116 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2007/12/25(火) 22:12:32


 騎士は刹那の決着を望んでいる。両手で握られた柄の軋み具合から察することが出来る。同時に、主の意思に沿おうと四足の筋肉を膨らませている強馬も。
 ならばどうする?
 何の脈絡もなく現れた、我が生涯最強の敵に対し、私がしてやれることは?

 ――――其は星々の願い。

 ――――其はアルトリアという少女の想い。

 ――――其は幾多もの戦場を駆け抜けた勇気。

 もはや問答無用。
 目の前の漢が己の生涯を振り返って尚まだ見ぬ強敵だというのなら……こちらは最強の技で以って応えるのみ。
 刀身を包んでいた風王結界を解き、黄金の刀身を晒す。途端、墓場に小さな台風が巻き起こる。その様はまるで神のいたずらのように――暗闇が支配していた世界に金色の光が破裂した。

「…………」

 それは騎士の警戒に値するものだったのだろう。突如出現した怪現象を目にし、剣の握りが僅かに変化する。恐怖? ――違う。あれはこの状況に適応すべく、何らかの策を行使したに過ぎない。宝具を解放したからといって、決して有利になった訳ではないのだ。地獄を見るのは、私か騎士か。

「――いきます。名無しの騎士よ。出来ることならば、もっと貴方という人間を知りたかった……」
「…………」

 瞬間、怖気が背中を走る。
 笑った。死体の如く口を噤んでいた騎士が、確かに兜の中で笑ったのだ。親しみのある笑みじゃない。奴は私を…………嘲笑ったのだ。
 何故? そんなに……堂々とした振る舞いが侮蔑に値するものだというのか……。自身も鎧兜、しかも馬まで揃えた正真正銘の騎士だというのに!? 漠然と湧き上がった怒りが、頭中を駆け巡った。

「くっ……。何が可笑しい……」
「……鼠が……」
「……! 騎士道を侮辱した罪、償ってもらう! 約束された<エクス――――」

 大上段に構え、一息に振り下ろす。すると膨大な魔力量が剣から迸り、閃光が網膜を焼いた。
 伝説の剣――。
 どんな嵐の夜をも貫く、一つの星がある。
 どんな獣の叫びであろうと、かき消されずに流れる歌がある。
 名を――――

「――――カリバー>勝利の剣!!!」

 剣先が放つエネルギーが、騎士を襲う。
 どうする? どうやって迎撃する? 私は威力という一点に置いて、我が愛剣に絶大な自信を預けている。耐え切るなど、もってのほか。光が鎧を溶かし尽くし、露わになった肉を一瞬で蒸発に追い込むであろう。戦局は既にクライマックスに入っている。
 ――だが、騎士は予想にもしなかった行動に出た。
 握っていた手を柄から片方だけ離し、天に掲げる。それだけで、騎士の手には今までなかった筈の長槍が握られていた。そしてソレを何の躊躇もせずに向かってくる脅威に放つ。
 ……滑らかな動作だ。一間先に死が待ち構えているというのに、彼からは一切感情の揺らめきが感じられなかった。
 槍と光が激突する。
 自信がある。
 エクスカリバーは負けない。例えランサーのゲイボルグであろうと、正面からぶち当たればこちらが勝つ。数歩先の未来には、槍を呑み込んだ光が、騎士を溶かしているであろう、と。
 そう、勝つ筈だった。なのに――――。

「……え」

 槍と光は、互いに凌ぎを奪いあい、遂には双方消滅した。残ったものは、辺りを賑わした砂塵の残り香。

「あっ……」

 当然ながら、2発目はない。私の魔力量では1発が限界なのだ。それなのに――――。

「…………」

 騎士は残った剣を構え、ゆっくりと、筋肉のしなりで加速する準備を始めている。やがて関節の限界まで搾り出された構えが完成し、呼応して馬が駆け出し、私に向けて迫る。
 どくん。
 心臓が一際高く鳴った。
 ――――死?
 私は……。
 あ、目の前に、刃が……。


「斬」


 ――――死ぬ?


「鉄」


 ――――嫌だ。


「剣」


 とっさの機転で刀身を盾にし、身を守る。それは生きたいという意志。
 悪夢の様なコンマ数秒以下。騎士はとうに背後に着地している。
 反射的に胸元に視線を移す。…………斬れてない。騎士の必滅の技は、外されていたのだ!
 胸に光り輝く希望が満ち溢れる。生きていて、本当に良かったと涙が出てくる。

「私は……生きている……。良かっパキン」

 安堵の感情に突如として割り込んできた、異音。
 どうしたことか。一抹の不安を抹消すべく、音源を追うが……。

「……えっ? エクスカリバーが……地面に刺さっている? あれ? 持っているのに……。エクスカリバーは、今私が握っているのに……?」

 手元を見るが、確かに私は剣の柄を握っている。なのに……?
 小さな点に過ぎなかった不安が次第に肥大化し、恐怖へと変わる。何故? 私は、一体……。

「我が 斬鉄剣に、断てぬ もの無し」

 視線を少し上の方へ移動させる。簡素な柄拵えを徐々に目で追ってみるが……煌く刀身は、途中で途絶えていた。
 ――そう。なかった。
 驚くよりも先に、胸元で起こる火傷の痛み。
 魔力製の鎧に薄っすらと線が走った。線はますます大きく広がり、その下に隠された服が道を空け、最奥の肉体に、朱色の線が走る。朱はじわりと中身を溢れさせ…………。

「ア、ああ……」

 ――――まるで勢い余って絞りだした蛇口のように、一気に迸った。

「ガ、あ……あ、あああああああああああああああああああああああああ!!??」

 朱は汚れた甲板を更に穢す。
 白銀の鎧を染める。青かった服を黒く染める。
 流れ出ている……。命が。仮初とはいえ、この世に生を受けた、アルトリアの命が。
 この一滴に。
 この一滴に。
 この一滴に。
 この一滴に。

「あ、ああああ……ご、ごふっ、か、はっ……」

 胸だけでは飽き足らず、命は口からも流れ出ていく。

「……まさかグングニルを使うことになるとは思わなかった。見事なり、人間よ。お前は僅かな時間とはいえ、神と渡りあうことができたのだ。満足して、死ぬがいい」
「がふっ、げほっ……!」
「――もしくは、この地に立ち入った己を呪え、か」

 ここにきてようやく思い至る。
 目の前のこの男は……オーディン。ヴァルハラの最高神、オーディン!
 思えば馬の名前を呼んだときに気付くべきだった。愛馬スレイプニル。加えて魔槍グングニル。だがそれならばあの剣は? この出で立ちは?
 わからない……。オーディンに関連がある剣といえば、英雄ジグルドの愛剣であるグラムだが、あの剣は記憶にあるグラムとは似ても似つかない。
 そもそも何故ここに北欧の神が? いや、それ以前にここはどこなのだ!?
 ――もう血の噴出は弱まってきた。
 赤く染まった視界には、赤い甲冑を身に着けた騎士の姿。


          『死』


 死んで、たまるか……。
 ドボン。


――Interlude out.



Ⅰ:武芸者が笑っていた
Ⅱ:武芸者が泣いていた

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最終更新:2008年01月17日 20:10