。いくら英雄であろうと人間。こんな場所にいつまでもいると、気が滅入ってくるのも道理。早く脱出しよう。
愚鈍な頭を振り、どうやってここから遠ざかるかと考える。
――――だが後に、私は大いに後悔することとなる。
最初に『どうするか』ではなく、『何故ここにいるのか』が出てこなかったことに。木製の船は、生前の私にとって何よりも自然な物だったのだ。
ふと、何気なく視線を船首の方へ向けた時。
「!」
馬に跨った、白い甲冑の騎士の姿があった。……まるで幽鬼のように。
「貴方、は……?」
にべもあらず。騎士は馬の横腹を蹴り、こちらへ向かって突進してきた。右手には包丁と見紛うばかりの無骨な剣。
「いきなり何を!?」
間一髪。剣は金色の頭髪を数本切るだけに留まり、数間先へと過ぎ去っていく。斬られた髪が、潮風に乗って彼方へと飛んでいった。
頭全体を覆う兜に隠れ、騎士の表情は読み取れない。
当の私はとうに魔力の鎧を編み、不可視の剣で間隙なき構えをとっている。心拍も正常。もう油断などしていない。
「我が名はセイバー! 貴公が何故私を襲うかは定かではありませんが……まず御名は如何に!?」
鎧姿の騎士は無言でこちらを凝視し――低く、腹の底から捻り出したかのような声で、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「死 にゆく 者に…………語る名 はなし」
「……そうですか。残念です」
その様は、まるで死人が口を開いたかのようで、少し気持ちが悪かった。
しかし直感が告げている。目の前の敵は強い、と。どれくらい強いかといえば――――今まで剣を交えてきた者達の中で、最強、くらい…………。
勝てるだろうか?
これほどの強敵を前にしているというのに、脳を占めているのは歓喜の感情ではなく、最悪な結末のイメージばかり。
まず馬がある。幻想種の域に達しているであろうそれは、先程と同じく圧倒的な馬力を以って私との間合いを詰めるだろう。次に無骨に生えた刃。一閃が私の胸当てを綺麗に寸断し、布切れを裂き、肉を破ってはらわたを断つ。正に斬鉄のキレを有しているに違いない。
馬に乗っているから、だなんてハンデの言い訳にすらなっていないだろう。もっと根本的な…………まるで人と神のような大きな隔たりが、私達の間にある。
……頭頂から流れ出た汗が、こめかみを通って首筋へと垂れた。
「スレイプニル。あれ だ。審判の日を待 つまでもない。……行け」
「――来るかっ!」
「我が 秘剣で 断ち斬らん」
最終更新:2008年01月17日 20:08